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第23話「絶対、鎧の中身不細工だ」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 互いの武器がぶつかり合う。周囲に轟音が鳴り響き、剣と爪から火花が散る。

 まるで線香花火のように、淡く小さな光の粒が騎士と吸血鬼を照らす。


 騎士は漆黒の兜を被っているため、全く顔が分からない。

 だが、隙間から瞳が見える。

 瞳の色は、まるで、夜が明けたような空色だった。その瞳の奥からは、透き通った群青色の闘志が垣間見える。


 ロゼは、不覚にもその瞳に見惚れてしまった。そのせいで動作が遅れる。

 

 騎士が腰に力を入れ、ロゼを押す。ロゼは負けじと押し返そうと力を込める。


「……なに!?」


 騎士は微塵も動かなかった。まるで壁を押しているかのような感覚に、ロゼは奥歯を噛む。


「舐めるなよ。鋼鉄の城壁に風穴を開けたことなど腐るほどあるわ!!」


 右手を振りかぶる。爪の先に魔力を込め、男の兜目掛けて腕を振る。弾丸が発射されるような轟音が鳴り、騎士は上体をずらし、逃げるように距離を取る。


「ふん! 臆病者め! 次はその大きな腹を狙ってくれる」


 騎士は何も言わずに黙って武器を構える。

 先程の攻防から勢いがついたロゼは、一気に距離を詰め、宣言通り腹に向かって右手を突き出す。


 騎士がそれに合わせて大剣の切先を突き出す。魔力が巡っているのが見え、ロゼは息を呑むと攻撃を中断し、体を横に飛ばす。


 直後ロゼがいた場所に剣が突かれ、瞬間、爆音がエントランスに轟き、周囲に衝撃波を発生させた。

 赤色の魔力が付着した衝撃波をまともに受けたため、ロゼは吹き飛び、エントランスの支柱に叩きつけられる。


 ダメージは全くないが、ロゼは焦りの表情を浮かべながら立ち上がる。


 騎士が使っている「破壊の大剣」と呼ばれているその武器は、文字通り全てを破壊出来る一撃を放てる。発動させる条件は単純で、膨大な魔力を注ぎ込むこと。

 刀身から収斂(しゅうれん)された魔力が放射されることで、あの剣は真価を発揮する。


 だが、それは余程高位な魔物でしか発動出来ない代物だ。そこいらの上級魔物では、恐らく持つことも不可能だ。それなのに、あの騎士は息ひとつ切らさず、まるで小枝を振り回すが如く大剣を振っている。

 

