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第25話「変態かっ! 私はっ!!」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 上空から視線を地上に向けながら、ロゼは靄を纏いながら飛行を続ける。

 靄はロゼが発動している魔法であり、隠密(ステルス)の効果を持っている。

 あの暗黒騎士の前ではすぐに看破されるかもしれないが、馬鹿みたいに姿を曝け出すよりはマシだ、と自分を納得させる。


 遠くから激しい水の音が聞こえる。滝の近くで水浴びをしていたとあの子は言っていた。

 しかし、水浴びとは……。


「吞気な奴め」


 そう愚痴を零すが、ロゼはあることを決めた。隙だらけだったとしても不意打ちはしない。騎士とは正面からぶつかりたい。


 しっかりと名乗りを上げ、全力で戦って叩き潰し、あいつが最後の見る光景を自分で染める。

 ロゼは出来るだけ殺気を押さえ、滝の方へと飛んでいった。


♢◆♢◆♢◆


 暗黒騎士、ゾディアック・ヴォルクスは滝修行を終え、体を清めていた。ここの水は消費した魔力を回復してくれるヒーリング効果を持ち合わせているため、お気に入りの場所である。


 周りには知性が高く、戦闘能力も高い危険な魔物ばかりいるため、一般人やキャラバン、低ランクの冒険者は寄ってこない。


 ゾディアックはかれこれ1時間近くここにいるが、魔物には襲われていない。それどころか、滝周辺には気配すらない。

 魔物達は、皆ゾディアックを恐れているのだ。自分達では敵わないと分かっているし、特に縄張りを荒らされたわけでもない。だから近づかない。


 それを知っているゾディアックは、自分の力に自信を持ち、誇りを持っている。

 同時に、悲しみが押し寄せても来る。このせいでパーティメンバー、それどころか、友達がひとりも……。


 目頭を押さえ、ゾディアックは気を紛らわそうと陸に上がり、タオルを手に取って体を拭いていく。


「見つけたぞ!!」


 上空からの突然の声、そして途轍もない魔力と殺気を感じる。

 ゾディアックは一瞬で悟った。あの強い吸血鬼、ローレン……なんとか、ミラーカが報復に来たのだと。


 悟ったはいいが、今の状況を確認すると顔を引き攣らせる。何故なら、タオル一枚以外何も纏っていない姿だからだ。


「や、やば……やばい」


 ボソボソと呟きながら、大慌てで服を置いてある場所に行こうと思った所で、目の前に黒い靄が現れる。

 そして靄が晴れ、昨日会った金髪の美少女吸血鬼が姿を見せる。


「ふはは! 勢いで降り立ってしまったが、間違っていたなら謝る! 貴様は私と戦った暗黒騎士か!?」


 ゾディアックは吸血鬼を見つめつつ、遠慮がちにコクリと頷く。


「そうかそうか! なら……」


 吸血鬼は両手を顔の前に出し、顔を下に向ける。少し顔が赤い。


「な、何か着てくれ」


 そっちが勝手に来たんじゃないか、とゾディアックの目が言う。


「ま、まさか薄布一枚だとは思わなかったんだ……ごめんなさい」


 ゾディアックは震える唇を何とかこじ開けて、声を絞り出す。


「あ、……あの」

「な、なんだ」

「その、ちょっと向こう、行ってほしい……。俺の服、君の後ろの方にあって」

「うぁ!? その、そうか。分かった。ちょっと離れよう」

「……あ、ありがとう?」

「う、うん? うん……」


 困惑する2人はぎこちないやり取りをする。ゾディアックはいそいそと服を着替え、吸血鬼は少し離れた場所で待機し、ワザとらしく視線を外して滝を見る。


 気まずい沈黙が、両者の間に流れていた。


♢◆♢◆♢◆


 ロゼは滝を見ながら、ウェーブのかかった長い金髪をワザとらしく触り続ける。

 時折、チラチラと後方に視線を送り、着替えている暗黒騎士を盗み見る。

 鎧の中は絶対不細工だとロゼは思っていた。だが、実際は違った。


 端正な顔立ちに鼻筋が通っている小顔。目元は神経質に少し切れ上がっている。見惚れてしまう、透き通るような青い瞳に浅黒い肌。整えられ銀色の短髪がとても似合っている。


 身長が高く、体も横に太くなく、しっかりと、そしてしなやかに鍛え上げられており、無駄な筋肉がない。大剣と重鎧を装備しているにも関わらず、軽やかに動けるのも頷ける。


 顔と体、共に文句をつける所が見当たらない。


 ――正直、めちゃくちゃ好みのタイプだ。


 ロゼはこう思ってしまう。

 そのせいか、いつの間にか相手をまじまじと見つめしまっていることに、ロゼは気づかなかった。


「あ、あの……あまり見ないで、ほしい」

「ぬぁ!!? あ、あ、ああ! すまない!」


 上着の袖に手を通していた騎士が、恥ずかしそうな顔をしている。

 

