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第19話「幽霊退治」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

「おい、エリー!! 買い出しに行ってくる!」


 声が聞こえ、下に目を向ける。建物の屋上から、酒場「アイエス」を観察していた鴉ことラズィ・キルベルの鋭い視線が、酒場の入口から出てきたハイオークを睨みつける。


「不安じゃないか? 何だったら竜人呼ぶぜ?」

「もう! 子供じゃないんだから、留守番くらい一人で出来ます!」

「ははは。悪い悪い」


 そう言ってハイオークは店を出て何処かへ歩いて行った。

 留守番という言葉が聞こえたラズィは口角を上げ握る。

 前回は謎の男に邪魔をされたが、今回はその心配はない。尾行に注意し、周囲の警戒も今まで以上に怠っていない。鼠どころか塵ひとつ動いただけでも察知できるほどに洗練されている。


 そしてその洗練された気配読みから察するに、店内には本当にエリーだけしかいない。

 確信したラズィは建物に備え付けられた梯子を使って一気に下まで行くと、ペストマスクを手の平で押さえアイエスの扉前まで来る。


 時刻は昼時。こういう犯罪めいたことは夜に行うのが定石だが、酒場という店の特製上そうはいかない。かと言って、明るい時間帯に人攫いをすれば、確実に誰かに見られるだろう。

 しかし、ここは亜人街だ。一匹の亜人が死のうが誘拐されようが、気にも留めないだろう。


 ラズィは自信満々といった笑みをマスクの下に浮かべ、扉を開けた。


 薄暗い店内に光が差し込む。人の気配はなかった。

 2階か、と思いつつ後ろ手で扉を閉める。


「お待ちしておりました」


 目の前から声が聞こえ、ラズィは素早くダガーを抜いて構えた。

 目を凝らし、正面にいる人物を睨みつける。暗闇に慣れてきた目が映し出したのは、椅子に座って足を組み、白いローブを羽織っているケットシー……エリーゼ・ルアフルだった。


♢ ♢ ♢


 アイエスを使えたのは幸運だった。

 エリーだけでブランドンに頼み込んだ時は、「ふざけんじゃねぇ」と一蹴されたが、仲間全員で頼み込むと、渋々といった表情で了承した。


「頼むぜ。エリーを守ってくれ」


 ゾディアックは短く「任せろ」と言った。それが先日の夜の出来事である。


 近日、必ず来るという予想通り、ラズィは現れた。一週間程は現れないかもと思っていたが、まさかこんなに早く現れるとは思っていなかった。


 そのせいか、エリーは緊張した表情を崩せない。確かに作戦は伝達済みであり、シミュレーションはした。練度が足りていないことに目を瞑れば、様になっているはずだ。

 しかし、背中を冷や汗が伝う。大胆不敵な雰囲気を醸し出しているが、心の中は恐怖心でいっぱいだ。


 店内を薄暗くして置いて正解だった、とエリーは少しだけ安堵する。

 だが安堵するにはまだ早い。ここからが本番だ。


「私を誘拐したいのでしょう? 出来ますかね、あなた程度で」


 少し声が震えていた。そのせいかラズィが鼻で笑う。


「出来ないと思うか? お前だけなど造作もない」


 マスクのせいでくぐもった声が、エリーの耳に入る。


「ラズィさんの体を使って、次は私ですか」

「ああ。この女の具合もよかったが、やっぱり年がな。次は亜人で若い子だ。しばらく憑依して楽しむさ。だから、大人しくしろ」


 ラズィは足に力を込め、床を蹴ろうとする。

 瞬間、エリーは杖を掲げた。


「確認完了です!! 明かりを!!」


 その声を引き金に、店内に備え付けられた蛍光雷虫の動きが活発になり、体全体が発光し始める。複数の籠と、その中に入っている無数の虫達の影響により、店内が一瞬で明るくなる。


