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第18話「ジャミング・ゴースト」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 リビングに招かれた3人はどぎまぎしながら立ち止まってしまう。掃除の行き届いた、綺麗で少しいい匂いがする部屋に、変な緊張を覚える。


「そんなに固くならなくていい。好きな所に座ってくれ」

「ソファに座っておくつろぎください。今、お茶とお菓子を持ってきますね」


 先程から漂ってくる甘い匂いは、ロゼがお菓子を作っていたかららしい。首を垂れてその場を後にしようと踵を返す。

 ゾディアックの隣を通る際、ロゼが耳打ちする。


「口調は?」

「接待」

「かしこまりました」


 そう言って去っていく。レオンはうっとりとした目でロゼの後ろ姿と、ふわりと浮くスカートを見つめる。


「……可愛い」

「ちょっと。真面目になりなさいよ」


 アイリが頭をひっぱたく。子気味のいい音が鳴り響いた所でゾディアックはソファに腰を下ろす。

 「コ」の字型のソファになっており、人数分は余裕で座れるくらいの大きさだ。


「ロゼが来てから話す」

「ゾディアックさん。あの人は、その、彼女さんですか? それともお手伝いさんとか?」


 エリーが隣に座り聞いてくる。


「気になったんすけど、あの人なんなんすか。やたら可愛い子ですけど」

「あんた可愛い以外に何か言えないの?」

「……めっちゃいい匂いがする」

「変態」


 ゾディアックの正面に並んで座った2人のやり取りを見て、鼻で笑う。


「ロゼは、特別な存在、だな」

「ということは、その……奥さん?」

「……」


 ゾディアックはエリーの質問に答えず、微笑みだけを向ける。

 アイリとレオンが感心するような声を出す。


「それでいて、魔物に関する知識に長けている。スペシャリストという奴だ」

「だから、ここに来たのですね」


 エリーが納得したように頷く。


「ああ。彼女なら、俺達が納得するような答えを出してくれる」


 ゾディアックを除く全員の視線が、キッチンにいるロゼに注がれる。

 後ろ姿しか見えなかったが、楽しそうな雰囲気を纏っていた。

 それから5分後、大量のバタークッキーが盛られた皿と、人数分の紅茶をロゼは持って来た。


♢ ♢ ♢


傀儡妨霊(ジャミング・ゴースト)ですね」


 これまでのことを伝えると、ソファの中央に位置する場所に座ったロゼはサラッと答え、目を伏せる。

 口にクッキーを運ぼうとしたレオンの動作が止まる。


「じゃみ?」

「ジャミング・ゴースト。簡単に言うと悪霊です」


 やはりか、と思いつつゾディアックは顎に手を当てる。

 悪霊は魔物に分類される。悪霊の殆どは実体がなく、適切な装備と魔法や呪具がないとまともに戦えず、一方的に蹂躙されることが多い。ベテランと呼ばれる冒険者でも、好んで倒しに行こうと思う者は少ない。


 しかし、一番怖いのは蹂躙されることではない。


「悪霊にもそれぞれ強さというものはありますが、最も恐ろしいのは「憑依」されてしまうことです」


 ロゼがクッキーを手に取ると、足を組んで説明を続ける。


「憑依を解除するには宿主を殺すか、憑依を解除する用の魔法やアイテムを使用する、または本人の意思が悪霊を追い出すか。これらが選択肢に挙げられます。一番最後はほとんど期待出来ない解除方法なので、実質2つですね」

「じゃあラズィが憑依されている可能性が高いと」


 アイリがツインテールを揺らして疑問を投げるとロゼが頷く。


「ジャミング・ゴーストの特徴として、機械といった無機物に憑依することが多いです。ですが魔力が高い、または成長した奴は、人間の体をコレクションして、服のようにとっかえひっかえして暴れまわるようになります。そして多少の知性がある。生前の記憶、それとも憑依した者から技を引っ張り出し、自分の物にする」

「けれど、使える技は限られたものだけ……って感じかしら?」

「その通りです、アイリ様。しかし厄介な相手であることは変わりありません」


 ただ、と付け加えて不満そうに唇を尖らせる。


「白魔道士だけを狙うといった、”相手に狙いを定める”というのは珍しい……というより、初めてのケースですね。……あいつらにそれ程の知能があるとは思えん。裏に何かいるのか? 死霊王(ハーデス)め。復活したならしっかり管理を」

