第22話「我が名はローレンタリア・ゼルヴィナス・ミラーカ」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
雨雲ひとつ無い晴天の日々が続いている。
サフィリアから南にある国「ホーバス」、その先に広がる砂漠地帯、その中心に存在する国「フォルリィア」では豪雨になっているらしいが、遠い国の話だ。
暖かい日差しと気持ちのいい風が、凄腕の暗黒騎士である冒険者、ゾディアック・ヴォルクスを歓迎する。
暗黒騎士と言ってはいるが、今は動きやすい服装に着替えている。
今日は仲間達も予定があり、クエストの数も少なかったため、ゆっくりと時間を過ごそうとゾディアックは決断した。集会所から帰ったゾディアックは手早く着替え外に出ると、近所を軽く走り始める。体を動かすことが好きであるため、暇があると走ることが多い。
ゾディアックは一定のペースで走り続ける。適当にルートを決め、時に行き止まりにぶつかりながら、たっぷり1時間が経過したところで家に戻った。
「お帰りなさいませ、ゾディアック様!!」
いつも通り金髪のゴスロリ美少女、ロゼが笑顔を見せて出迎えてくれる。
「ただいま。ロゼ」
ゾディアックは柔らかな微笑みを愛しい吸血鬼に向けたのだった。
♢ ♢ ♢
「次はガトーショコラを作りましょう!」
お茶を飲んで一息入れていると、ロゼが目を輝かせてこちらを見ている。手元にはお菓子作りの本が広げられていた。
ページの見出しには「ほろ苦い? ほろ甘い? ガトーショコラの作り方!」と書かれてあった。
「ケーキか。ちょっと不安かも」
「一緒に作りましょう! 幸い、材料とか器具は既に揃っておりますので」
「いつの間に買ってきたんだ……」
ロゼは可愛らしく舌を出す。
サフィリア宝城都市は各国から商人団体が訪れる国であり、様々な代物が手に入る。珍しい武器や魔導書が手に入ることも多く、少なくとも食料や器具で困ることはない。手に入らない物はない、とまで冒険者の間では言われている。
「そういえば、最初にデートした時……一緒に食べた甘い食べ物って、ガトーショコラだったっけ?」
「あ、思い出しちゃいましたか? 私がゾディアック様についていくって言った日、可愛らしいお店に連れて行ってくれましたよね! 確か、ギルバニア王国の」
「ああ。そうだよ。よく覚えている……そうか。だからか」
「ええ。ちょっと食べたくなっちゃいました」
2人は照れくさそうに微笑む。
「昔のロゼは凄かったなぁ……」
「あぁ! それも思い出しちゃいます? もう……恥ずかしいです」
「……どうかな? お茶でも飲みながら話したい」
「昔話ですか? いいですね、花を咲かせましょう!」
ロゼはニコニコしながら自分の前にあるカップを優しく両手で包み込む。中に入っているアップルティーが、まるで高揚するかのように、少しだけ波を立てた。
♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆
1年と半年前。
ギルバニア王国から北へ数百キロ先にある小さな村「デスタン」。そこからさらに数十キロ西に、「サングイスルート」と呼ばれる古城が存在していた。
その古城には財宝を守る、恐ろしい「吸血鬼」が潜んでいると冒険者達の間では話題になっていた。さらに魔物達の間でも、古城と吸血鬼は注目の的であった。
何故それほどまでに注目を集めているか。理由がふたつある。ひとつは財宝。もうひとつは、侵入して帰ってきた者達の反応がおかしいからだ。
誰もが無事に帰ってくるのだが「二度とあそこには行かない」と皆が口々に言うのだ。誰もが震えあがり、冒険者を辞めてしまった者もいる。それは魔物も一緒で、生気を失ってしまった者もいる。
無事なのに、もう行けない。行きたくないと思ってしまう。いったい何があるのか、どれほどの化け物が潜んでいるのか。
古城を訪れる冒険者達、そして魔物達は後を絶たない。
そして今日もまた、哀れな冒険者が訪れてきた。
♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆
「ねぇ、もう帰りましょうよ~」
女性の盗人が怯えた声を出す。その前を歩く、巨大な斧を持ち筋骨隆々の見た目をした、砕滅家の男は溜息を吐く。
