第12話「自慢なんかじゃない」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
刺されたせいか、それとも避けようとしたせいか、体を後ろに倒したブランドンがワインのボトルが大量にある棚に背中を打ち付ける。瓶が割れる音が響き、そこに苦しむような声が混ざると、大柄な体が傾ぎ、棚に肘を置き倒れるのを防ぐ。腹に片手を当てており、指の隙間からは鮮血が滴り落ちている。
時間にすれば、5秒も経っていない突然の出来事だった。
「ブランドンさん!!!」
エリーが悲鳴に近い声を上げ名を呼ぶと、カウンターを乗り越えブランドンに近づこうとする。だが、ナイトの切先がエリーを捉えた。
酔いが覚めたエリーは自分に向けられる武器に恐怖し、動けなくなった。
ナイトの仲間達が興奮を宥めようと声を荒げる。
「あんた何してんのよ! これじゃあ私達の方が犯罪者じゃない!」
「流石に度が過ぎているぞ。冷静になれ」
「うるせぇ!! あいつが悪いんだよ!」
ナイトは侍とモンクに威張り散らすと、剣をちらつかせながら亜人達を睨む。
「いいからさっさと犯人を出しやがれ! ぶっ殺すぞ!」
「……さっきから黙って聞いてりゃいい度胸じゃねぇか、テメェ!! おお!?」
竜人が大声を上げ、口の端から火を零す。それを合図に周りにいたドワーフやゴブリンも一斉に怒声を張り上げる。
「ブランドンの兄貴刺して生きて帰れる思ってんのかコルァ!!」
「加勢しよう! この腐れ餓鬼め! 爺のピッケルでドタマかち割ったるわい!」
客で来ていたオークの一人が酒瓶テーブルに叩きつける。派手な音が鳴り酒瓶は割れ、割れた面が鋭利なナイフに変身する。それを持って、オークは冒険者に詰め寄る。
侍が舌打ちし、鯉口を切る。
「話し合おう」
「先に手を出したのはそっちだろうが!!」
侍の静止は意味をなさない。モンクがその隣で両手を挙げ、亜人達の怒りを鎮めようと呼びかける。
「待って、お願い! 聞いて! 私達は争いに来たわけじゃ」
「言ってることとやってることが全然違ぇだろうが!」
「落ち着いてちょうだい! こんなこと言いたくないけど、亜人のあなた達が私達冒険者に手を出したら、明日捕まって、最悪殺されるかもしれないわ!」
その言葉を聞いた竜人が口を大きく開く。棘のような歯が外気に晒され、見ている者の恐怖心を煽る。
「知るか!! こちとらな、いつ死んでも後悔しないよう、今を必死に生きてんだよ! テメェら殺して死ねるなら後悔しねぇ!!」
止めるのは無理だ。完全に戦いは避けられない状況になっている。モンクはそれを理解すると、顔を引き攣らせながら構えを取る。
このままでは本当に殺し合いが始まってしまうと思ったエリーも、争いを止めるため、声を上げようとした時。
「やめねぇかお前ら!!!」
ブランドンの声が響き渡った。
店内が静まり返り、全員の視線がこの店の主に注がれる。その視線を感じながら、腹を押さえ、ゆっくりと歩くブランドンは、まだ剣を向けているナイトの前に立つ。
「……もうやめようや。俺の傷に免じて、今日は帰ってくれ」
亜人達が不服そうな顔をする。ゴブリン達は喚くがブランドンがひと睨みすると、蜘蛛の子を散らすように物陰に隠れる。
ナイトは興奮した様子から多少落ち着きを取り戻したのか、荒い呼吸を繰り返しながらも目が澄んでいた。
店内の雰囲気が変わったのを感じ、エリーはブランドンに近づくと手に魔力を込める。
「傷口を」
「掠り傷だ。治療はあとで」
「うるさい。早く見せてください」
一蹴すると、ブランドンは鼻を鳴らして手を退ける。脇腹には、掠り傷とは言えないほど、剣で深く抉られている刺創が出来ていた。エリーは顔色を変えずに魔力を集中させ、淡い緑色の光が手の平に集まると、それを傷口に押し当てる。細胞が活発化し、徐々に傷が塞がっていく。
「ヒールだ。あの子本当に白魔道士だったんだよ」