 ロゼの額に汗が浮かぶ。靄で顔と姿を隠しているのが救いだった。


「ふむ。なるほど。それなりの実力を持っていることは認めよう。だが、さっさと仲間を呼んだ方がいいぞ。これからは私も本気だからな」


 ロゼが一番警戒しているのは騎士の仲間だ。さっさと人数を把握し、効率的に動きたい。

 だが、騎士は首を傾げる。


「なんだ、どうした」

「……えっと」


 騎士は数秒考えた挙句、こう言った。


「仲間は、いない。ひとりで、その……来た」

「……な、なるほどな。ひとりで充分というわけか。なるほどな」

「ち、ちがう。誰もパーティ、組んでくれなか……」

「やかましい!」


 思いもよらない返答に柳眉を逆立て、ロゼは歯を剥き出しにする。


「よかろう。後悔させてやる」


 ロゼは自重を感じさせない跳躍をすると、一瞬で騎士の後ろに回り込み爪で脇腹を狙う。騎士も動きに反応し、剣から片手を離して裏拳で爪を弾く。


「我が爪を弾くとは、余程の業物だな」


 ロゼは鼻で笑う。


「道具に救われたな」

「……それの何が悪い」


 騎士が片手で剣を振ろうとする。ロゼはそれを見て一気に後ろへ飛ぶ。

 騎士はすぐに剣を振るのを止め、何も持っていない方の指先をロゼに向ける。


 直後、黒い雷が一直線にロゼに飛んでいく。対し、ロゼはマントを翻しそれをかき消す。

 それと同時に目を見開いた。騎士が武器を振り被って跳躍しているのが見えたからだ。


 迎え撃たずに避ける選択をし、ロゼは横に飛ぶ。兜割が空を切り地面に叩き込まれ、床が盛り上がると同時に爆発する。


 間髪入れずに横薙ぎの一撃が襲いかかる。ロゼは呼吸するのも忘れ、両膝を折りしゃがんで避ける。

 直上を通る剣を見て、背中に悪寒が走った。


 攻められている状況を打破しようと、体勢を整えた時だった。

 目の前の騎士が履く、具足の爪先が映る。

 顔の前で素早く両腕をバツ印に構え、攻撃を防ぐ。


 ただの蹴り上げの衝撃が、全身に響く。その威力を利用し後方に飛ぶと、ロゼの目が光る。


「舐めるなよ」


 着地と同時に、手ではなく足に魔力を込めたロゼが駆け出す。

 騎士が剣を振って牽制するが、ロゼはそれを爪で弾き、間合いに飛び込むと同時に左足を鞭のようにしならせる。


 中段の回し蹴りを騎士は籠手で受け、それをみたロゼは口角を上げた。

 足から毒々しい色の光が発生し、それは鎌の形に変形する。物体を貫通し、相手の体に触れて魔力を直接削る苦悩の鎌(ディストサイズ)だ。


 魔力を削れば大剣を振るえず魔法も使えなくなる。ロゼは勝利を確信する。


 しかし、鎌は騎士の鎧に当たったと同時に泡となって消えてしまう。


「あ、あれ?」


 予想外な出来事に、ロゼは素っ頓狂な声を上げてしまう。その隙に騎士が剣を振り、ロゼは再び吹き飛ばされる。

 身を翻し見事な着地を決めると、騎士が身につけている鎧を見た。


「ラミュエル……」


 その鎧は、女神黒龍――トワイライト・ラミュエルと呼ばれている“魔神“の素材で作られていた。

 堕天した天使が龍と(つがい)になり、その結果魔神にまで昇りつめた魔物。神に匹敵する力を持った魔物だったため、魔王も中々御しきれず、最終的に放置するという処置を行っていた。


 鎧は、それを討伐したということを物語っている。つまり、目の前にいる騎士の力は、神にも匹敵する程の力を持っていることになる。


「なるほど。小技でネチネチと攻撃するのは失礼だったな」


 ロゼの心に浮かんでいた焦りが、闘争心に塗り替えられる。


「安心しろ。黒い騎士。魔神くらい私も倒したことがある」


 ハッタリではない。ロゼは本当に魔神を狩ったことがある。

 純粋にロゼは戦闘能力が高く、故に様々な敵と戦ってきた。魔神も、魔王に匹敵する勇者も倒した。

 だからこそ、吸血鬼の中でも立場の弱い女性でありながら、伯爵の地位につき、城を持ち、多くの配下を従えているのだ。


 であれば。たかが冒険者ひとりに負けるはずがない。


 ロゼが動き出す。先程よりもずっと速く、光に勝る速度で騎士の懐に飛び込む。なんとか騎士は反応し、剣の腹を体の前に構えて防御の姿勢を取る。

 ロゼは脇を締め、今度は爪ではなく裸拳(らけん)を突き出す。


 鈍い音が響く。

 余程強い力で拳を打ち込んだのか、示指の骨が皮膚を突き破り、外に飛び出した。ロゼの拳から血が滴り落ちていく。


「行くぞ」


 ロゼはそんなことを気にも留めず、真剣な眼差しで言葉を発すると、腕に魔力を巡らせる。まるで炎の如き熱さが全身を駆け巡り、腕に向かって収縮していく。

 黒騎士はその魔力喚起を察してか体を動かそうとするが、もう遅い。


 ロゼの腕の周りに円形の魔法陣が浮かび上がる。ひとつひとつは小さなそれが、絶大な威力を秘めていることに黒騎士は気づく。


 魔法陣の数は、全部で8つ。


「消し飛ぶがいい!!」


 大笑いするかのようにロゼがそう言い放つと同時に爆発が沸き起こる。

 一定間隔で連鎖的に爆発が起き、6発目で騎士が吹き飛ぶ。追撃するように爆撃が迫り、騎士をさらに飛ばしていき、入口である巨大な扉に叩きつけた。瓦礫と黒煙が舞い、エントランスを包み込む。


