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第30話「ガッカリだ」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 降り始めた雨は、一瞬で勢いを増した。遠くから雷の音が聞こえてくる。


 そんなことを気にしていたゾディアックは、再び殴られ木に叩きつけられる。

 人通りの全くない山道、紫電を纏いし吸血鬼ロゼと相対する暗黒騎士ゾディアックは、苦戦を強いられていた。


 ロゼが駆け出し距離を詰める。爪による攻撃を斧で受け、ゾディアックは距離をあけようとする。

 状況は芳しくない。距離を取ったら魔法で牽制し、武器を使って……。


 ――あなたがさっさと来てくれたら! みんな死ななかったのに!


 作戦を立てようとするゾディアックの脳裏に、先程助けた女性ランサーの泣き声と怒声が反芻(はんすう)する。


 ゾディアックは戦いに集中出来ていない。故に、実力がそれほど離れていないロゼの攻撃を、まともに受ける羽目になる。再び攻撃を受け、ゾディアックは吹っ飛び、山道に突っ伏す。

 このままでは駄目だと思い素早く立ち上がると、ゾディアックは斧の刃を光らせ思いきり横薙ぎに振る。


 刃を媒介にして発生した、黄金の真空破(ソニックブーム)がロゼに当たる。それでも、歩兵を前にした重戦車さながら、ロゼの動きは遅滞(ちたい)しない。


 小技が効く相手ではない。ゾディアックは次の一手を模索する。


 ――私達が死んだ後に助けに来て、名声を集めようって考えだったんでしょ!


 そんなことは、考えていない。


 空が光る。ハッとして空を見上げると、落雷がゾディアックを襲った。雷は地面を抉り、誘導雷から発生した高熱のプラズマが、周りの木々を黒焦げにしていく。直撃したゾディアックは鎧のおかげで事なきを得た。


「どうしたゾディアック! 本気を出せ!」


 大雨が降り注ぐ。雨で出来たカーテンを開いて、ロゼがゾディアックに攻撃を仕掛ける。派手な金属音が、連続して山道に響き渡る。


「死ぬんだぞ! 集中しろ!」


 分かってる。


「大剣じゃないと本気が出せないのか!? その斧も一級品だろう!」


 分かってる。


 力任せに斧を振り下ろしてしまう。刃が地面に刺さる。

 身を翻し跳躍したロゼは、斧の柄の上に乗り、右腕を引いて魔力を込める。


爆滅(エクスプロード)


 ロゼが怒りに染めた顔で魔法名を小さく呟き、拳を突き出す。

 直後、紫の雷と赤黒い爆炎がゾディアックを飲み込んだ。


♢◆♢◆♢◆


 両手斧から手が離れ、再び木に叩きつけられたゾディアックは、ズルズルと力無く下がっていき、臀部が地面につく。地面を濡らす水が、鎧の隙間から染み込んでいく。


 ――死ね! あんたが死ねばよかったのに!


