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第24話「あいつに会いたくて仕方がない!!」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 ゾディアックが肩を揺らして、口元を拳で隠す。


「今でも思い出すと笑っちゃうな。初めて会った時の、ロゼの喋り方」


 ロゼは顔を赤らめて唇を尖らせる。


「むぅ。思い出さないでください!」

「いや、大切な思い出だから、いつまでも覚えておくよ」

「く……生意気にもちょっとキュンとくる台詞言っちゃって……ボッチのくせに」

「今はボッチじゃないぞ」


 鼻を鳴らしてロゼは紅茶を飲む。


「そう言えば、あの後どうしたんだ? 相当怒ってただろ」

「そりゃ怒りますよ。今まで殆ど負けたことなかった自分が、初対面の冒険者に圧倒されて情けまでかけられた……悔しくなるに決まってるじゃないですか」


 そう言って溜息を吐くと、顔を上に向ける。


「そうですねー……とりあえず、頭を冷やしてました」


♢◆♢◆♢◆


 階段の手摺に寄りかかり、入口に目を向ける。頭の中は、先程の戦いを思い出していた。声を荒げたりはせず、顔も無表情を貫いている。

 ロゼは、頭の中で猛省していた。無様に敗北したこと。そして、仲間達の前であんな醜い姿を見せてしまったことを。


 それからすぐに、暗黒騎士を追撃していたスケルトン達が帰ってくる。

 何故か全員体が一部消し飛んでおり、首だけになっているものもいた。


「すいやせん。取り逃がしちゃいました」

「あの騎士すげー魔法撃ってきますよ。俺なんか体半分消し炭にされましたわ」

「首だけですよ、僕なんて」

「すまねーでやんす、ロゼ様」


 報告を受け、ロゼは溜息を吐きそうになった。

 が、グッと堪える。一軍の長が自分の感情を曝け出し、仲間達に不満と不安を与えるのは駄目だとロゼは思い、口元に笑みを浮かべる。


「誰も欠けてないな」

「ういっす!」

「ならいいんだ。ご苦労。また新しい体を作ってやろう」


 スケルトン達は喜びの声を上げた。

 2階に続く、エントランスの中央階段から、ロゼは荒れ果てた内装を見る。そして広間に集まった魔物達に指示を出す。その数は大小合わせて100はくだらない。


「聞け。皆の者。あの騎士は今までと格が違う相手であった。それは認めよう。確かに私も遅れをとった」


 ざわつきが大きくなる。ロゼの強さを知っている者達は信じられないといったように声を上げる。


「そんなことねえっすよ!」

「本気出せばあんなの一捻りですって!」

「ロゼ様の調子がたまたま悪かっただけです! そうに決まってます!」


 相変わらず(おだ)てるのが上手いなと思いつつ、ロゼは手を前に出し、静粛を求める。ざわつきが止んだところで再び口を開く。


「今度は私も本気を出す。この城では戦わん。そしてお前達も連れては行かない。私が本気を出したらどうなるか、分かるだろう?」

 

