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第26話「一緒に、ご飯、食べませんか……?」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 水落の森に住む魔物達が移動を始める。

 遠くから立ち昇る殺気と、強力な魔力に当てられ、魔物達は恐れ慄いていた。

 紫電が天に向かって伸びている。まるで生き物のように蠢くそれは、何かを襲わんとしているようであった。


♢◆♢◆♢◆


 ロゼの金色の髪が逆立つ。獲物を狩る獅子のように鋭い目を、目の前の暗黒騎士、ゾディアックに向ける。

 昔のことだが冒険者や魔物を相手にしていた時、ロゼは魔法を一切使わなかった。使う必要性が無かったからだ。

 初級の魔法を撃っても威力は上級のそれであり、あっという間に勝負がついてしまうため、ロゼは勝負を楽しむために、自分に制限を設けていた。


 だが、今回に至ってはそうはいかない。出し惜しみしていたら負ける相手と対面している。

 ロゼの腕に帯びていた紫電は全身へと纏わりつくように電撃の範囲を広げ、ロゼを守るように帯電する。


 超越稲妻(ヴォルテックス)――自身に憤怒の雷帝から授かった雷を纏い、心身を強化する闇と雷属性の魔法。

 大剣を構えているゾディアックは右足を前に出し半身になる。


「……二重魔法(デュアル)まで使えるのか」

「そこいらのお遊び魔術師と比べると痛い目にあうぞ」


 ロゼが右拳を握り跳躍する。

 一瞬で天に昇っていたロゼをゾディアックは目で追う。


 そこには誰もいなかった。


 瞬間、左脇腹に衝撃が走る。インパクトの瞬間ゾディアックは横に飛び、ダメージを逃がすように攻撃を受ける。そして目線を左に向けると、拳を突き出しているロゼが映る。


 拳に紫の雷が集まっている。

 ヴォルテックスはただの身体強化魔法ではない。強力な魔法による追撃をしてくるのが一番厄介なのだ。

 拳から雷が放たれ、周囲を明るく照らす。目で見えるほどの電撃は枝分かれし、地面や周囲の木々を削り飛ばしていく。

 ゾディアックは剣の腹で攻撃を受ける。巨大な岩がぶつかったような衝撃に耐え切れず吹っ飛んで倒れる。鎧が地面と擦れ土が舞う。好機と見たロゼが上空に飛び、上から雷を撃ち続ける。


 ゾディアックは鎧の重さを感じさせない動きで片膝立ちになり、剣を振ってそれらを消し飛ばす。


 強い。城で戦った時よりも明らかに魔法の練度が違う。ロゼはまだまだ本気を出していないということを、その一撃は示していた。

 立ち上がり、素早く剣を構える。攻撃を受けた鎧と剣の一部は、バーナーで焼いたような巨大な焦げ跡がついている。


「流石破壊の大剣。砕けないか……」


 ロゼは地面に立ち、余裕の笑みを浮かべる。


「だが確信した。その剣にそれだけダメージを与えられるなら……お前の鎧は砕けるな」


 そう言って踵の高いロリータパンプスの爪先で、地面を軽く2回叩く。

 魔法陣が一瞬浮かび上がったと思うと、瞬時に砕け形を”鎖”に形を変える。闇の上級魔法、モルゲンシュテルンがゾディアックに迫る。同時にロゼが姿を消す。


 ノータイムで強力な魔法を撃てる集中力と技術、そして魔力の高さにゾディアックは感心していた。

 剣に魔力を込め始めるが、断念し鎖を避けることに専念する。ロゼの姿が見えないため、攻撃を弾くために剣を振ったら隙をつかれる。


 鎖は問題ではない。どこからロゼが来るかが問題だった。

 だが、ゾディアックは既に予想がついていた。


 背後はあからさま過ぎて一番警戒される。側面は先程使ったため警戒されている。頭上は大剣相手であるため危険である。

 となれば、1つしかない。


 鎖の動きはゾディアックを攻撃するのではなく、かといって動きを止めようとしているわけでもない。意識を逸らさせようとしている。


「魔法対決か。いいだろう」


 ゾディアックは、剣を放り捨てた。

 同時に籠手に魔力を込め拳を握る。すると籠手に青白く大きな、骨で出来た幻影の拳が重なる。力が込められるのを感じ、拳を地面に叩きつけた。

 ゾディアックを中心に地面が陥没する。範囲はそれほど大きくない。


「ぐぅっ!!!」


 だが、地中にいたロゼをあぶり出すには充分だった。超強力な重力魔法に圧し潰され、ロゼは芋虫の如く地面に突っ伏している。

 圧殺(フォール)――シンプルかつ強力な無属性魔法。まともに食らえば二度と立てない。


 だが、ヴォルテックスを纏っているロゼは立ち上がりながらゾディアックを睨むと、背後に魔法陣を浮かび上がらせ、そこから氷で出来た、巨大な蛇を放つ。


 対し、ゾディアックはフォールを止め、足を後ろに引く。そして、ボールを蹴るように足を動かした刹那、ゾディアックの背後から炎で生成された大蛇が出現し、勢いよく放たれた。