「……俺は、何も悪いことなんか、していない」


 ”少なくとも、今は”。


 戦いに集中出来なかった。いつもはあんな冷たい言葉、気にしないはずなのに。

 ロゼが一緒だからだろうか。恥ずかしかったのか。それとも、自分の為に怒ってくれたのが嬉しかったのか。

 答えは出てこない。


「……終わりか?」


 顔を上げると、目の前に雨で濡れているロゼが映る。

 ヴォルテックスは纏っておらず、綺麗な金髪が水に濡れ、もみあげが顔に張り付いていた。


「……ああ。君の勝ちだよ、ロゼ」


 ロゼは悲しそうな目でゾディアックを見下ろす。


「ガッカリだ。気にするくらいだったら、自分の言葉くらいしっかり吐き出せ! せっかく楽しい相手が見つかったと思ったらこれだ。クソ……」


 そう言って踵を返すと、ロゼは転がっていた両手斧を片手で持って、ゾディアックの前に再び立つ。


「以前、私が負けた時、お前は情けをかけてくれた。敗北した側は相手の命令を聞く……私もそれを使わせてもらおうか。お前に誇りがあるなら受けるよな?」


 ゾディアックは黙って頷く。


「そうか。なら」


 両手斧をその場に落とす。泥と水が跳ね、鉄が落ちる音が鳴る。


「このまま黙って家に帰れ。今回は私の勝ちだ。……次は本気で来い」


 首を垂れるゾディアックは、何も言わなかった。

 ロゼは下唇を噛み、視線を逸らすとマントを翻した。


 ゾディアックが立ち上がったのは、ロゼが飛び立ってから5分経過してからであった。


♢◆♢◆♢◆


「皆の者! 私は黒騎士に勝ったぞ! 今日は祝杯だ。好きなものを食べ、飲んで、騒ぐがいい!」


 夜、エントランスに集まった仲間達が大騒ぎする。何処から持ち込んだのか、太鼓を鳴らしているスケルトンがいる。


「私は疲れた! 休む!」

「ロゼ様お疲れ様ーーー!!」

「流石ですぅ!!!」

「一生着いていきますよ!」

「※※※ーーー!!」


 ロゼは高笑いしながら、その場を後にし玉座の間に入る。


「はぁ~~~~~~~~……」


 そして長い溜息を吐きながら、玉座の前に膝を折って、頭を乗せる。


「何やってんだよ、私」


 ゾディアックの動きは悪かった。あのクソ雑魚槍使い(ランサー)の言葉を気にしているらしく、全くと言っていいほど手応えが無かった。

 当然と言えば当然だろう。せっかく助けたのにあんな冷たい言葉を浴びせられ、それで気晴らしに戦おうなどと誘われて戦えるか。


 ロゼ自身も、無理だと思ってしまう。


「最悪だよ、私」


 ロゼは、何故自分がこんなに落ち込んでいるのか、理解が出来ない。

 勝負には勝った。3度目にして初めて勝利を掴んだ。過程はどうであれ、自分が望んでいた結果を手にすることが出来たのだ。


 なのに、全くスッキリしないし嬉しくもない。

 ゾディアックが好敵手だったからか、それとも。

 ロゼの脳裏に、あの青い瞳が映り、好みの顔が蘇る。


 彼は冒険者だ。ああやって言われたことは、何度もあるのだろう。それでも人々のことを大事に思い、戦うゾディアックを、少しだけかっこいいと……。

 拳を握る。


「ガッカリだ」


 ゾディアックにか、それともおかしな感情が浮かび上がった自分にか。

 小さく呟いた言葉が玉座に響く。


「体調が悪いので?」

「のぅわぁ!!?」


 ロゼは飛び起きる。すぐ後ろに立っていたジャックもまた、眉を上げて後退る。


「脅かすな!!」

「何度も呼びかけましたよ」


 ロゼは呼吸を整えて玉座に座る。


「騎士から勝利を収めたようで。おめでとうございます」

「ふん。御託はいいから謎の魔物の調査結果を報告しろ」

「影も形も分かりません。……と言いたいところですが……」


 ロゼは疑問符を浮かべるように首を傾げる。


「野良で活動していたオーガ3体の遺体が、近くの洞窟で見つかったという報告を受けました。鋭利な刃物……いや、獣のような爪ですかな? そして、”干からびていた”」


 ロゼが足を組む。


「……それは」

「オーガには穴があいておりました。血を吸われた可能性が高いです」

「……つまり、謎の魔物の正体は」

「まだ確信はありませんが、吸血鬼である可能性は非常に高いかと」


