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第2話「サフィリアの集会所(セントラル)」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 煌びやかな街並みと、まるで祭りのような喧騒がゾディアックを迎え入れる。

 サフィリア宝城都市は商人団体(キャラバン)が多く訪れる街であり、ダンジョンやギルドで金を稼いでいる住民と冒険者達がそれを出迎える。様々な種族が集まるため、とても自由な国だ。

 治安はよく、誰も罪を犯そうとはしない。何かあれば、ごまんといる腕利きの冒険者やキャラバンガードナー達が、一斉に犯罪者を撲滅するからだ。


 故に、街は年中お祭り騒ぎなのだ。


「さぁさぁ! 金城楽園(きんじょうらくえん)の黄金マンドラゴラだよ! 買った買った!」


「魔法書大特価でーす。ワンタッチで即発動のお手軽雷撃弾(ライトニング)はいかがですかー」


機巧の国(ブラックスミス)から取り寄せてきたAGR-4800はどうだい。オーガの脂肪分たっぷりの分厚い体も、ズドンと風穴開けられるぜ。ん、もっと小さいのか? ならKK-10ハンドモデルガンだ! こいつならコボルトくらいなら一発でバラバラに……」


「悪いなぁ。うちのキャラバンは250歳以下のお子ちゃまは募集してねぇんだ」


「A||~\\-da/::dKI***FAU=!! ~~=|FO++!!]wal290))?? ?****dloao;; / lol」


「おい、警備隊何処だよ! あの行商人ぼったくりだぞ! 小型回復薬(ポケットポーション)ひとつで1000ガルはおかしいだろうが!」


 大通りを歩いていると、街の声が意識せずとも耳に入ってくる。環境音ともいえるそれを聞きながら、ゾディアックは裏道に入る。細路地を進み、更に地下へ。街の喧騒が静かになっていく。


 この道はゾディアックのお気に入りであり、クエストを報告する場所である集会場(セントラル)への近道なのだ。馬車や電雷大蟲(でんらいおおちゅう)を使えば早いのだが、馬車は馬が怖がるし、電雷大蟲は”中”が気持ち悪くて乗る気にならない。




 たっぷり20分歩き続け、集会場に辿り着く。外にまで中の喧騒が聞こえてくる。

 ゾディアックは木でできた扉を開ける。

 中は少し洒落た喫茶店の様である。天井に吊るされた眩いシャンデリアに毎回目が眩む。店内は丸いテーブルが数多く置かれ、4人、ないしは8人のパーティーが座っている。クエストが貼られている掲示板付近にも数多くの冒険者が仕事を探している。頼めば酒も料理も出てくる。

 集会所は冒険者達の始まりの場であり、憩いの場でもある。

 

 入店を告げるベルが鳴り響き、トレイを持ったメイド服を纏う女性が笑顔で振り向く。

 


「いらっしゃいま……せ……」


 給仕はゾディアックを見た瞬間、引き攣った笑みを浮かべながら言葉を消す。

 先程まで騒いでいた冒険者達も沈黙する。賑わいを見せていた集会場が静寂に包まれた。

 ゾディアックは申し訳ないと思いつつ、早足で受付へと向かう。


「はい、どうもー……って。なんだよ黒光り野郎か」


 受付の前に行くと、赤毛でミディアムヘアの、端正な顔立ちをした若い女性が舌を鳴らしてゾディアックを迎える。目元が細く、気の強さが窺える。

 いつも受付にいる人物ではなかった。ゾディアックは首を傾げる。

 

「……エミーリォはどうした?」

「爺か? 今日は腰が悪いっつって孫の私、レミィが受付だ。なんだよ、爺じゃねぇと報告する気にならねぇってか?」


 ゾディアックは沈黙する。

 怖い。単純に、この子が怖い。

 それが理由で沈黙する。


 レミィはふんと鼻を鳴らすと椅子に座って足を組み、煙草を咥える。長い足に黒のズボンは非常に似合っていた。


「火竜を仕留めたんだろう。さっすが凄腕の暗黒騎士。ベテランパーティがボロボロにされて返ってきたのに、お前は無傷かよ」


 顔に笑みを浮かべながら女性は煙草に火をつける。

 何と言葉を返していいのかわからない。ゾディアックは沈黙を貫くことにした。


「ホビットとスプリガン達が感謝してたぜ。報酬上乗せだ。よかったな」

「……」

「……何か言えよ。やったーとか。当然だ、とか」

「……報酬は」


 レミィは片目にかかった髪を搔き上げる。表情は不機嫌そうだった。

 テーブルに置いてあった紙を見ながらレミィは口を開く。


「6000万ガルと赤宝玉20に銀宝玉10、金宝玉5。報酬上乗せで各宝玉プラスで10。……宝玉全部売れば数億は下らねぇな。全部持ってくか? 空間拡張鞄(エスパシオボックス)持ってるだろ」

