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第20話「悪霊討伐」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

「うぉぉおお!!!?」


 迫りくる骸骨の攻撃に、レオンは声を上げてゾディアックの背中に隠れる。


「だっさぁ!」

「うるせぇアイリ!!」


 ゾディアックは両腕に力を込め、棍棒を振る。巨大な鉤爪とぶつかり合い爆音が轟くと同時に空気が振動する。

 骸骨の攻撃は弾かれ、ゾディアックは再び棍棒を担ぐ。同時に骸骨は再び鉤爪を振る。


「アイリ!! お前狙いだ」

「きゃあああああ!!」


 半分涙目になりながら、アイリはとんがり帽子のつばを掴みつつ走り、ゾディアックの背中に隠れる。


「だっせぇ」

「うるさいレオン!!」


 薄ら笑いを浮かべるレオンをアイリは睨みつける。

 その会話を尻目に、ゾディアックは両腕に力を込めて棍棒を振る。今度はゾディアックが圧倒し、骸骨の自重が後ろに傾く。


閃光(シャープ・レイ)!!」


 光り輝く閃光がエリーの杖から数本放たれる。だが、その攻撃は骸骨に届かない。骸骨を覆うように黒い靄が展開し、攻撃を”飲み込んだ”。


「効いてない!?」

「いや、届いてないわ! あの靄が邪魔ね」


 骸骨が巨大な体を動かす。目元は黄金に光っており、不釣り合いに輝くその瞳がじろりとエリーを睨んだ。


「ひっ……」


 エリーが短い悲鳴を上げ、腰が引けてしまう。


「……暗喜(レイルネグロ)


 ゾディアックが小さく呪詛に近い言葉を呟く。同時に、黒骸骨の黄金に輝く瞳がゾディアックを睨む。

 敵視(ヘイト)を稼いだゾディアックが前に出る。


「攻撃は全部俺が捌く。作戦通りに動こう」


 エリーは青い顔でなんとか返事をする。

 3人は頭の中で指示を思い出し始めた。


♢ ♢ ♢


「霊気状態の敵が出てきてからの話をしよう」


 椅子に座ったゾディアックがベッドで胡坐をかいているレオンを見る。


「俺が敵視されたら、レオン。相手になるべく近づいて、”核”を見つけるんだ。上手く行ったらそのまま攻撃して構わない。ただし、武器の状態には気を付けるように。属性付与(エンチャント)無しだと、ただ刃物で斬りつけることになる」