 炎と氷の蛇が衝突し、一瞬で片方は溶け、もう片方は水蒸気となって消え失せる。両者の激しい魔法がぶつかり合ったせいで、周囲に霧が立ち込める。


 ロゼはその隙にゾディアックの背後に回り込み、拳を振り被る。


 だが、読まれていた。

 既に、剣をこちらに向けて掲げているゾディアックが映る。


 ここまで来たら避けることは出来ない。ロゼは全魔力を拳に集中させる。それはゾディアックも同様だった。


 2人の攻撃が交差し、一瞬の静寂と白の世界が周囲に広がる。

 

 直後、轟音と共に雷が地面に分散し、一際大きな極黒(ごくこく)の雷が天に昇っていった。

 空を覆っていた雲が晴れ、霧が消し飛び、滝と水が蒸発し、周辺木々が炭になり、地面は雷の衝撃が影響し2人を中心に大きく(えぐ)れた。


 轟音が止み、雷も消え失せ、周辺の変化が無くなると、そこには1人の騎士が立っていた。その前には、ボロボロの服を纏ったロゼが両膝をついていた。


 ――負けか。私の。


 今ある魔力で放った最大の一撃だった。だが正面からぶつかり合い、それで力負けしたとなれば、これ以上に気持ちのいい、そして悔しい負け方はないだろう。


 まだ動けるが、ヴォルテックスは消え、初級魔法すら撃てそうにない。精々堅い爪を動かすのが限度だ。

 ロゼは顔を目の前に立つゾディアックに向ける。


 健在。鎧にはヒビが入っているが、それだけだ。相手は立っており、呼吸も乱れていない。剣を力強く握り締めているのを見るに、まだ腕も振れるだろう。


「……殺せ」


 完全なる敗北だった。

 ロゼは死を覚悟し、心の底で仲間達に謝罪すると瞼を下ろす。


 だが、いつまで経っても死の刃は来ない。

 疑問に思い顔を上げると、ゾディアックは剣を地面に置き、ロゼの前に膝をつく。


「……何の真似だ」

「俺の、勝ちです。だからもう、戦う意味はない。……ここでやめましょう。帰って大丈夫です」


 ロゼは歯を剥き出しにし怒気を露わにする。


「ふざけるな!! また情けをかけるつもりか!?」

「情けじゃない。あなたを殺したくない。それだけ、です」

「ぐっ……」

「また、戦いたいなら来ればいい。けどここで死ぬことは、ないでしょう」


 ロゼは食ってかかろうと大口を開けたが、項垂れて溜息を吐く。

 甘いのか、それとも舐めているのか。だが、ゾディアックから殺気は感じない。武器も下ろしている。本当に殺すつもりはないらしい。

 ロゼは生かされた。しかし、それは納得出来るものではない。


「……じゃあ、何かないのか」

「え?」

「負けた上に何もなし。殺される誇りも無い。これではこちらも気が済まないのだ! 敗者が物申せる立場ではないが、負けた故に、何かないのか!」

「な、何かって何」

「……シンプルだが、何でも言うことを聞こう。奴隷になれというなら奴隷になってやる」

「ど、どうしてそんなことを言うんだ」

「私が自分に誇りを持っているからだ!!!」


 突然の大声に、ゾディアックが肩を上げる。


「……負けたのに何も咎めが無いなど、私にとっては侮辱なんだよ……」


 目に少しだけ涙が浮かぶ。ゾディアックには分からない誇りというものだが、胸をうつものではあった。

 ゾディアックは兜を外し、青色の瞳をロゼに向ける。


「……なら、俺のお願いを1つ聞いて欲しい」

「そ、そうか。何でも申してみろ! 何が来ても構わん! 裸に引ん剝くか! 焼き串で刺すか! 人間達の前に持っていって辱めるか!」

「いやぁ、そんなことは微塵も考えてなくて、その……」


 兜を小脇に抱えると、


「一緒に、ご飯、食べませんか……?」


 ゾディアックは苦笑いを浮かべ、そう”お願いをした”。


「……は?」


 ロゼが素っ頓狂な声を出すと、風が吹き、金と銀の髪を揺らす。


 見つめ合う2人の背後、空には大きな半月が浮かび上がっていた。


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