 魔物達は顔を見合わせはしたものの、文句は言わなかった。ロゼより何十倍も大きな体をしているオーガですら、渋い顔でそれを聞き入れた。


「お前達を巻き込みたくはない」

「でも! 何かしたいです!」


 ひとりのインプが声を張り上げる。ロゼは頷きを返す。


「お前達には変わりの仕事をしてもらう。あの暗黒騎士を見つけ次第、私に報告しろ。必ず私が勝ってやる! あいつの血で、城の入口を塗り直してくれる!!」


 魔物達が(とき)の声を上げる。


「ここに侵入した、また周辺にいる冒険者、魔物達から情報を聞き出せ!」


 全員が了承し、各々動き始める。行動力のあるインプとグール、ゴブリン達は既に外へ行った。


「オーガとスケルトンは私と一緒にエントランスのお掃除だ」

「えー!?」

「えー、じゃない! こんな荒れた空間を放置出来るか! 箒持て!!」


 渋々といった声が返ってくる。


「声が小さい!」


 ロゼは激しい檄を飛ばしながら、テキパキとエントランスを掃除していった。


♢◆♢◆♢◆


 掃除も滞りなく進み、指示出しも不要になると、ロゼは玉座のある広間に戻る。そして、玉座の前に両膝をつき、臀部を乗せる部分に頭を置いて、唸り声を上げる。


「うぅ〜〜〜……ちくしょうめ」


 実力で負け、自分を慕う者達の前で醜態を晒した。ロゼは怒りと悔しさと情けなさで、広い部屋の中、ひとり肩を揺らした。


「くそぉ〜……。調子悪かっただけだもん。絶対私の方が強いんだ……」


 負けず嫌いなロゼが嗚咽に似た言葉を漏らしていると、背後から気配を感じる。同族の匂いが鼻腔をくすぐる。


「ジャックか?」


 問いかけながら立つと、入口から男が姿を見せる。真っ黒なローブを身につけた老齢な男は、神経を逆撫でするような笑みを浮かべながらロゼに近づいていく。


「随分とご機嫌ですね。ロゼお嬢様」

「お嬢様、なんて呼ぶな、ジャック。ここはもう本家じゃないぞ」


 ジャックと呼ばれた男は顎に蓄えた白髭を触る。ニヤついた表情はそのままだ。


「これは失礼。では、接し方を変えましょう」


 ロゼは玉座に腰を下ろすと足を組み、目の前で立ち止まったジャックの言葉を待つ。


「あれは今まで会ってきたどんな敵よりも強いな」

「暗黒騎士のことか」

「ああ。最後の攻撃、私が受けていたら腕一本吹き飛んでいたな」


 肩を揺らして愉快そうにジャックは喋る。揺れる白髪を憮然とした表情で眺めるロゼは、騎士が放った最後の攻撃を思い出していた。

 確かに強力だったが、軌道はわかりやすく、避けやすい一撃だった。


「避けることも出来たはずだ。何故しなかった」


 ジャックもそれを分かっていた。

 ロゼは鼻を鳴らし、顔を下に向ける。


「避けるわけにはいかなかった」

「インプがいたからか」

「……知っていたなら助けろ」

「おや? 普段は戦いの邪魔をするなと言うくせに、こういう時だけ助けを求める。たいした伯爵様ですな」


 ロゼは言葉を詰まらせる。ジャックは手を後ろに組み、玉座の周りを歩きながら言葉を続ける。


「まぁ助けなかったのは謝ろう。ロゼ様があの一撃に耐えられるかどうか見たかった。そこに興味を惹かれてしまってね」

「……様は余計だ」

「私も捜索には協力しよう。あの騎士には興味が尽きない。……ただの冒険者があれほどの強くなったのであれば、危険な存在だ」

「中身」


 ロゼの前まで戻ったジャックが立ち止まり、首を傾げる。


「中身、亜人かな?」

「そんな臭いはしなかった。というより、“どんな臭いもしなかった“」


 ロゼは眉根を寄せる。それ以上何も言わなかった。

 ジャックは天井を仰ぐ。


「しっかし何が目的だったのでしょうなぁ。あの騎士は」

「何?」

「ロゼ様の討伐? 古城の調査? 吸血鬼という討伐推奨の魔物を目の前にして、戦いでは圧倒し、決定的な隙が出来たにも関わらず、あの騎士は踵を返した。目的が今挙げたのではないのか……それとも、遊びに来たのか」


 ロゼは下唇を噛む。鋭い犬歯が突き刺さり、血が滲む。


「何者なんだ。黒騎士……」


 そう言って、溜息を吐く。


「あいつに会いたくて仕方がない!!」


 大声を上げて首を上に動かす。ロゼの急な動作と大声に、ジャックは「おおぅ」と言ってわざとらしく後ろに下がる。


「このままじゃ寝ても覚めても、あいつの鎧と剣が……」


 そこまで言って、澄んだ青色の瞳が脳裏を過ぎる。それ以上、ロゼは言葉を続けず、嘆息し背もたれに体重を預けると、落ち着きを取り戻す。


「……まるで恋する乙女のようですよ、ロゼお嬢様」


 元執事であるジャックの憎たらしい笑顔を見て、ロゼの心は再びかき乱された。


♢◆♢◆♢◆


 自分が冒険者に負けたということを、ジャックは本家に連絡するだろう。となると、家族が来るかもしれない。


 その前に、何とか自分でケリをつけなければならないと闘志を燃やすロゼは、次の日から大規模な捜索を始めた。

 村や街を襲わず、道行くや冒険者には片っ端から情報を手に入れるよう指示を出した。


 それから数時間後、インプが玉座にやってくる。露出の高い服を着ており、ロゼよりも身長が高い、見た目は真面目そうな女性が頭を下げる。


「ロゼ様。お金ください! 魔導書40冊買ったら情報くれるってキャラバンのおじさんが」

「それは詐欺だ。無視しなさい」


 ゴブリンが玉座にやってくる。何故か顔が赤い。


「ロゼ様ー! 冒険者と一杯やって、飲み比べ勝ったぞーい!」

「……ああ、うん。よく勝ったな。その調子で頑張れ」


 グールがゆっくりとした動作で玉座にやってくる。


「※※※~」

「なんて?」

「※※※※※※※※※~。※※※※※※ー!! ※※※※※※※※※※~」

「通訳ぅう!!」


 有益な情報は手に入らない。

 呆れ顔で額に手を当てる。このままでは暗黒騎士は見つからないのではないか。


 次は自分から仕掛けなければならない。そう決めていた。家である城をこれ以上、無茶苦茶にされてたまるものか。せっかくエントランスも綺麗にしたのだ。


 イラつきながら歯を食いしばっていた時だった。一匹のインプが姿を見せた。

 見てくれはまだ幼い少女だ。ロゼはその姿を見て思い出す。騎士と戦っていた時、支柱に隠れていたインプだ。


「君は……」

「ロゼさま! まっくろな騎士、いたよ! みんなで見つけた!!」


 ロゼは目を見開いて、玉座から立ち上がると、インプの前に膝をつく。


「何処で見つけた!?」

水落(すいらく)の森! 滝のちかくで水浴びしてたっ」

「……よくやった。君は優秀だね」

「……これで……許してくれますか?」


 泣きそうな声で、インプは顔を伏せてそう聞いてくる。一瞬、ロゼは驚いたが、すぐに表情を緩めインプを抱きしめる。


「君に怪我が無くてよかった」

「……ご、ごめん、なさい、ロゼさま。わたし、ロゼさまのお力になりたくて……」

「いいんだ。ありがとう。謝る必要なんてない。仲間を……家族を守る為に、当然のことをしたまでだ。無事でよかった」


 耳元でそう囁いて抱擁を解くと、インプは目元を赤くしながらも笑顔を見せた。

 その頭を撫でると、ロゼは王の間を飛び出し、一気にエントランスまで行き、外に出る。

 そして、新調したマントを広げ、天高く飛び立つ。


 世界が一望出来る。騎士がいると言っていた森も、ロゼには見えていた。

 地上から、魔物達が声援を送り、手を振っているのが見える。


「行ってくる!! 留守は任せたぞ!!」


 そう指示を出し、ロゼは森へ向かって飛ぶ。

 二度目の勝負だ。今度こそ勝つ。


 ロゼは、自分でも知らないうちに、口角を上げていた。




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