「う、うっす!」

「それと、深追いは厳禁。分かったな?」

「気を付けるっす!」

「それが出来ないなら、敵に少しずつダメージを与えながら場をかき乱してくれ」


 昨夜、アイエスにて。

 ブランドンに無理を言って部屋の一室を借りた5人は作戦を確認していた。


「アイリ。魔法で援護。魔法が効かない相手だったら」

「効かせるように工夫するわ」

「おお! アイリさん、カッコイイです!」


 ロゼが両手を合わせて微笑む。アイリは照れくさそうに顔を赤く染める。


「敵の状況に応じて臨機応変に対応してほしい。それとも指示が欲しいか?」

「いいえ。自分で考えるわ。もし間違っていても、ベテランさんが尻拭いしてくれるもの」


 アイリはわざとらしく、挑発的な物言いをする。ゾディアックは微笑みを浮かべる。

 やはり、彼女が一番成長スピードが早い。変な言い方だが筋がいい。


「任せてくれ」


 ゾディアックはそう言ってエリーに目を向ける。


「さて、エリー……」

「はい!」

「ターゲットにされている君に言うのもなんだけど……この戦い、君が要だ」

「……はい」

「時が来たら指示を出す。あと、1つだけアドバイスを。恐れるな」


 エリーは唾を飲み込んで頷いた。


♢ ♢ ♢


 レオンは骸骨の側面に回り込む。恐らく”核”こと、憑依されているラズィの体は骸骨の胸辺りにいるだろう。先程からそこが光っている。


 ラズィに投げた瓶は特殊な蛍光塗料が入っており、霊気状態になっても位置が特定出来る代物だ。これで核が確認しやすくなっている。


 だが、このままでは高さが足りない。レオンは走りながら思考を巡らす。

 風の力を使って2回跳躍する技がシーフにはあるが、覚えていない。自身の体を軽くして跳躍力を高める”ハイジャンプ”も、練度が足りないため使えない。


 直後、また爆音が耳に飛び込む。視界の隅でゾディアックが、骸骨の巨大な鉤爪を弾いているのが見える。店にも被害が行かないよう、相手に威力を返すように捌いている。

 骸骨の体が後ろに揺らぐ。


「……押している」


 ゾディアックの狙いが分かったレオンは駆け出し、急いで階段へ向かう。

 その時、靄が目の前を覆い、まるで包み込むかのようにレオンに襲い掛かり、片方の剣が飲み込まれる。


「うぉお!!?」


 驚いて剣を振ると靄が”斬れる”。

 何とか脱出したが、飲み込まれた方の剣からは、白い輝きが失われていた。


 武器についた魔力でも吸い取られてしまう。靄に触れた瞬間、どんな物でも、極微量の魔力がある物なら全て取られる。

 つまり、あの靄は魔力を必ず吸い取る掃除機みたいなものだろう。


 であれば無理して斬る必要もない。レオンは靄を避けることに専念し、階段へと走った。


♢ ♢ ♢


 ゾディアックの背中に隠れながら、アイリは注意深く骸骨を観察していた。

 巨躯からは単調な攻撃しかやってこない。問題なのは敵の堅さとあの靄だ。


 前者に関しては、ゾディアックが本気で攻撃をすれば打ち砕けるだろう。先程から敵の攻撃を弾いているのを見るに、ゾディアックはまだ本気を出していない。


「あの骸骨は砕いても意味がない」


 まるで考えを読み取られたような発言に、アイリはゾディアックの背中を見る。


「砕いてもすぐに自己再生する。核ごと粉砕する術もあるけど、この店どころが一帯を吹き飛ばしてしまう」

「それじゃあ、問題なのは靄だけね」


 魔力を吸い取る靄。つまり魔法を撃つと食われる。であれば。


「私の出番は一回くらいね。それに全て賭けるわ」


 そう言って、一緒にゾディアックの背中に隠れているエリーをチラと見る。


「ごめんなさい、エリー。大口叩いておいて、私、役立たずで」


 エリーはすぐに頭を横に振る。


「そんなことありません。一緒に戦ってくれるだけで、嬉しいです」

「……よかったわ。あなたみたいな友達の為に戦えるんだもの」


 自嘲気味に笑うエリーに、アイリの言葉が刺さる。


「さっさとあのダサい骸骨バラバラにするわよ」

「……はい!!」


 2人の魔術師は、自分達の杖を力強く握り締めた。


♢ ♢ ♢


 このパーティは悪くない。自分がいることも影響しているだろうが、それでも充分いいパーティだ。

 ゾディアックは背中越しに2人のやり取りを聞いて、そう思った。


 もっと昔にこの子達に会いたかった。ひとりぼっちで強くなることの何と空しいことか。

 棍棒を振り、骸骨が更に後ろに下がる。こういう時に役に立つ力なら、身につけてきた意味はあったのだろう。


 もう少しで決着だ。ゾディアックは呼吸を深くする。

 

 その時、骸骨の目が光り、靄がゾディアックに襲い掛かった。ダメージはないが、魔力を吸い取られる。

 ゾディアックは前に出る。後ろにいる魔道士達に靄が行かないよう自分からそれに当たっていく。棍棒を振り回し靄を払うが、全部は払えない。少しずつ魔力が吸われていき、血の気が引く感覚に襲われる。