「……宝玉と100ガル万だけ受け取る。あとは全部預かってくれ」

「あぁ?」


 レミィが紙から目を離しゾディアックを睨みつける。


「あのなぁ。ここは銀行じゃねぇんだよ。勝手に使われても文句言えねぇぞ」

「……すまない」


 エミーリォだったら快諾してくれるのに。ゾディアックは泣きたい気分だった。


 眉間に皺を寄せたレミィは、それ以上何も言わずに立ち上がり、ネイビーのジャケットの裾を翻すと奥の部屋へ向かう。数分後、手に持った袋をゾディアックの前に突き出す。


「報酬だ。じゃあな」

「すまない」

「……ありがとうじゃねぇのかよ」


 もう何を言っても怒らせてしまうと思い、それ以上何も言わずに踵を返す。

 集会所から出るまでの間に、ゾディアックの耳に声が飛び込んでくる。


「黒騎士だ。いけ好かねぇ野郎だぜ」

「どうせ心の中で俺達のこと馬鹿にしてんだよ」

「パーティくめねぇソロの癖に、ランクたけぇだけで粋がってんじゃねぇぞ」

「知ってる? あいつパーティメンバー殺したことあるんだって~。怖いねー」

「あと、報酬とか全部横取りしてるって噂もあるよ! いい装備は自分の物ってことかな」

「ここに来ないで欲しいよね。私達楽しく飲んでんのに。邪魔だよあれ」


 パーティを殺したことなんてない。むしろ逆だ。昔はパーティを追い出されたことも、殺されかけたこともあり、報酬をすべて横取りされたこともあった。

 歯嚙みしながらその言葉を受け止め、ゾディアックは拳を握って沈黙を貫く。


 ただ自分は報酬を受け取りに来ただけだ。何も悪いことをしていない。冒険者達を下に見ていることなんてない。


 ゾディアックの心がそう叫ぶ。口に出して叫びたい。だが、それをする勇気もなければ意味もないため、息を呑んで押しとどめる。

 全部自分が悪い。自分の思いを言葉に出来ない、自分が悪いんだ。


「あ、あの」


 気持ちが沈むゾディアックに、メイド服を来た給仕の女性が声をかける。

 

「その、飲みませんか? いい葡萄酒が入ったんです」


 ゾディアックは静かに言う。


「いや、いい」

「けど……」

「つまらないだろ」


 それは「自分と一緒に飲んだら相手がつまらない思いをして申し訳ない」という意味だった。

 だが、その一言だけで伝わるわけがない。給仕の悲し気な表情を見て、ゾディアックはやってしまった、と思う。

 どこからか舌打ちが聞こえたため、その場に経っていられず、足早に集会所を去った。




「……はぁ」


 レミィは溜息をもらす。集会場が徐々に賑やかになっていく。何処の席でも話題は暗黒騎士の噂と悪口だ。


「お疲れ様、レミィ」


 給仕がトレイを前に握り締めてレミィに声をかける。片腕を上げてそれに答えるともう一度溜息を吐く。


「はぁ、あの騎士」

「ね、来たね。その……」

「本当、あの騎士本当に……」


 レミィは顔を両手で隠す。


「本当カッコイイ……!!」


 顔を隠しながら身をよじる。


「はぁ。おじいちゃんに無理言って交代した甲斐があった。いっぱい話しちゃった……! いっぱい話しちゃったぁ!」


 レミィの顔に華が咲く。小躍りしそうな勢いの女性に給仕の溜息がかかる。


「レミィ、本当好きだよねぇ。あの騎士」


 呆れた声に対し、レミィは顔を上げる。唇を尖らせたその顔は真っ赤だった。


「だって超かっこいいじゃない! ソロで火竜倒しちゃうし、装備はカッコイイし、寡黙で孤独な孤高の一匹狼……! ああ、あの腕でギュってして欲しい」


 顔を綻ばせながら、頬に右手を押し当てる。給仕は小首を傾げる。


「ねぇ。そんなに好きなら、もっと優しく接してあげればいいじゃん」

「う……だ、だってしょうがないじゃん! 緊張しちゃうんだもん」

「本当の姿見てもらわないと、好かれないよ。むしろ嫌われちゃったかもね」


 びくっとレミィの肩が上がり、絶望したような表情を給仕に向ける。給仕はそれを見て、「あっ」と言うが時すでに遅し。

 レミィが両手を給仕の肩に乗せる。


「ど、どうしよう! 嫌われちゃったかな!? まだ握手もしてないのにっ」

「うん、大丈夫。嫌われてないから。だから揺らさないで」

「ああ、どうしよう! 次からここに来てくれなかったら! せめてサインだけ貰って嫌われたい!」

「図々しい嫌われ方だなぁ」


 暗黒騎士隠れファンクラブ会員番号5番、レミィ・カトレットは表情をコロコロと変えながら、ゾディアックへの思いを吐き出し続けた。




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