第21話「ストライプクッキー」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
角バットを取り出しオーブンシートの上に乗っているクッキーを見て、ゾディアックは首を傾げる。
目の前にあるのは、どう贔屓目に見ても黒焦げになった残骸だ。とてもじゃないが食べられる物には見えないし、「お菓子です」なんて口が裂けても言えない。
「ロゼ、食べてみるか?」
「えー……?」
キッチンでボウルを押さえながら、ゴムベラを使って材料をかき混ぜているロゼが嫌そうな返事をする。
「正気ですかゾディアック様。いくら私だって、おコゲ大量に食べたら病気になっちゃいますよ」
「吸血鬼でもか」
「吸血鬼って強いですけど弱点ばっかりなんですよ。強キャラ特有のバッドステータスの多さ舐めんなよ」
「な、何に怒っているんだ……」
ゾディアックは苦笑いしつつ残骸を捨てる。もったいないが、正直畑の肥料にもならない見た目をしているため、使い道が見当たらない。
「何で失敗したかなぁ」
「単純に温度が高すぎるだけかと。でも、生地が崩れなくなったじゃないですか! ファイトですよ、ゾディアック様!」
「……獄炎で一気に焼いてやろうかな。あれ1500℃くらい一気に行くし」
「鉄でも溶かすつもりかよ」
雑談を交えつつ、ゾディアックは再び溶き卵とバターをボウルに入れる。そして粉糖を入れて混ぜ、薄力粉とココアパウダーを粉ふるいにかける。それを混ぜていき丸める。
「なんかあれだな」
「はい?」
「見た目完全にうん……」
「ゾディアック様。たまに小学生みたいになるのやめてください。薄力粉ぶっかけますよ」
「すいません」
ラップに包み生地を伸ばしていく。
めん棒を使わずに棍棒を使って伸ばそうとした時はロゼが大笑いした。
「固まるまで冷やします。次はバターかラズベリーを」
「任せてくれ」
ラップで包んだ、薄く伸びた生地を手渡す。ロゼのひんやりとした手が触れる。冷気の魔法を使っている影響だろう。
生地を固める役割はロゼになっているため、ゾディアックは次の生地を作っていく。これで12回目であるため、手慣れた動作でゴムベラを動かしていく。
数分後、固まった3つの生地を重ねて等間隔に切っていく。赤黒白で見事に並んでいるのを見るとワクワクしてくる。
「ゾディアック様、楽しそう」
「ああ。竜討伐しているみたいだ」
「竜とクッキー同じ位ですか。じゃあ大魔神とかどうなるんですか」
「ケーキ、かな? 経験値を積んで、道具を揃えたうえで挑みたい」
「もう作れると思いますよ、ゾディアック様なら」
「そうかな?」
「はい。私もついてますし」
星やハートの型で生地をくり抜くゾディアックは笑みを浮かべる。
くり抜いた生地をシートの上に乗せオーブンに入れる。170℃のオーブンで焼き上がりを待つ。炎系の魔法だと火力調整が難しかったため断念した。
20分後、取り出し、完成した物を眺める。
生地がボロボロだった。
「……っかしぃなぁ」
ゾディアックは首を捻る。まだ完成品を手に入れることは出来ないらしい。
ロゼに励まされながら、再び材料を手に取った。
♢ ♢ ♢
ジャミング・ゴーストを討伐し、ラズィを救助したゾディアック達は事情を説明し、集会所にクエスト完了の報告を行った。
ベテランと新人冒険者達の活躍は、新聞や広報チラシにも載せられた。エリーはその際、亜人であることを暴露し、更に話題を呼んだ。
集会所で話を聞きにきていた記者の前で、猫耳を曝け出し自分のことを彼女はアピールした。
忌み嫌われている亜人でも、誰かのために戦える冒険者になれることを。
その勇気ある発言と行動、功績が認められ、レオン、アイリ、エリーの階級は一気に”D”まで昇格した。本当はCまで行ってもおかしくないのだが、ゾディアックがいたため若干減点されたらしい。
3人はそれでも嬉しそうだった。FからDになれば当然と言える反応ではある。
その夜はアイエスに行き、ブランドンから酒を奢られた。