 移動しているアイリが視界の隅に映る。部屋の角に行っているらしく、ゾディアックは対角線上になるよう体を動かす。

 これで骸骨の背後をアイリは取った。術式を展開し、紫色の光がアイリの杖を包み込む。


 エリーはテーブルの影に隠れ、骸骨と靄から隠れるようにゾディアックに近づいている。牛歩の速度だが問題ない。


 あとは。


 そこまで思った時、2階から間抜けな叫び声が聞こえた。

 作戦通りだ。ゾディアックは勝利を確信した微笑みを兜の下に浮かべた。


♢ ♢ ♢


 2階に辿り着くと津波のように黒い靄が押し寄せてくる。


「おぉおあぁああ!!? 無理無理無理! 超こえぇえ!」


 レオンは大声を上げ、手を広げて背筋を伸ばし、まるで短距離走の選手のように素晴らしいフォームの走りを見せる。

 ここまで派手に騒いでも敵の視線はゾディアックに向けられている。敵視は稼げているようだ。しかし靄を集中することは、靄の特性上不可能なのだろう。


 一際大きな爆音が聞こえる。同時に、骸骨の頭が目の前に来る。

 階下をチラと見ると、ゾディアックがレオンを見ていた。


「よぉし、ビビッてらんねぇ!!」


 転落防止用の柵に足をかけ、骸骨との距離を確認する。距離はそれほど離れていない。

 そして、柵を蹴り骸骨の肩に乗ろうとした。


 だが肩には乗れず、すり抜けてしまう。


 ――あ……幽霊だから実体無いのか。


「やっちまったぁああああ!!!」


 絶望的な声を出し、レオンは武器を持つ手に力を込める。


♢ ♢ ♢


「エリー!!」


 それを見ていたゾディアックが声を張り上げ、膝を折って棍棒を下げる。


「はい!!」


 エリーが頷き駆け寄ると、棍棒の上に両足を乗せる。

 それを確認すると、ゾディアックは両手に力を込め、棍棒を思いっきり振り上げた。


♢ ♢ ♢


 落下するレオンの前に服が光るラズィが見る。両目を閉じ、魔力を吸われ続けている状態で気を失っているらしい。

 このままでは死んでしまう。レオンは輝くミスリルの剣を順手に持ち変え、ラズィに向かって振り下ろした。

 だが、黒い靄が間に入って邪魔をし、ラズィの体も上に登っていく。


 剣は空を斬る。悔し気に歯を食いしばって上を見ると、骸骨の瞳がこちらを見ていた。まるで嘲笑うかのような視線が射抜いてくる。


 その奥に、白いローブを羽織るケット・シーが映る。


「頼んだぜ……!」


 レオンは彼女に勝利を託すと、黒い靄に包まれた。


♢ ♢ ♢


 骸骨はレオンとゾディアックを見ている。だが、独立した動きを見せる靄は、飛んでいるエリーに向かっている。

 このままではエリーが靄に捕らわれてしまう。


 アイリは魔法陣を足元に展開しつつ、杖をエリーに向ける。


守護(ブロック)


 単純かつ簡易的な防護魔法壁が、エリーを包み込むように展開される。白く輝くそれは靄を妨害したが、光が強いため骸骨の意識がエリーに向いてしまう。


 アイリは奥歯を噛み杖で地面を叩く。魔法陣と杖が紫に光る。

 骸骨が体を動かし、エリーを襲わんと鉤爪を動かそうとしていた。


「させるかぁ!!」


 叫びと共に魔力を放出する。杖を敵に向けると同時に魔法陣が、ガラスが砕けるようにバラバラになる。砕け散ったそれは宝石のように輝き、やがて”鎖”に形を変えていく。


 杖の先端から出た鎖と、鎖に変化した魔法陣が骸骨に迫る。

 靄を妨害し、骸骨の体に何本かが巻きつき動作を停止させた。


 妨害用の闇属性上級魔法「モルゲンシュテルン」。万全な状態で、魔力を全て使って発動出来るアイリの隠し玉。発動持続時間は僅か3秒。

 だが3秒で充分だった。


 エリーの杖が、白く輝くのが見えたのだから。


♢ ♢ ♢


 靄が無い。骸骨の恐ろしい顔と透けている体以外、妨害する物は何もない。ラズィに付着した蛍光塗料が、骸骨の肩辺りで光っていた。エリーは杖を構え落下していく。


 先程レオンが靄に包まれていた。大丈夫だろうか。

 アイリが放つこの魔法は、かなり体に負担をかけているはずだ。


 仲間達のことが一瞬頭を過ぎるが、エリーは骸骨を、悪霊を討伐することだけに集中する。

 杖が輝く。形を変え、先端が三又になる。

 それはまるで、おとぎ話に出てくる槍の様。


 自身の乏しい聖属性魔法では、骸骨を倒せない。だがこれなら、倒せずとも体を貫けるはずだと、エリーは確信していた。


 白魔道士は、仲間を癒す後方支援だ。仲間がいることで真価を発揮する。

 逆に言えば、自分で力を持っておらず、仲間がいなければ無力な存在――


 ――ではない。

 白魔道士は仲間を癒すために守られる職業(ジョブ)ではない。

 仲間を癒すために”共に戦う”職業(ジョブ)なのだ。


 だから、これが使える。魔法ではない、聖属性の”物理攻撃”。


「――穿つ慈悲(トライデント)


 三又の槍が、ラズィの体を貫く。


 直後、骸骨が悶え苦しむ。靄が霧散していき、モルゲンシュテルンが砕け散る。

 エリーは杖を投げ捨てラズィの体を掴む。野太い叫び声と共に骸骨の体が瓦解していき、店内が暗黒に染まっていく。

 意識を失っているラズィを胸に抱えると地面が迫り来る。エリーは自分が下敷きになるよう体を捻る。


 せめてラズィだけは無傷で助けたい。

 思いを胸に、エリーは両目を閉じた。


 そして、優しく何かに抱きとめられるような感覚に襲われる。

 地面に叩きつけられると思っていたエリーは、驚きのあまり目を開ける。


 映ったのは、漆黒の鎧を着た騎士の姿。

 兜から微かに覗く瞳がエリーの顔を見ている。


「ゾディアック、さん……」


 体を滑り込ませ、何とか下敷きになることが出来たゾディアックは安心したように息を吐き出す。


「……よくやった」


 その言葉を聞いた瞬間、安堵の思いがこみ上げてきたエリーは、口元に笑みを浮かべつつも涙を流した。

 恐怖心を押し殺して戦い続けたせいか、まるでダムが決壊したように、エリーの白い頬を涙が伝い続けた。


♢ ♢ ♢


 店内の邪気が消えていく。ロゼは気を失って倒れているレオンの横に立ち、警戒心を強める。だが、敵の気配はない。


 ロゼはずっとゾディアックの影に潜み続けていた。途中でレオンが靄に包まれたのを見たため、影から飛び出して救助した。魔力を一気に吸われたため気を失ってしまっているが、命に別状はない。


 若き冒険者達は疲れ切っている。だがしっかりと勝利をもぎ取った。


「討伐完了ですね。お見事でした」


 ロゼが賞賛の言葉を口にしながら、ゾディアック達を見続けた。




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