第31話「楽しんでみようか、お祭り」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「……祭り?」
翌日、宿屋のロビーで雑誌を手に取っていたゾディアックに、モナが話を持ち掛けてきた。
「そう。ギルバニアで毎年行われているお祭り!」
「けど、あの祭りは入場券がないと入れないんじゃ」
手に取っていた雑誌を棚に戻す。
ギルバニア王国はオーディファル大陸の中で、最も有名で、最も大きな国である。知名度もさることながら、国が保持している予算と武力は、近隣の国々を合わせても遠く及ばない。
かつて、魔王率いる魔物達と戦争を行い、勝利を収めた国でもあり、主力部隊の「騎士団」と呼ばれる最強の武装兵隊を持っている。騎士団に所属する者達は全員、冒険者で言えばSランク以上の実力を持っている者しかいないらしい。
国を統治する王も慕われており、治安もよく、何不自由ない平和な国である。
だが、病的に移民を嫌っている面がある。そのため、こういった他国の者を招く短期の祭りでも、入場に規制がかかっている。
そのことはモナも知っており、得意気な笑みを見せて封筒を差し出す。
「はいこれ」
「……入場券?」
「ええ。私、こう見えてもギルバニアに知り合いがいてね。毎年チケットをくれるのよ。だけど、今はいっぱい冒険者さん達が来ていて稼ぎ時でしょ? 私ももう年だし、今年はいいかなって」
「……でも」
「いいから! これゾディちゃんにあげる。……昨日、何があったのかは聞かないわ。ただ気分転換にでも行ってきなさいな」
どうやら昨夜は相当に落ち込んでいたらしい。
ゾディアックは渋面を顔に張り付ける。正直乗り気ではない。そういった騒がしいのは苦手だった。
だが、モナの困り顔と、その好意を無下にするわけもいかない。
「……たまには、行ってみようかな」
いい気分転換になるかもしれない、そう無理やり自分を納得させ、口元にぎこちない笑みを作り、言葉を吐き出した。
♢◆♢◆♢◆
「祭りぃ?」
玉座の間にて用意されたディナーテーブルの椅子に腰を下ろし、鎌怪鳥の肉をナイフとフォークで切っていたロゼは、隣でワインを注ぐジャックから言われた言葉を復唱する。
白髪混じりの老爺吸血鬼には似つかわしくない言葉だった。ロゼは鼻で笑い、ナイフを動かす。
「何だよ、突然」
「ロゼ様はギルバニア王国を知っておりますか」
「馬鹿にしているのか。知っているとも。父を殺した相手が住まう、仇国だ」
ロゼは手を止める。
「暗黒騎士を倒した勢いで国を攻めようって腹か?」
「まさか。そんな自殺行為、このジャックめが提案するとでも?」
ナイフとフォークを置き口元を拭う。
「件の謎の魔物。似たような被害者があの国から出ている模様。それも複数人」
「殺され方は同じか?」
「似たような、です。ただ、調査のしがいはあるかと」
「似たようなっていうのはなんだ」
「爪というより、剣による傷ではと囁かれており、血は吸われておりますが、完璧ではない」
ロゼはワインを手に取り一気にグラスを空にすると、喉をワザとらしく鳴らす。
「なるほど。興味が湧いたぞ。行ってみようじゃないか、お祭り」
「ただ問題が。入場券なる物が必要でして、1枚確保するのが精一杯でございました。ですので、ロゼ様にお渡ししようかと」
「分かっているじゃないか。いつからやるんだ?」
「明日からです」
また急な話だった。だが、ロゼの飛行能力であれば半日もせず王国には到着してしまう。
「なら今日は休んで明日に備えよう。仲間達に指示を出す」
そう言って玉座の間を出て廊下を進んでいくと、あの幼いインプがいた。他のインプ達と掃除をしていたらしい。
「あ! ロゼさま!!」
向日葵のような明るい笑顔を顔に咲かせ、小走りで近づいてくる。ロゼは柔らかい笑みを浮かべ、目線を合わせようと両膝を折る。
目の前に来たインプは、ぎこちないながらも丁寧なお辞儀をする。
「こんにちは!」
「うむ。ご苦労。君のおかげで騎士とも会えた。何かお礼をしなければな」
