第14話「鴉」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
大通りを抜け馬車に乗ろうとした時、ロゼはゾディアックが着ているジャケットの袖を引っ張る。
「大丈夫なんですか? 馬車を使って」
「今は鎧を着ていない。集会所までなら馬も興奮しないだろう」
あっけらかんと答えると、ロゼは何度か頷き納得した様子を見せる。
魔力が高いゾディアックは平常時でも微量の魔力を垂れ流し続けている。そのため周りにいる、「魔力酔い」しやすい種族を興奮させてしまうことが、少なからずあるのだ。ゾディアック自身はそれを制御することは出来るのだが、完全に止めることは出来ないため、よく馬を興奮させてしまう。
完全に止める方法はある。鎧を着ることだ。だがそれでは馬が怖がり、同乗する他の客も逃げ出してしまう。暗黒騎士の鎧は恐怖心を煽ってしまう。のっぴきならないものだとゾディアックは諦めている。
普通の冒険者、魔術師達であれば、魔力を放出し続けることなどない。ありえないからだ。そんなことをしていれば魔力が枯渇し精神に異常を来たすことになる。
冒険者として卓越した能力を持っているゾディアックは、魔力が切れたことがない。内側から、まるでマグマのように沸々と、無限に沸き起こり続けているからである。
馬車に揺られながら、ゾディアックは嘆息し項垂れる。放出されている魔力を必死に抑えるため、集中している。
太腿に腕を置いて首を垂れるゾディアックの肩に、ロゼは優しく手を振れた。
♢ ♢ ♢
「では、私は外でお待ちしております」
集会所の扉の前に来ると、ロゼはそう言った。
「……一緒に来ても大丈夫だ」
「駄目ですよ。看破されたら私が吸血鬼だとバレてしまいます」
「俺と一緒にいれば大丈夫だ」
「いいえ! むしろ私が襲い掛かってしまいそうなので、さっさと行ってきてください!」
腰に手を当て憤るロゼに笑みを見せ、ゾディアックは集会所の中に入る。
中は閑散としていた。時刻は昼前。どうやら冒険者達は忙しいらしい。
ゾディアックの足は真っ直ぐ受付へと向かう。受付のカウンターを隔てた先に、椅子に座って足を組み、雑誌を見ているレミィが見える。
「フリルスカートねぇ。絶対似合わねぇわ。私」
「すまない。いいか」
「あ? その声は黒光りやろ」
雑誌を下げいつもの渾名を呟こうとするレミィの口元が半開きで止まる。ゾディアックの顔を見ながらポカンとしている。
「う……え? ゾディ、アック……?」
「……ああ」
「鎧は!!?」
「……今日は、休みだから着ていない。それに、仕事の依頼を受けに来たんじゃないんだ」
レミィは眉根を寄せて凝視し続ける。視線に耐えられないゾディアックは気まずそうに顔を歪め顔を背ける。
「……で、今、少し時間はとれるか?」
ジロジロと睨め回すような視線を感じながらも、なんとか口を開く。
レミィはハッとして短く返事を返す。頬に朱が差し込み、その目は宝石のようにキラキラと輝いている。
どことなく、顔の周りには星が散っているようにも見える。
「……その、聞きたいことがあるんだ」
「今、付き合っている人はいるんですか?」
「え?」
よく聞こえなかったため、ゾディアックは小首を傾げる。
「い、いや。何でもねぇ。何でもないから」
レミィはブンブンと頭を振る。心なしか、顔が少し赤い。
「き、聞きたいことって?」
「最近……その、白魔道士が誘拐されている事件が、多いから。……仲間の白魔道士は無事かな、と思って」
「なるほど。依頼じゃなくて、パーティーメンバーの情報を聞きたいってことな」
「ああ。……その、大丈夫か? 条件とかあるなら、なんとかするが」
「教える代わりに、抱きしめてください」
「え?」
よく聞こえなかったためゾディアックは小首を傾げる。
「い、いや。何でもない。パッと調べるよ」
レミィは赤い顔で雑誌を閉じるとテーブルの端に置き、テーブル上にあるブックスタンドから、赤いファイルを手に取ってパラパラと捲りながら中を見ていく。ゾディアックは中に書かれてある物を少し覗き見る。
そこにはクエスト報告書と、パーティー、そしてギルドに関する情報が事細かに書かれてあった。
ファイルを捲る手が止まり、レミィは紙の上に人差し指を滑らせる。ゾディアックの名前を見つけ、その下にあるパーティーメンバーの職業と名を確認する。
「エリー……エリーゼ・ルアフル。白魔……あん?」
片眉を上げるとファイルをそのままにし、今度は青いファイルを手に取り捲っていく。どうやら冒険者の情報が入っているらしい。たまに顔写真付きの経歴書が見える。
やがて、顔写真が付いているエリーの経歴書を見つけ、レミィはそれを凝視する。
顔写真はフードを被っているが、キリリとした表情を浮かべていた。
「探しているのは初心者のエリーだよな?」
「ああ。そうだ」
「ふぅーん」
口元に手を当てて考えているエリーに、ゾディアックは疑問符を浮かべる。