 同胞か。

 ロゼの心が揺れ動く。仲間に誘ってみるか。有無を言わさず殺すか。


「正気を保っている場合話しかけましょう。駄目そうなら」

「殺す」

「では、それで」


 手短に話を終え、ジャックは踵を返し、玉座から出ようとする。


「ロゼ様」

「何だよ」


 立ち止まり扉に手をかけたジャックが、厭らしい笑みを浮かべた横顔を見せる。


「独り言はもう少しお静かにお願いします」

「……なっ!!?」


 ジャックは笑いながら出ていく。ロゼは顔を赤くしながら、瞼を閉じる。


「……ゾディアックに今度会ったら、まず謝るか。いや、話を……でもなぁ……」


 モヤモヤしてしまう。ロゼは気分を変えるため、寝ることを決意する。

 ロゼは、夜に寝るという、吸血鬼らしくない行動を起こしてしまう程、胸中穏やかでは無かった。


♢◆♢◆♢◆


「ガッカリ、か……」


 デスタンの宿に戻ったゾディアックは、クエストの完了を報告すると、モナと手短に話をし、食事もいらないことを告げると自室にこもった。

 キャラバンの人々は感謝していると言っていたためそれはよかったが、護衛についていた冒険者については何も言われなかった。


 報酬が入った袋を手に持っていたため、テーブルの上に置く。

 ゾディアックは装備を全て外し、部屋に備えつけられている風呂に入って、熱い湯に浸かる。


 何も考えないようにし、風呂から上がって体を拭くと、ベッドの上に乗って仰向けになる。


「ガッカリ、か……」


 両手を交差させ額に持っていく。目を閉じると、ランサーの言葉よりも、ロゼの方が浮かび上がってきた。

 ロゼは悲しい顔をしていた。


 ゾディアックは口を歪める。惚れた相手の方を何よりも思ってしまっているのがおかしかった。傷ついた冒険者のことなど、どうでもいい風に考えてしまっている。そんな自分が最低で、情けなく、苦笑してしまう。


『あの子が言っていたことは、正しい』


 声が聞こえたため、ゾディアックは起き上がる。漆黒の騎士が窓の外を見ながら佇んでいた。


「……言われ慣れてると思ってたんだ。ああいう言葉」

『心に刺さる言葉。それを慣れるなんてことはない。一生残るんだからな。もし慣れている者がいるとすれば、それは何処か壊れてしまっている』

「俺は壊れてないってことか」

『少なくとも、好きな子のことを考えられる能天気さがあれば大丈夫だ』


 騎士が兜の下で笑ったように見えた。


「……初めて会った。俺を守るような言葉を、言ってくれた人……」


 正確には人ではないが。

 ゾディアックは、胡坐をかいて沈黙する。騎士はそれに対し嘆息を返す。


『今度会ったら、戦ってやれ。それが彼女に対する謝罪になるだろう』

「もっと普通に仲良くなりたいな」

『今のお前は、いや、今の俺は冒険者で、相手は吸血鬼だ。魔物という種の中でも高位の立場にある生命体だ。仲良くというのは、絶望的かもな』

 

 叶わない恋か。

 ゾディアックは再び仰向けになり、両目を瞑る。


 もしあの子と一緒に冒険が出来たら、どれだけ楽しいのだろう。

 多分一緒にいて飽きない。でもあの子は退屈するかもしれない。


 疲弊していたゾディアックは、そのまま深い眠りに落ちようとしていた。

 せめて、夢の中だけでも、あの子と笑い合っている光景が見たい。


 いい夢が見れるようにと願いながら、ゾディアックは寝息を立て始めた。


『退屈しないな。”ゾディアック”』 


 漆黒の騎士はそう言うと、闇に溶けるように消え失せた。


♢◆♢◆♢◆


 ゾディアックの部屋の前に立っていたモナは、短く唸り声を上げる。 

 元気が無かった彼の為に、何かしてあげたいと思った老婆は、手に持ったチラシをもう一度見る。


「……明日の朝でいいか。うん」


 彼も疲れていた。ひと眠りしてスッキリした彼に教えた方が、喜んでくれるかもしれない。

 モナはその場を後にした。

 持っていたチラシには、ギルバニア王国にて行われる、お祭りの開催告知が記載されていた。




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