 突然の強烈な光に、ラズィはマスクの目の部分を腕で隠す。


「レオンさん!」

「よし来た!!」


 エリーの背後、バーカウンターの陰に隠れていたレオンが姿を見せ、山吹色の液体が入った小瓶をラズィに投げる。瓶は吸い込まれる様にラズィの体に当たり音を立てて割れる。


「戦闘開始だ」


 その声にハッとしてラズィは、服に滴る液体を掃わず上を見る。

 鎧に身を包んだ暗黒騎士、ゾディアックが、武器を振り下ろそうと迫っていた。


「うぁああああ!!」


 悲鳴に近い声を上げ、ラズィは目を眩ませながらも前方に飛んでそれを避ける。

 直後ラズィがいた場所にゾディアックの武器が叩き込まれた。爆発するような轟音が店内に鳴り響く。


 ゾディアックはいつも持っている大剣ではなく、中腹から黒いテープのような物が巻かれた巨大な棍棒(クラブ)を持っていた。

 棍棒は、少しだけ白色に発光している。属性武器(エンチャントウェポン)特有の発光現象である。色に応じてどの属性が付与されているのかが分かる。


 ラズィは聖属性の棍棒を憎らし気に睨む。その時、背後からエリーの呪文が聞こえてくる。神に祈る祝詞(のりと)が告げられ、呪文名が木霊する。


天の歌声(ホーリー・ビート)

 

 ラズィの目がそちらに向く。同時に、レオンの双剣が真白に光り輝く。


「おお! すげぇなやっぱ」

「効果は3分間です! お気をつけて」

「りょーかい、任せとけ!!」


 レオンは双剣を逆手に持ち、ラズィに迫る。

 動きからして素人だ。まだ駆け出しの冒険者だ。ラズィの勘が言う。先に仕留めるならこっちだと思い、レオンの方を向く。


「おい」


 ゾクリとする声。心臓を鷲掴みにされるプレッシャーを感じ、ラズィはゾディアックの方を向いてしまう。

 既に棍棒を振り被っていた。


 巨大な柱のようなそれが、ラズィを叩き潰さんと上から迫る。

 大振りの一撃を、ラズィは横に飛んで回避する。


「もらった!!」


 近づいていたレオンはスライディングしながらラズィの右足を斬り裂いた。

 服も肌も斬れていない。当然一滴も血が流れてない。だが、ラズィの顔が苦痛で歪む。ラズィに憑りついているジャミング・ゴーストの苦悶の表情が浮き出したかのようだ。


 通常の武器であれば、ジャミング・ゴースト自体にダメージは通らず、憑依された体だけが傷ついていく。

 だが聖属性の武器や術でダメージを食らえば、話は別である。魂自体にダメージが直接通る。


「く、クソ!!」


 レオンに向かって駆け出すが、ゾディアックが間に割り込み棍棒を横に振る。

 身を屈めて避ける。直後膝蹴りが強襲。ラズィのマスクに突き刺さり、顔が曝け出される。


「ぐあ!!」


 仰け反り体勢が崩れる。

 間髪入れずにゾディアックが棍棒をバットのように振り、ラズィの体はボールのように浮き上がり、壁に叩きつけられた。


「ぅうぅうう……っぐ……!!!」


 蹲り、脇腹を押さえる。ラズィ自体に、ダメージは全くない。脇腹に棍棒が減り込んだにも関わらず、骨や体に異常はない。

 しかし、ジャミング・ゴーストには、途轍もないダメージが伝わっている。


 このままではやられる。危機感からラズィの視線が窓に向く。素早く立ち上がり、傍らにあった椅子を掴み上げ、窓に向かって投げる。だが、窓は割れず椅子が弾かれた。

 結界が張られている。恐らく店に入った直後に張られたものだ。

 それに気づくと同時に、白魔道士の祝詞が微かに聞こえてくる。


閃光(シャープ・レイ)