「……琥珀箱で呼んでみるよ」
微妙な表情を浮かべながら琥珀箱を取り出し、レミィはそれを耳に当てる。応答を待つ間、長い人差し指が、エリーの経歴書を一定のリズムで叩く。
それから20秒ほどが経過し、琥珀箱を耳から離す。
「出ないな……」
「最後にここに来たのはいつだ?」
「それがよ、今日の朝……集会所が開いてすぐさ。「しばらく家の事情で顔を見せなくなるかも」って言っていた」
さっき会ったのに呼び出しに出ない。嫌な予感が過ぎる。
ゾディアックはテーブルに手を置く。
「……エリーの住んでいる場所、教えてくれるか」
「いや、それは無理だ」
「頼む。一大事かもしれない。確かに個人情報だが、あ、悪用はしない。だから」
必死に言葉を繋ごうとするゾディアックの前に手の平が押し付けられる。
「そうじゃないんだ。教えられない理由は個人情報だから、だけじゃない」
「なんだ」
「……この子、亜人だ。ケット・シーなんだよ」
「……それが? それがどうした」
亜人に対する扱いが酷いのは、ゾディアックも承知だった。レミィは少しだけ目を見開く。
「いやだから、その、お前は亜人とか嫌いじゃないのか」
「そんなものを気にした覚えはない」
手の平を下げると、レミィは目を細めてゾディアックを見つめる。
「……亜人の冒険者の情報を手に入れて嫌がらせをしたり、人に売ったりする奴も多い。お前はどうだ? そんな冒険者じゃないとは思うが、疑わなければならない。どうなんだ」
「亜人だろうと、なんだろうと、彼女は大事な仲間だ。亜人という存在に対して嫌悪感も抱かない。……悪用はしない。安心してほしい」
兜をつけていないゾディアックの真っ直ぐな瞳がレミィを見続ける。下唇を噛み、少し考えるように顔を下に向けたレミィは、紙とペンを手に取り文字を書いていく。
そして、その紙をゾディアックに差し出す。
「亜人街。北の「リアン地区」にある「アイエス」って酒場によく泊っているらしい。店主のハイオークが親代わりだから、急に喧嘩腰にはなるなよ」
「……分かった。恩に着る」
紙を指で挟み取ろうとするが、レミィが力を込めているため離れない。
「悪用するな。誰かに売ったりしたら、例え地の果てにいたとしても、私が絶対にぶっ殺しに行ってやるからな」
「……肝に銘じておく。ありがとう、レミィ」
真剣な眼差しを両者交わし、根負けしたようにレミィは力を緩めた。
♢ ♢ ♢
ゾディアックが集会所から出たのを確認し、レミィは嘆息しながらテーブルに額を打ち付けた。
「なに、あの、恰好……」
レミィはピクリとも動かず口元だけを動かし続ける。
「めっっっっっちゃ、イケメンで、かっこいい……」
レミィは初めてゾディアックの素顔を見れたため、大興奮していた。
実は、ゾディアックの素顔はそれほど知れ渡っていない。いつでも鎧姿で顔を覆う兜をつけているからだ。
ただ、もし素顔が出回っていたとしても、あのパーツが整っている優しそうな顔を見て納得するのは難しい。
「あぁぁぁぁあ……あぁぁぁぁぁあああぁぁ……写真撮りてぇぇ……」
変な声を出しながらレミィは悶える。
その様子を、集会所の隅にいた給仕女は、可哀想なものを見る目で見続けた。
♢ ♢ ♢
集会所を出たゾディアックは事情を説明し、ロゼを先に帰そうとする。
「なるほど。お一人で捜索したいのですね」
「……ああ」
ゾディアックは眉根を寄せる。ロゼに探している白魔道士が亜人であることと、これから亜人街に行くことは話していない。例えロゼ相手でも秘密は守らなければとゾディアックは思ったのだ。
「……住んでいるであろう、東の住宅街に行ってみると」
「ああ。ロゼがついていくと少し目立つ。一人で行動したいんだ。駄目か?」
人差し指を口元に当て、悪戯っぽい笑みをロゼは浮かべる。
「ウソツキ」
「え?」
「嘘が下手なんですから。ゾディアック様は」
「……」
口元をもごもごと動かしていると、ロゼは手を後ろで組む。
「仕方ないですね。では、私はもう少しだけキャラバンを見てから帰ります。……武器はお持ちですか?」
「ああ。しっかり仕込んである」
「では、行ってらっしゃいませ。何かありましたら呼んでくださいね。いつでも駆けつけます」
ゾディアックは頷きを返す。頼りになる優しい吸血鬼は、笑顔を浮かべて別れの言葉を言うと、踵を返した。
まずはエリーのいるという酒場を探してみようと思い立ったゾディアックは、亜人街の方向に体を向ける。
その時、ふと顔を上に向けた。
鳥が一羽飛んでいるのが見える。鴉だろうかと思い、目を細めて見続ける。
「……なに?」
ゾディアックは気づいた。鴉だと思ったそれは、変身を使っていることに。
つまり誰かが変身して飛んでいるということになる。鴉は悠々と飛び続けているが、一直線に何処かに向かっている。
――亜人街の方角だ。
ゾディアックは険しい表情でジャケットの裾を翻し、鴉の後を追うように駆け出した。