第3話「愛しの吸血鬼」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
――まさかあそこまで嫌われているとは思わなかった。
少しショックを受け、同時にゾディアックは自分の性格を嫌悪した。しっかりと言葉を吐き出せたら……そう思う。
重い鎧を引きずりながら帰路に着く。火竜を倒しても、どんな敵を倒しても、集会場の視線は変わらなかった。
「……怖かったな、あの子」
小声でレミィの評価を口に出したところで、自宅が見えてくる。
円形状の国家、サフィリア宝城都市。その西側にゾディアックの家は存在する。
大通りや集会場から大きく離れている場所にあり、更に冒険者達もキャラバンもあまり寄らない亜人街が近場にある。家の見た目も、二階建ての平凡な一軒家であるため、ここに凄腕の暗黒騎士が住んでいると知っている者は少ない。
家の鍵を専用の魔法で開け中に入る。
同時に、鼻腔を擽るいい匂いが部屋中に漂っていた。
「ただいま」
そう声を出すと、リビングから金髪が踊り出る。次いで黒いゴシックドレスを身に纏った可憐な少女が、満面の笑みをゾディアックに向ける。
「お帰りなさいませ! ゾディアック様!!」
少女は肩まで伸びた金髪を靡かせながら、ゾディアックに駆け寄り抱きつく。
鎧の上からであるため、体温は感じられない。ゾディアックは兜の下で笑みを浮かべながら抱きしめ返す。
「ただいま、ロゼ」
「はい。お帰りなさい、ゾディアック様」
ロゼと呼ばれた少女はゾディアックの顔を見上げる。赤い瞳が瞬く。
「ご、ごめんなさい。私ったらはしたない……」
顔を朱に染めると、ロゼは顔を伏せ離れる。ゾディアックは行き場のない両手を使って兜を外す。
銀髪が姿を見せ、浅黒い肌が外気に晒される。涼しい風が頬を撫で、ゾディアックは自然と笑みを浮かべる。
「暑かったよ」
「汗だくですね」
顔を見合わせてクスクスと笑い合う。ロゼが喉を鳴らし、腰に手を当てる。
「もうすぐ料理が出来上がりますので、お風呂に入ってきてくださいな」
「わかった」
そう言ってゾディアックは靴を脱ぎ、下の階にある自室兼装備部屋へと向かう。部屋のドアを開けると、様々な武器防具の類がゾディアックの視界に広がる。どれも有名な武器・防具・アクセサリーばかりであり、コレクターに売ればそれなりの金になるだろう。
それ以外にあるのはベッドと本棚、使い古された机とチェストだけだ。
ゾディアックは部屋のチェストの前に立ち防具を取り外し始める。すると、後ろについてきたロゼがその手伝いをする。
「小手、外しますね」
「ありがとう」
小手の紐を解きながら、ロゼは口を開く
「お怪我がないようで何よりです。返り血も浴びていないのですか?」
「ああ。出来る限り、綺麗な身なりで帰ろうと思って」
「汚れたゾディアック様も素敵ですよ?」
ふわりとした笑みを向けられ、ゾディアックは恥ずかしそうに視線をそらす。
「よいしょ……」
背中に回り込み背伸びをして、ロゼはゾディアックの鎖帷子を外そうとする。190センチと長身であるゾディアックは、少しだけ身を屈める。
「むぅ。ゾディアック様は大きくてズルいです。私に30センチ身長ください」
「ロゼは小さい方がいい」
「ロリコンですかぁ? ゾディアック様」
「……ロゼの方が年上」
「ご主人様。お口縫い付けちゃいますよ?」
口元に笑みを浮かべながら、ロゼはからかうような口調で帷子を外した。
それからもダラダラと喋り続け、数分後ようやく風呂に入った。
風呂を浴び、普段着に着替える。ゾディアックは最近ハマっている人間の服に着替える。
白いシャツにジーンズ。シンプルな見た目が、ゾディアックは気に入っていた。
リビングに入り椅子に座ると、ロゼが段になった黒のフリルスカートを躍らせながら料理を運んでくる。
「今日はレズマピークのお肉が安かったので、唐揚げにしました!」
「鎌怪鳥の? キャラバンから仕入れたのか」
「はい! 毒見はしっかりしてあるので、ご安心を」