インプは恥ずかしそうに頭を振る。
「だ、だいじょうぶです! ロゼさまの近くではたらけるなら、幸せ、です!」
愛おしいことを言う子だった。ロゼは頭を撫でて、立ち上がる。
「ジャック。明日はここを留守にするからな」
「いえ、お嬢様。3、4日は留守になるかと」
「祭りはそんなに長いのか」
「全行程3日です」
ロゼは腕を組む。意外と長い。ジャックに任せておけば安全だと思う。
「おまつり?」
「……ああ。ちょっと行ってくる。そうだ。何かお土産を買ってこよう」
インプは飛び跳ねて喜んだ。
ロゼはジャックにもう一度留守を頼むよう言葉を吐き出し、仲間達が集まるエントランスへと足を運んだ。
♢◆♢◆♢◆
一夜明け、ギルバニア王国の近くにある転送扉から様々な人種が出てくる。城門の如く大きい扉から出てくるのは冒険者だけではなく、武装していない一般客、キャラバンの一団まで出てくる。
その中に、漆黒の軽鎧を身に纏ったゾディアックも紛れていた。ハルバードを背負い、顔が見えている、仮面に近い黒銀の兜、同じく黒銀の鎧、布のグローブにプラチナの具足という出で立ちで、冒険者と共にギルバニアへと向かう。
ギルバニアを守りし盾壁層は、目の前に見えていた。
ギルバニアは全部で3つの層に分かれて構成されている、円形城塞都市である。
王城がある中央から順に、
王族と騎士団が住む高級層。
裕福層が住む中級層。
市民と兵士が住む下級層。
騎士団と兵士が警備する盾壁層となってる。
サフィリアに住む富豪達が行けるのは、せいぜい中級層までだろう。
今回の祭りは下級層で行われる。人並み以上の生活をしており、活気賑わう街が広がっており、一般人と兵士達が楽しそうに暮らしている層なのだが、上からは”スラム扱い”されている。
ゾディアックは下級層の街並みを見ながら、自分が今晩泊まる宿屋へと足を進めていく。
街並みは、まるで花束の様であった。石畳の道の両側を埋め尽くす家々の屋根は、オレンジが多いが、他にも黄色や青色もある。太陽の光が反射しているようであり、街並みをより一層輝かせている。
道を埋め尽くす人、人、人。市場として賑わう大広場では、露店の設置準備が行わていた。
道すがら通った教会のステンドグラスには、思わず目を奪われてしまう。何を信仰しているかは分からないが、水色のローブを羽織った信者が周りには多くいる。
何よりも印象的だったのは、行き交う人々は、笑顔の者が多かった。
不幸せな雰囲気などを微塵も感じさせないこの街の空気に当てられたのか、ゾディアックの足取りも軽くなる。
祭りは昼頃から始まるらしい。
「楽しんでみようか、お祭り」
自然と言葉が零れ落ちた。ゾディアックは柄にもなく、少しワクワクしていた。
♢◆♢◆♢◆
――宝石箱のような街だ。
時刻は昼を過ぎ、ギルバニアを上空から見たロゼはそう思うと、人気のない森に降り立ち、近くを通ったキャラバンと冒険者達の集団に紛れ込む。
ゴシックドレスのロゼは目立つ存在だったが、誰も然程気にしていない。
入口の門を警備する衛兵に入場券を見せると、笑顔を向けられる。
「ようこそお嬢さん! 楽しんでくださいね!」
「……ああ」
街の中に入ると、人と亜人、そして煌びやかな空気に当てられる。
広い、そして大きい。街並みが無限に続いているようであった。
メインストリートに来てしまったロゼは、急いで近場の路地に入る。
「まったく、平和ボケした人間共め」
しかし、この情景は圧巻の一言だった。おとぎ話に出てくる都市……そう言われているのも不思議ではない。
ロゼは柄にもなく、少しワクワクしていた。
とりあえず宿屋を探そうとメインストリートに再び戻る。空を飛んで探そうとも思ったが、亜人に見えない人間の姿で空を飛んだら、勘のいい騎士には一発で吸血鬼だとバレる。
ある意味潜入捜査なのだとロゼは肝に銘じ、道を進んでいく。
一つ目の曲がり角で立ち止まったその時だった。
誰かに腕を引っ張られる。
「っ!!?」