「おめぇさっきからそればっかりじゃねぇか」
「だって! 先輩財宝がどうとか言ってますけど、だったらもっとしっかりしたパーティ組んでから来ましょうよ! これじゃあやられるだけっすよ!」
バンダナの影から青髪が覗く。
男は頬についた大きな傷を掻きながら眉根を寄せる。
「パーティなんか組んだら財宝横取りされるぜ」
「私達だけで来てやられちゃったら本末転倒っすよ」
「うるへー。さっさと行くぞ」
2人は寂れた門を潜った。そびえ立つ古城からは黒い靄が出ている。
庭を進んでいく。整備は行き届いておらず、雑草や瓦礫、抉れた地面がそのままだ。まるで墓地の様であり不気味な空気が漂っている。
2人は固まって移動し城の入口まで来る。そして扉を開ける。
「意外と楽勝か?」
「まだ中に入ってないっすよ……」
軽口を叩きながら2人は中に入る。
そして扉が閉まる。大きな音に女シーフは短い悲鳴を上げる。
薄暗いエントランスが視界に広がる。甘い香りが漂っているのに気づき、男は鼻を鳴らす。女シーフは周囲を警戒しながら背中についていく。
歩き始めて3歩目。男の裾を引っ張り、足を止める。
「どうした?」
「め、目の前。何かいるっすよ、先輩」
男は目の色を変えて斧を構える。
「なんじゃおるぁ! 出てこいや!」
「いや何も出てこない方がいいんっすよ!」
そして、目の前から大きな影ぬっと現れる。
現れたのは、大きな一本角を生やした”鬼”だった。さらに、周りにも数体同じのが出現する。どれもこれも体長が10メートルは超えている見た目であり、手には巨大な棍棒や斧、槍を持っている。
その足元には醜く肌が落ち、顔が崩れ、緑色の血肉が見えている食屍鬼や、小さな少女の見た目に蝙蝠の羽が生えている悪魔達、骸骨姿に武器を装備している無数の骸骨兵がいる。
さらに強い悪魔の気配を無数に感じる。室内のざわつきが大きくなる。目の前にいる鬼は、口を開き、大きく尖った歯の隙間から涎を流し続けている。
「そりゃもう一度ここに来たくねぇわな。だって魔物の巣だもん。それも超級の」
「そうっすねーあははー」
2人の冒険者は笑い合い。
「逃げるぞ!!!」
「ごめんなさいーーーーーー!!!」
脱兎の如く、踵を返して逃げ出した。扉が開く。涙目で焦る2人は何故一人でに扉が開いたのかを気にせず駆け続ける。
そして2人が外に出ると、扉がゆっくりと閉まった。
♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆
室内が真っ暗になり、静寂が訪れる。それからたっぷり10秒程経過した後。
「よっしゃああああ! 作戦成功おおお!!」
「これで500人超えです!!」
「今回の「みんなでビックリさせちゃおう大作戦」が上手く行ったね!!」
エントランスに集まった魔物達が楽し気な声を上げ、エントランスに明かりが点いた。
魔物達は楽し気に会話し、何処からかはクラッカーが鳴っている。
「流石オーガさん達! 相手ビビりまくりでしたね!」
「そ、そうかい? 怖い顔出来てたかなぁ……」
「ばっちりでしたよ! 我、砕けそうでしたもん!」
オーガとスケルトンが仲良く話をしている声が響く。
魔物と冒険者を追い払う行為というのは、最早この城に住む者達にとって娯楽であった。
『皆の者。大儀であった。見事な作戦勝ちだな』
「あ、ロゼ様の声だ!」
一匹のインプが喜びの声を上げる。城主の声がエントランスに響き渡る。
『お前達と私がいれば、何も恐れる者は無い! 次に何が来ても、また皆の力を合わせて追い払おうぞ!』
「おー!!」
「ロゼ様ー! 見ててくださいね!」
「次も追い払ってやろうぜ! ロゼ様のために!」
全員が勝鬨を上げる。
城内に住む家族の喜ぶ姿を、城の玉座に座り魔法を通じて見ていたロゼは、満足気に頷きながら誰も欠けていないことを確認する。
そして魔法の詠唱を止めると溜息を吐く。足を組み、頬杖をつく。
先程まで聞こえていた声は無く、無音で暗い世界に自分の体が取り込まれる。
「退屈だ」
ロゼはボソッと言葉を呟いた。
何も問題はない。自分達の脅威を排除し、この城は未だに健在、仲間達は傷つかず、むしろ増えつつあり、盤石の布陣を築いている。故に大半の冒険者達は入ってこれず、魔物達も追い返せる。