それから瞬く間に、様々な料理がテーブルを彩った。キングサーモンのソテーに爆牛のシチュー、ゾディアックの好物であるオーロラベジタブルもある。最後に麦のパンをロゼは持ってきた。
料理の準備が整い、ロゼが正面の席に座ると、ゾディアックは瞳を閉じ、両手で拳を作り首を垂れる。
「……」
口元だけ動かし、食事の儀式を行う。感謝と怒りと祈りの文章は口に出してはいけない。ヴォルクス家に伝わる儀式を終え、ゾディアックはようやく瞼を上げる。
笑顔で待つ、ロゼの顔がそこにはあった。
「……いただきます」
「はい、どうぞお召し上がりください!」
唐揚げを頬張る。肉厚な味わい、こってりとした油が口内を蹂躙する。昨夜のクエスト中は木の実と保存食である干し肉、エネルギー補給兼スタミナ増強剤のメープルレモン・ハイカクテルしか飲んでいないため、ゾディアックの胃袋は空っぽだった。
ロゼの作った絶品料理に舌鼓を打ちながら、ゾディアックはどんどんと料理を平らげる。
「美味しい」
短い言葉だ。だが、本心から沸き起こった言葉を口に出す。
「どんどん食べてくださいね! あ、シチューのおかわり持ってきます」
ゾディアックは頷き空になった食器を差し出す。ゾディアックは幸せを噛み締めていた。ロゼと話していると、その日の疲れも嫌な出来事も吹き飛んでしまう。我ながら単純な思考回路をしていると思いつつも、それが嫌いではなかった。
それから、ロゼが用意した大量の料理は、ものの10分で全てがゾディアックの胃袋に収まってしまった。
食後の珈琲を飲みながらゾディアックは情報誌を捲る。記事の内容はどのページも人間に関することだらけだった。
中でも一番注目されているのは、このサフィリアで探偵稼業を営む女性と共に、ある事件を解決したという人間だ。顔写真まで乗っている。
自分と同じく、少し肌が黒い男性だった。ガタイがいい。鎧を着てそれなりの武器を持たせたら、すぐに冒険者になれそうだ。
「砕滅家とか向いているかもな……」
ゾディアックはふとロゼに目を向ける。
ロゼは電像機に映し出された映像を食い入るように見ている。
大きな黒い箱に映し出されているのは、「パンケーキ」と呼ばれているデザートの特集だった。
椅子に座っているゾディアックは、映像を見ながらロゼの背中に声をかける。
「美味いのか?」
「わかりません。私も食べたことがない料理なので……」
両者の視線が映像に釘付けになる。
映像内では山羊の角を生やし、胸元を大胆に露出させた悪魔の女性が、運ばれてきたパンケーキを見てはしゃいでる。
『こちら、レジュメンド国にある喫茶店なのですが、いやもうすごい盛り上がり! どうやらこのパンケーキが一番のブームになっている模様です! 私も、食べてみたいと思います!』
周囲には亜人の客が大勢いた。女性は見られていることも気にせずパンケーキにメープルシロップとホイップクリームを大量にかけ、口に頬張る。
『おう、おふ……! おうふぃ……』
更に猫耳を生やした男性店員、ケットシーが何かを運んでくる。
『こちらはラムネスライムを使った特製シロップでございます。また違う味が楽しめますよ』
『わぁ、いただきます! ……あ、これ超うめぇ!! あ、超美味しいです!』
見ているだけで口の中に甘みが広がる映像だった。
あまり甘い物が好きではないゾディアックは、少し胸焼けがする思いだった。
「ロゼ、チャンネル変えて……」
「いいなぁ……」
ロゼが、真剣な表情でぼそりと呟く。その真剣な横顔は美しかった。
「美味しそう……」
「……食べたいのか?」
「はい。パンケーキ、食べたいです……」
そう答えると、はっとしたロゼは、振り向いてぶんぶんと首を横に動かす。
「い、いえ! なんでもないですよ! お、お洗濯物乾かさないと!」
誤魔化すようにそう言って立ち上がると、ロゼは部屋から出ていく。ゾディアックはいまだ続いているパンケーキの映像に目を向ける。
どうやらロゼがこれを食べたがっているらしい。普通であれば、「じゃあレジュメンドに行くか」と言って旅行にでも行けばいい。
だが、ロゼはここから離れられない。
それはロゼが魔物……吸血鬼だからだ。