 死んだかどうか、ロゼは目を凝らして相手を確認する。

 そして舌を鳴らした。騎士は既に立ち上がり、武器を構えていた。

 健在だった。鎧や籠手には焦げ跡や傷がついているため、それなりのダメージを受けているのは間違いないが、決して状況が好転しているわけでもない。


「耐えられるか」


 賞賛と畏怖を混ぜた声を発すると、騎士がその場で剣の切先を天に向ける。そして、大剣と騎士の鎧が赤黒く光り始める。

 体に纏っている魔力の色は、まるで血の様であった。


 お返しだと言わんばかりの一撃が来ることを察したロゼは、回避に専念することにした。

 エントランスが大荒れになるが、まともに受けてやる義理はない。少なくとも城が消し飛ばされることはないだろう。


 ロゼが回避しようと体を動かした時だった。ロゼは、自分の後方から仲間の気配を感じた。

 後ろに目を向けると、怯えた様子のインプが2匹、支柱の陰で蹲っていた。

 どちらもまだ幼い少女の見た目をしている。

 何故ここにいるのか、逃げ遅れたのか、それとも力になろうとしたのか。


 答えを模索していても仕方がない。確定したのは、ロゼは相手の攻撃を”避けるわけにはいかなくなった”ということだ。


 一瞬眉根を寄せるが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、インプ達を庇うように動く。


「全力で来るか! 撃ってみるがいい! 貴様の攻撃など効くものか!」


 その言葉が聞こえたのか、騎士は振り被った剣を思い切り振り下ろした。

 一瞬の静寂の後、縦一文字のどす黒い衝撃波が、ロゼを消し飛ばさんと迫る。迫りくる衝撃波は、巨大な光線のように見えなくもない。


 耐えて見せる。ロゼは息を吐き、顔を引き締めてからマントを翻すと、殆どの魔力をそれに注ぐ。


 そして、衝撃波がロゼを飲み込む。もはや爆音や轟音といったものでは表現できない凄まじい音と、視界全てを覆いつくす漆黒の闇と微かな閃光がエントランスに渦巻いた。


 時間にすれば5秒も経っていないだろう。音が鳴り止み静寂がエントランスを包む。


「……ああああああああ!!」


 そして、ロゼの絶叫が響き、エントランスを覆っていた闇が晴れる。

 大きく肩で息をしながら頬を拭う、ロゼの姿はボロボロであった。魔法防御に特化したマントは消し飛び、姿隠しの靄は霧散し、お気に入りのゴシックドレスは所々切れたり穴が空いたり焦げ跡がついてしまっている。


 荒い呼吸を整えながら前方を見ると、剣を振り終えた状態の騎士がこちらを見ていた。

 姿が晒されたロゼは、挑発的に微笑んでみるものの、声を出すのも辛いほど疲弊していた。

 

 騎士は全く動かない。絶好のチャンスであることは明白なのに、ロゼの姿をじっと見続け動かなかった。


 何をしていると疑問に思った時。

 騎士は踵を返し、扉を開けて足早に外へ出ていった。


「……は?」


 また素っ頓狂な声が出てしまう。

 戦いを隠れて見ていた魔物達が、一斉にエントランスに現れる。


「なんだあれ! 逃げやがったぞ!」

「ロゼ様の姿に恐れをなしたか!」

「どうします、追いかけますか?」


 魔物達がざわつきながら、一斉にロゼを見る。


「ロゼ様! 指揮……を……」


 そして、騒がしい声が一瞬で止んだ。

 ロゼの背後から、どす黒い、殺意に溢れたオーラが出現していたからだ。


「あの黒騎士……私に、情けをかけやがった……」


 明らかに決着をつけられる場面を、あえて見逃された。

 ロゼはショックを受けていた。たかが冒険者に情けをかけられ。


 実力でも、圧倒され。


 クックックと不気味に笑ってはいるが、目元は怒りを隠しきれていない。目の下がピクピクと動いている。

 負けず嫌いのロゼは、腸が煮えくり返っていた。


「あの、ロゼ様?」


 スケルトンが話しかけるが、ロゼの目は入口に向けられたままだ。


「あの騎士……絶対、鎧の中身不細工だ……そうに決まっている……舐めやがって……馬鹿にしやがって……」


 ギリギリと尖った歯を軋ませる。


「このままで終われるか……!!!」


 周囲の魔物達が震え上がる。暗黒騎士が去っていった方向を見ながら、


「あの騎士、絶っっっっっっ対ぶっ殺してやるぅう!!!!」


 吸血鬼の女伯爵であるロゼは、涙目でそう叫んだのだった。





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