この世界は人間であれば、10を超えれた時から酒を飲むことが出来る。だが、慣れていなかったのか、レオンとアイリはすぐに潰れてしまった。
「なんだよ、情けねぇな! エリーを見習え!」
「エリーは強いのか、酒」
「私酔ったことないんですよ。”ザル”らしくて」
そう言って何本も瓶を開けて酒を飲み続けるエリーを見て、ゾディアックは顔を引き攣らせた。
その後はドワーフと酒比べをしたり、オークと腕相撲して圧勝したりと、ゾディアックは楽しい宴の時間を過ごした。
ゾディアック達は少しだけ、サフィリアの中でも有名な冒険者となっていた。
街中を歩いていると、キャラバンによく声をかけられるようになった。珍しい品もよく見せられたため、レオンとアイリは心底嬉しそうだった。若干レオンが天狗になっているのが気がかりだが。
気がかりなことはそれだけではない。
ジャミング・ゴーストに捕らわれていた他の人達は、ゾディアック達が討伐した直後に救助されたらしい。
ゾディアックとロゼはジャミング・ゴーストを倒した後、霊系の魔物が死亡した際に放つ思念――今回の場合は黒い靄――やラズィに憑依していた際の痕跡を辿って行こうと考えていたのだが、それよりも早く居場所を特定した者達がいた。
それは、前に情報誌で見た探偵稼業を営む男女2人だった。2人共冒険者ではなく、変わった経歴を持っていた。女は経歴不明。だが、戦闘能力は確実にS並みであるらしい。
珍しいのだが、もっと珍しい……というより変わっているのは男の方だ。
――「日本」という異世界から来た。
……と、男の方は言っているらしい。
この情報を知ったのはジャミング・ゴーストを討伐した翌日だった。
ゾディアックとロゼは、この2人に会いたくなった。
どんな捜査をして誘拐された者達に辿り着いたのか。探偵という変わった職業を営み、変わった経歴を持つ2人。
ゾディアックはそれを気にしながら、日々を過ごし続けた。
♢ ♢ ♢
装備を整え、集会所の中に入る。周りからはいつもの軽蔑の視線……。
そして、少しだけ柔らかい言葉と温かい視線を感じた。
「暗黒騎士だ。あの人だよ! 幽霊退治したの」
「やっぱJランクはちげぇよ。寡黙な騎士って奴だ。かっけぇよ」
「駆け出しと一緒に戦ったんでしょ……ねぇ、私達もパーティ組んでくれるかちょっと話しかけない?」
「パフォーマンスだと思わないけどなぁ。中身はきっと優しい人なんだよ」
少しずつだが、自分の評価が変わっている。
いつもならどれ程難しいクエストをこなしてもこんな視線はなかった。本当に、あの子達に感謝しなければと、ゾディアックは兜の下で唇を動かした。
受付まで行くと、レミィが片手を上げる。柔らかい表情を浮かべている。
「よ。黒光り野郎」
ゾディアックも片手を上げる。慣れていない動作だったため気恥ずかしい。
「クエストか?」
「ああ」
「それならもう、お前らの仲間が受けてるぜ? 一緒に行かねぇのか」
「そうか。ならそっちに行くよ。内容は?」
レミィはテーブルの上にある紙を手に取る。
「湿地地帯の調査、並びにキノコ回収……これ、Fランクのクエストだぜ?」
「いいじゃないか。息抜きになる」
随分と軽く話せるようになった。
あの後、上司に当たるエミーリォに相談せず情報を提供したため、レミィはかなり怒られたらしい。ただしっかりと事件を解決したため、それほど重たい処分は言い渡されなかった。
「ありがとう、レミィ」
「あぁ? 何が?」
クエスト参加者の欄にゾディアックの名前を書きながら、レミィが声だけを向ける。
「君のおかげだ。だから、これ……お礼には少し安価すぎるかもしれないが、受け取ってほしい」
ゾディアックは綺麗にラッピングされた、ストライプクッキーが入った袋を差し出す。
レミィは怪訝な目でそれを見る。
「何、それ? クッキー?」
「ああ」
「お前の見た目でクッキーって……あ~何処の奴?」
「俺が自宅で焼いた奴」
レミィの眉が動く。
「お前が焼いたの?」
「俺が焼い」
「貰うわ。寄越せ。ちょうだい。つうかください」