ロゼは引っ張られた方に目を向けると、そこには見慣れない服を着た、オレンジ色の短髪をした狸顔の女性がいた。
「金髪でドレス……いいわね!」
「は?」
「あなた、少しモデルになってちょうだい!」
「……モデル」
ロゼは訝しげに女性を見る。
「おっと、怪しい者じゃないわ。私、服屋のアーチェっていうの」
「ほう。それが?」
「異世界から伝わった、お祭り用の衣装があるの! それがこれ!」
アーチェと名乗った女性は両手を広げる。
「その名も浴衣!」
「ユカタ?」
じっくりと見つめる。素材は綿か麻だろうか。
ロゼはなおも疑わしい目を向け続ける。
「今、試着会を開いているの! もちろん無料! あなたほどの可愛さなら、更に可愛く、美しくなれるわ! 絶対似合うから、着てみない?」
「ふむ……」
ロゼは腕を組んで顎に手を当てる。
決して遊びに来たわけではない。だが、その浴衣なるものは気になる。
せっかくの祭りだ。それに新しい服を着てみるのは、嫌いではない。
「いいだろう。見繕ってくれ」
「やったーー! じゃあこちらに来てくださぁい!」
ロゼは腕を引っ張られ、店へと案内された。
♢◆♢◆♢◆
宿に荷物を置いて、再び街中へとゾディアックは出た。
鎧から普段着に着替え、武器を持ってはいない。祭りの注意事項に「武器を持っての参加は不可。外部から来たものは宿泊施設にて証明を終わらせた後、武器を外して参加するように」と書かれていた。
下級層全域で祭りは行われているが、宿屋からメインストリートを5分ほど進むと、装飾に飾られた巨大なアーチが見える。
アーチを潜ると、下級層の観光地ともなっている大広場「ウィルゲンス広場」の情景が映る。
大小様々な露店が並んでおり、続々と人が入場してくる。ゾディアックも中に入ろうとした時だった。
勢いよく背中に何かが当たる。
振り向くと、見慣れない、赤い布生地の上に白の椿が描かれている衣装に身を包んだ金髪の女性がいた。顔からぶつかったらしく、鼻を押さえて首を垂れている。
「だ、大丈夫ですか」
「ぬぁあ、すまない。くそ。この服がちょっと動き辛くて……」
顔が上がり、目線が会う。
ゾディアックは大きく目を見開く。そこにいたのは愛しの吸血鬼、ロゼだったからだ。
ロゼも同じく目を丸くする。
「ろ、ロゼ!!?」
「ぞ、ゾディアック!? なんでお前ここに!?」
「こっちの台詞だよ……」
何故吸血鬼のロゼがここにいるのか意味が分からなかった。お互いにあわあわとしてしまう。
「ろ、ロゼ。その衣装何?」
「こ、これか? なんか、ユカタというらしい」
「そうなんだ……」
「うむ……」
似合っている、可愛いといった単語は浮かんだが、言える雰囲気ではない。たどたどしい会話が続いてしまう。
先に調子を取り戻したのはロゼだった。喉を鳴らし、ゾディアックを見る。
「ふん。落ち込んでいるかと思っていたら、祭りに参加とは。吞気だな」
「……気分転換だよ」
「なるほど。否定はしない。その、前は、私も言い過ぎたような……気がしないでもない。うん。その、なんでもない」
「なんだよ」
「うるさい!」
「そっちこそ、なんで来ているのさ」
「一応言っておくが、遊びに来たわけではない。ある意味仕事で来たのだ」
ビシッとゾディアックを指差す。
「さて、ゾディアック。ここであったが運の尽きだ。気分転換に私とも戦え」
「……ロゼ、ここで戦うのはマズい。ギルバニアの警備を馬鹿にしちゃ駄目だ」
ロゼが口を噤む。黙ったはいいが、唇を尖らせている。納得していないようだ。
――参ったな、勝負か。
確かに、お互いに会っては戦う宿命のようになってしまっている。もっとロゼと仲良くなりたいと願うゾディアックは、周りを見渡し、いいことを思いつく。
「ロゼ、勝負をしよう」
不機嫌そうに目を細めていたロゼの顔に花が咲く。
「おお。いいぞいいぞ。何処で勝負をする」
「ここで」
「ここ?」
ゾディアックは笑みを浮かべ、言う。
「お祭り勝負をしよう」
「……はぁ?」
ロゼは口を大きく開け、小首を傾げた。
こうして、4回目の戦いが始まったのであった。