 ――どうしよう……可愛い。


 ロゼの頭にどんどんと(よこしま)な考えが駆け巡る。


「変態かっ! 私はっ!!」

「!!?」

「だいたいな! もう少し不細工な見た目をしていろよ、貴様も!」

「ご、ごめんなさい」


 頭を掻きながら項垂れる。先程まで沸き起こっていたやる気が消え失せていってしまう。

 自分の悔しさよりも、相手の方が気になってしまっているのだ。


「……こんなことで搔き乱されてたまるか。私は誇り高き、吸血鬼だぞ」


 それでもなんとか気持ちを奮い立たせる。後ろでガチャガチャと鎧を身につける音が聞こえてくる。


「もういいか!?」

「あ、はい。兜被ります……」

「あと、今更ながら言ってもいいか」

「?」

「こういうのって、普通、男女逆じゃないか?」

「……し、知りません」

「……ごめん」


 最早無駄口を叩くまい。兜を装着した騎士に向き直り、ロゼは喉を鳴らしてマントを翻す。


「……貴様と会うのは2回目だな、暗黒騎士」

「……そうですね。こんにちは」

「こんにちは。……久しぶりに会えた好敵手だ。貴様の名前を聞かせて欲しい。」


 騎士は大剣を手に取る。


「えっと」

「自分の名前言うのに「えっと」って言うのか」

「……ゾディアック・ヴォルクスです」

「ゾディアックか。……ゾディアック?」


 ロゼはフッと鼻で笑う。


「驚いたぞ。初めて魔界を統べたとされる、”最初の魔王”と同じ名前をしているとはな」


 ゾディアックが剣を落とし、慌てた様子でそれを拾う。幾分慌てている様子だが、気にしているのだろうか。


「だが、名乗るに相応しい力を秘めているのは、先の戦闘で理解している!」


 ロゼは両腕に魔力を溜め、紫色の雷を纏わせる。雷の周囲の空気は摩擦が生じ、一気に高温になっていく。


「だから、今度は私の得意な魔法勝負で行こうじゃないか」


 ゾディアックは剣を構える。先程までの微妙な空気を切り替え、ロゼは笑い声を上げる。


「行くぞ、ゾディアック!!」


 声と共に、金髪の毛先が逆立った。


♢◆♢◆♢◆


 一瞬動揺したが、バレてはいないらしい。とりあえずほぅと息を吐く。


 ――しかし、参ったな……。


 ゾディアックは兜の下に困った顔を浮かべた。

 突然現れた吸血鬼の女伯爵は、既に戦闘態勢に入っている。恐らく本当に殺してくる一撃を放ってくるだろう。

 だが、ゾディアックはいまいち調子が上がらない。


 相手が再び現れてくれた時、嬉しいという気持ち一気に沸き起こってしまった。おまけに話も出来てしまったため、浮足立っている。


 ゾディアックはあの時、靄が消えて吸血鬼が姿を見せたあの時、相手に一目惚れしてしまったのだ。故に、調子が上がらない。


 この状態のまま全力で戦えと言われても、中々厳しいものがある。

 最初の戦いの時、明らかに決定的な瞬間でこちらの勝利を宣言すればよかったのだ。今更反省しても仕方がないが。


 名前もまともに覚えてないからもう一度教えて欲しいし、他の冒険者の情報やギルド情報からはかけ離れた見た目をしているし、悪い魔物には見えない。

 ただ普通に仲良くなりたい。ゾディアックはそう思い、口を開こうとする。


「行くぞ、ゾディアック!!」


 どうやら、コミュニケーションは戦いが終わってからでないと行けないらしい。


「……おまけに強いから、嫌なんだけどなぁ……」


 困り顔に苦い笑みを浮かべて、ゾディアックは大剣に魔力を込め始めた。


 暗黒騎士対吸血鬼の女伯爵。

 2回目の戦いが始まろうとしていた。




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