「あ、はい」
レミィはそれを受け取り、大事そうに胸に抱く。喜んでもらえたようで、ゾディアックは満足そうに頷く。
どうやってクッキーを永久保存しておこうかと悩んでいたレミィは、そういえば、と切り出す。
「今日はその恰好なんだな」
「ああ。こっちの方が落ち着くよ」
「私服も似合ってたぜ。今度また見せてくれよ」
「……じゃあ、レミィもだな」
「へ……じゃ、じゃあ……今度、その、で、で、デデデデ、デー……」
軽く言葉がおかしくなっていたその時、軽鎧の騎士が間に割って入ってくる。
「暗黒騎士のゾディアックだろ、あんた!」
「あ、ああ……そ、その。はい」
「誘拐された白魔道士、俺のダチのパーティにいた奴でさ!! 俺も世話になったことがあったんだ! 助けてくれて本当にありがとう!」
頭を下げられる。ゾディアックは騎士の肩に手を置く。
「……いや、よかった。また何かあったら、頼ってほしい……です」
そう言ってゾディアックは踵を返した。軽鎧の騎士は、尊敬の眼差しでその背中を見続けた。
「……なんだよ、いい奴じゃねぇか。なぁ、レミィさん。あんたもそう……」
「うるせぇ!!! 死ね!!」
「えぇええ!? いや、あの、クエスト……」
「もう店じまいだ!! 帰りやがれ!!」
騎士の顔に、レミィが投げたファイルが当たった。
♢ ♢ ♢
仲間達の所へ行って、ゾディアックはクッキーを渡した。
「わぁ! 可愛いです!」
「ゾディアックさんが焼いたんっすか?」
「ああ」
「へ~。いいじゃない。綺麗に出来てる」
「食べてみてくれ」
レオンが一番最初に袋を取り、口に入れる。
「ん! 美味い!」
「本当。これラズベリー?」
「そうだ」
「美味しいです」
エリーの猫耳がピコピコと動く。
亜人であることを隠していたのだが、今回の事件をきっかけに、エリーはフードを被らなくなった。まだ誰もが温かく迎え入れているわけではないが、エリーが邪険に扱われる心配はないだろう。
そう思っていると、冒険者の一団がゾディアックに迫っていた。
気づいたレオンが「あ」と声を上げ、その姿を捉えたエリーは反射的に身構えてしまう。
現れたのはラズィと、アイエスと暴れていたナイトだった。後ろには侍とモンクもいる。
立ち止まったナイトは、深々と頭を下げた。
「ラズィを助けてくれて、ありがとう。それと……すまなかった!!!」
謝罪の行く先はエリーだった。ナイトのメンバー達もつられて頭を下げる。
「あんな失礼な態度を取ったこと、許してくれとは言わない。あんたと、あの店に働いた無礼はキチンとケジメをつける。本当にすまない……」
エリーは頭を下げるナイトを見て、次にラズィを見る。
喉を鳴らして、エリーは喋り始める。
「顔を上げてください」
「……」
「ラズィさん。お体は?」
「ええ。お陰様で、とっても良くなったわ……ちょっとまだ、筋肉痛が酷いけど」
「白魔道士なのに、暗殺者の動きしてましたしね」
クスクスと笑う。エリーの柔らかい雰囲気に、緊張していた空気が和らぐ。
「本当に無事でよかった。……不当な扱いを受けるのは慣れています。だから、もう謝罪は結構です」
「しかし、それでは俺の気が……」
「でしたら。今度アイエスに来てください。そして皆と飲んでみてください……きっと亜人と仲良くなれます」
エリーの微笑みを見て、救われたような気持ちになったナイトは、再び礼と共に頭を下げた。
ゾディアックがハッとして、余っていたクッキーをラズィ達に差し出す。
「……これは?」
「俺も、その、格闘であなたを傷つけた。だから、お詫びを。クッキーです」
ラズィはクッキーとゾディアックを交互に見る。
「ど、毒とか入ってないです」
レオンとアイリが噴き出す。エリーも口元をほころばせる。
「素敵で美味しいクッキーです。受け取ってください」
エリーがそう言うと、ラズィは表情を緩ませて、クッキーの包みを受け取る。
中に入っている星とハートのクッキーは、輝いているようであった。
Dessert2 Finished!!