だが、あまりにも退屈な日が続いている。ロゼは溜息を吐いた。
確か、前にS級とか名乗る冒険者も来た。その時は少し手応えがありそうだと思い、玉座から魔法で手助けしたのだが、一発で倒してしまった。ワンパンKOだ。
未だ誰も、ロゼのいる玉座に辿り着いた者はいない。
「退屈だぁ」
今度は大きな声で溜息を吐きながら項垂れる。もし、強い敵が来たら自分から立ち向かっていけるのに。
誰か、来ないだろうか。自分が本気を出せる相手が……。
ロゼの溜息は、それから翌日の朝まで続いた。
♢ ◆ ♢ ◆ ♢ ◆
薄暗い部屋に木漏れ日が差し込む。
広い玉座の間。無音の空間。瞼を開けても寝ているのか起きているのか理解するのに時間がかかる。
ロゼは欠伸をして椅子を離れる。同時に感覚を研ぎ澄ませる。
どうやら全員自分達の寝床で眠っているらしい。
まぁ誰かが来ても余裕で相手をすることが出来るだろうと、ロゼは背筋を伸ばしながら思う。強張った筋肉がほぐれ気持ちがいい。
今日もまた退屈な日が始まる。
「はぁ……本当。つまらな」
瞬間、何かが、重い何かが圧し掛かる感覚に襲われる。背中に冷や汗が流れる。圧し掛かる感覚だけではない。首元に刃物を押し付けられたような感覚も来る。
何かが、途轍もない何かが来る。
城全体がざわつき、仲間達が一斉に起き始める。
「ロゼ様! 来るぞ!」
「なんか今回は気ぃ引き締めた方がいいかもしれんぞ!」
オーガ達の大声が城内に響く。それを皮切りに全員が慌て始める。
ロゼは敵が何処から来るか、既に察知していた。
正面……エントランスに来る。
「全員隠れろ! 久しぶりの上物だ。私が出る!」
魔法を通じて場内全体にその声を轟かせる。すると感嘆の声が聞こえてくる。
「ロゼ様が戦うって!」
「ロゼ様がんばれー!!」
「※※※※※※※※※※※※!!!!」
インプとグールの声を聞きながら一気にエントランスへ向かう。グールは応援のせいで何匹か崩れてしまったが、いつものことだ。
マントを翻し、顔を、体全体を黒い靄で隠し、跳躍する。低空飛行しながら風の如く目的地に辿り着く。
扉を開け、何者かが入ってくるのと到着のタイミングは一緒だった。
ロゼは階下にいる、遠くに映るその姿を注意深く観察する。
漆黒の装備。装備品はどれも超一級だ。普通は身につけることが出来ない代物ばかり。背格好と匂いから男だ。冒険者であることは間違いない。
そして男が手に持っている大剣を見た時、ロゼが目を見開く。それは、鬼の魔王が持っているはずの破壊の大剣だった。
黒騎士は周囲を見渡しながら歩いている。ロゼは喉を鳴らし、女だと察知されないように声を低く出すよう心掛け、息を大きく吸う。
「待て!! そこで止まるのだ!!」
言葉を吐き出すと、歩き続けていた黒騎士がピタリと足を止める。そのまま畳み掛けるようにロゼは喋り続ける。
「ここを何処と心得る! 崇高な種族である、全生物の頂点に君臨する吸血鬼の住まう城だぞ!!」
黒騎士が微かに動き、首が動く。ロゼの方を見ているらしい。今のロゼは靄に包まれ姿が見えないはずだが、あの騎士には見えているのだろう。
「面妖な奴め。生意気にも強者の空気を漂わすとはな」
ロゼは啖呵を切りながら口元を歪める。
「名も知らぬ黒騎士よ。今、兜を外し許しを乞うか、何もせずに立ち去るのであれば見逃してやろう。私は人間よりも慈悲深い。さぁ、どうする! 度胸が無ければ、尻尾を巻いて逃げるがいい!」
言葉とは裏腹に、ロゼは抵抗を期待していた。退屈な日にさせないで欲しい。
その願いが届いたのか、黒騎士は手に持った大剣を肩に担ぐ。
「……よく、武器を持った」
本心からの言葉を吐き出す。
「よかろう。その勇気を称える。だがな、頭が高い!!」
エントランスに明かりが灯る。狙ってのことだ。
簡単に倒してはつまらない。楽しませてほしい。
「我が名はローレンタリア・ゼルヴィナス・ミラーカ!! 魔物を束ねる吸血鬼の伯爵よ!! 聖剣にもまさる爪と歯に、食い千切られ、斬り刻まれ、血を吸われながら悶死するがいい!!」
言葉を終えると同時にロゼは黒騎士に向かって突進する。
黒騎士はその場から一歩も動かず、大剣を力強く振り下ろす。
ロゼの魔力で強化された爪と、黒騎士の大剣が音を立ててぶつかり合う。
これが、暗黒騎士ゾディアックと、吸血鬼ロゼの出会いだった。