「ロゼ」


 ゾディアックの一言にハッとし、ロゼは目を見開く。憮然とした表情から一転して笑顔を振りまく。

 手に持っていたクッキーは、握り締められたせいでボロボロになっていた。

 レオンは誤魔化されたが、エリーとアイリは顔を見合わせる。


「とにかく」


 ゾディアックが流れを断ち切るように声を張り上げる。


「これ以上被害が出るのは食い止めたい。放置しておけば厄介なことになる」

「そうですね。専門の人に相談して対策を」

「いや、俺達でやる」


 エリーの言葉を遮る。


「俺達は冒険者だろう? こんなレアな相手に対して臆してどうする。まだ駆け出しの君達だからこそ戦うべき相手だ」

「け、けど俺、憑依されるの嫌ですよ」

「安心しろ。そのために俺がいる。それに……」


 頬を緩めてロゼに向かって顎をしゃくる。


「言ったろ。ここにはスペシャリストがいるのさ」


 ロゼは自信たっぷりといった表情で、深々と頭を下げた。


♢ ♢ ♢


「というわけで、作戦を立てましょう」


 全員の視線が皿の上に置かれた数枚のクッキーを見る。


「相手が再びエリーさんを狙うと仮定した作戦です。単純ですが、エリーさんを餌に相手を誘き出します」


 ロゼが皿の上に置かれたバタークッキーの正面に、黒いクッキーを置く。


「なんだこの黒いの」

「ココア味?」

「……く、黒焦げ味、です」


 全員がロゼを見る。


「私の中ではココア味です」

「いや無理があるだろ。素直に失敗」

「はい次行きますよ!!」


 全員の視線がクッキーに戻る。


「相手は恐らく人間に憑依した状態で訪れるでしょう。エリーさんを目の前にしたら、どのような行動に出るか分かりませんが……速攻で決めるのが優先かと。憑依されている姿を確認したら、レオンさんがまずアイテムを使う。その後、ゾディアック様、レオンさん、アイリさんで奇襲を仕掛けてください。憑依されているかどうかは作戦を立ててご判断を」


 黒焦げクッキーの後ろに3つのバタークッキーが置かれる。


「通常の武器や魔法は効きません。ゾディアック様、レオンさんは(セイント)属性の武器を。アイリさんはお分かりですね」

「お、俺持ってないっす……その属性の武器」


 おずおずと挙手するレオンをみて、ロゼは「ふむ」と頷く。


「ゾディアック様の武器は?」

「適正値が足りてない。無理だ」

「あ、あの! 私が補助魔法で付属できます」


 エリーが続いて挙手する。


「ではこうしましょう。レオンさんはエリーさんの近くで隠れて待機。アイテムで敵を牽制後、エリーさんの力を借りて武器に属性を付与。戦闘に参加してください」

「憑依されている体はどうするの?」


 ロゼはクッキーを動かしながら答える。


「そのためのアイテムです。対策は練ってあります」

「素材さえあれば簡単に作れる。レオン、エリーは覚えておいた方がいい」

「了解っす!」

「了解しました!」


 返事をした2人は手を下げる。


「憑依状態のまま追い詰めれば、霊気状態の敵が出てきます。そこからは力を尽くして戦ってください。大丈夫です、ゾディアック様と、一応私も待機します。大船に乗ったつもりでいてください」

「1つ質問が。場所は?」


 アイリが挙手して問う。意気揚々と喋っていたロゼが、ここで初めて難しい顔をする。


「適切な場所は幾つかありますが。一番いいのは閉鎖的な空間で戦うことですね。室内です。外で戦うと一般人に被害が出る可能性が高いですし、広い場所だと奇襲が仕掛けられません。街中の路地裏ですとか、何処かの部屋の中ですとか……。そういった所で戦って、外囲に結界(ライズ・ウォール)を張れば逃がしません」

「あ、あの! でしたら、いい場所があります」


 エリーが声を張り上げ、場所の候補を提案する。


「なるほど。それはいい案だが……大丈夫なのか?」

「はい。安心してください、ゾディアックさん。あの人も事情を話せば絶対に協力してくれます」


 全員が顔を見合わせる。

 まだ駆け出しの冒険者達の顔は、何処か自信に満ち溢れていた。


「よし。やってやろうか」


 ゾディアックが頷き、ロゼも口角を上げる。


「……決まったようですね。そこなら問題ありません」


 ロゼは黒焦げのクッキーを掴み上げ力を込める。クッキーに複数の亀裂が入り、バラバラになって下に落ちていく。


「”幽霊退治”。皆様、ご武運を」


 全員の気合が入った声が、室内に響き渡った。


 



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