モンクがナイトの肩を掴む。ナイトが眉根を寄せる。
傷が治り、エリーは息を吐き出す。
「ばか。本当に焦りましたよ」
「お~、もう傷痕すらねぇや。流石、自慢の”冒険者”だぜ」
ヘラヘラと笑うブランドンと、頬笑みを浮かべるエリーを見て、ナイトは舌打ちし、バツの悪そうな顔のまま店の外に出ようと歩き出す。
「ちょっと!」
モンクが静止を呼びかけるがナイトは止まらなかった。侍はブランドンに一度頭を下げると、溜息を吐きナイトの後を追う。
「えっと……本当にごめんなさい。あいつにはキツく言っておく。ここにも二度と近づかないから、その、許してください」
モンクは弱々しい声と共に首を垂れ、謝罪の言葉を口にする。
「やめてくれや。美人に謝られると何でも許しちまうから顔を上げてくれ」
「ちょっと」
エリーは先程治した部分を拳を作って叩く。
「いや、エリー。傷の部分殴んな、いてぇから」
モンクは顔を上げ、ブランドンの言葉を待つ。
「……あー。こっちも探してみる。何か情報があったら提供するからよ、また顔出してくれや。ただの客として来てくれてもいい。うちは、誰でも歓迎だからよ」
「……ありがとうございます!!」
感謝の言葉述べ、もう一度深く頭を下げると、モンクは仲間達の後を追った。
そして酒場に活気が戻る。冒険者達をなじり始める者と、エリーとブランドンに感謝の言葉を述べる者で別れる。
「ありがとうよお二人さん! マジで緊張したぜ」
「流石エリーちゃん。今度怪我したら治してくれ!」
仲間達に笑顔を向け、誰も傷つかなくてよかったとエリーは胸を撫で下ろす。
「エリー!」
ブランドンの声が聞こえ、呼ばれた方に目を向けると鍵が投げ渡される。
「今日の治療費だ。宿代は払わなくていいぜ。好きにその部屋使いな」
「ありがとう、ブランドンさん」
エリーは頷いて礼をする。
「飲みなおそうぜ! エリーちゃんも一緒に!」
「あ、私荷物置いてからにします!」
そう言ってそそくさとその場を後にする。後ろからは元気な笑い声が聞こえてくる。
階段を使って2階に上がり、部屋のドアを開けると、ベッドと机と椅子が置かれているシンプルな内装が目に映る。
エリーはローブを脱ぐと、荷物と一緒にベッドに叩きつける。ボフッと弾力性のある布団にそれらがめり込むと同時に、エリーは背中をドアに貼り付け、ズルズルと下に沈んでいく。
臀部が床につき、両膝を抱え蹲ると、静かな嗚咽が部屋に木霊し始める。頬を伝う涙も拭わず、ただ泣き続ける。
――亜人如きが冒険者など名乗るな。恥を知れ。
ナイトの言葉が、エリーの心には鋭い刃の如く突き刺さっていた。
亜人という理由だけで、こんなにも差別され、同じ冒険者だというのに敬意も糞もない。
差別をされたくないから、馬鹿にされたくないから冒険者になったのに、これでは何もないではないか。
ブランドンが刺されかけた映像が蘇る。あれだけされても、自分達は冒険者達に対して何も出来ないに等しい。
亜人というのはこの世界において、いとも簡単に傷つけられる悲しい存在であり、同時に情けない存在でもある。
エリーの瞳に大粒の涙が溢れ出てくる。亜人という存在を憐れんで出ている涙ではない。
大切な仲間達を”情けない存在”と少しでも思ってしまった自分を恥じ、叫びたい衝動を必死に抑え、代わりに涙が溢れ出ているのだ。
一番最低なのは自分だ。
「ブランドン……私なんか、自慢じゃないよ」
喉を震わし、ゆっくりと顔を膝から離す。
綺麗に清掃された窓から月明かりが差し込んでいることにエリーは今気づいた。
夜空に浮かぶ満月を、真っ直ぐ見ていると仲間達の顔が浮かんでくる。レオン、アイリ、そして、ゾディアックというベテランの暗黒騎士。
仲間達に、会いたい。
「……私が誘拐されたら、皆助けてくれるかなぁ」
口元に微かな笑みを浮かべると、満月から視線を外し、再び暗黒の世界へとエリーは逃避していった。