 エリーが力強く詞を吐き出し、杖の先端をラズィに向ける。


 一直線の白き閃光が放たれ、弾丸の如きそれはラズィの頭に叩き込まれる。

 魔道士を名乗る者は、誰しもが必ず全属性の初級魔法を覚える。その中の聖属性「閃光(シャープ・レイ)」は、軌道が単純で威力が低い。


 反面、使い勝手がよく、連射が可能である。


 エリーは魔道士の杖を握り締め、杖を掲げて魔法を唱え続ける。

 雨の如く閃光が降り注ぐ。ラズィは容赦なく降り注ぐ魔法から逃げようとするものの、ゾディアックの鎧姿が見えると身を竦めてしまう。


 閃光が無防備なその体に一発叩き込まれ、それを皮切りに、頭に、足に、手に、次々と叩き込まれていく。


 ラズィが悲鳴を上げ、両腕と両膝を付く。蹲りながらも、首だけをゾディアック達に向け、声を荒げる。


「お、お前ら! こいつはお前らと同じ冒険者だぞ!! 仲間を傷つけるのに罪悪感は」

「傷つけているのは、お前という悪霊の魂だけだ」


 閃光が止む。同時に、距離を詰めたゾディアックが棍棒をラズィに振り下ろす。

 脳天から叩き落され、ラズィは羽虫の如く地面に叩きつけられた。派手な音が響き、店内が揺れ、床の木材が減り込む。


「冒険者になった時から、仲間を傷つける覚悟は出来ている。殺されてしまう覚悟も、殺してしまう覚悟も、出来ているのさ」


 そう言って棍棒を退ける。

 ラズィは大きく目を見開いてうつ伏せで倒れている。口からは涎を垂らしながら微動だにしない。


「終わった?」


 2階の廊下からひょっこりと顔を出したアイリは階下のラズィを見ながら問う。


「動きませんね……」

「ゾディアックさん。これで終わり……」

「いや、まだだ」


 3人の顔色が変わる。アイリが慌てて階段へ向かって走り、レオンはゾディアックの右隣に立ち、エリーはその後ろに立つ。


「アイリ! 早く来いって!」

「分かってるわよ!」

「レオンさん、天の歌声(ホーリー・ビート)をかけ直します」

「サンキュ!」


 アイリがゾディアックの左隣に立ち、黒魔道士特有のとんがり帽子を被り直した直後、ラズィの体が浮き上がった。

 力無く四肢をだらんと下げている。そして、2メートル程の高さで止まると、ラズィから黒い靄が噴き出した。

 靄は段々と濃くなり、そして大きくなっていく。


「お、おいおい、これが霊気状態って奴っすか!?」


 レオンが口元を戦慄かせる。エコーとアイリは口を開けてそれを見上げる。

 そして、靄の中から、黒く巨大な骸骨が姿を現した。4、5メートル程の大きさをしたそれは足元が若干透けており、両手が三又に別れた鉤爪のような形をしている。

 骸骨は自分の周りに、まるでオーラのような黒い靄を纏っている。


『怨む、怨む、怨む……』


 靄のせいで店の明るさが半減する中、骸骨から何か声が聞こえる。ラズィのようであり、ラズィではない。ジャミング・ゴースト自体から発せられる怨嗟の声だ。


『私を騙した白魔道士も……薄汚い亜人も……呪い殺してくれる……』


 明確な殺意。それがどんどんと形を成し、ジャミング・ゴーストの体を纏う靄を濃くしていく。


 ゾディアックが棍棒を肩に担ぐ。

 それを見たレオンが、白く輝くミスリルの双剣を逆手に持ち構える。

 深く帽子を被ったアイリは、自身の足元に術式を展開する。

 エリーは杖を胸に抱くように握り、骸骨を力強く睨みつける。


「大丈夫か? みんな」


 ゾディアックが言葉を後ろに投げる。


「私は平気。レオンはビビってるけど」

「び、ビビッてなんか、ないっすよ?」

「わ、私も大丈夫です!!」


 アイリ以外の声は震えていた。ゾディアックは全員を勇気づけるために、一歩前に踏み出す。


「行くぞ。怖くなったら、俺の背中に隠れるんだ」

「やってやろうじゃない!!」

「よぉし!! いったらぁ!!」

「はい!!」


 頼りになる暗黒騎士の背中を見つめていた3人が、同時に返事をする。

 エリーの胸中に渦巻いていた恐怖心は、いつの間にか消え去っていた。

 

「ここからが本番だ」


 ゾディアックが呟く。

 刹那、黒骸骨が大きく腕を振り被り初撃を放った。





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