第1話「暗黒騎士」
※こんな始まりですが、ほのぼの路線です
――大地が震える。足元が大きく、揺れ動く。
地震ではない。騎士の目の前にいる巨大な火竜の咆哮が、大地を揺らしているのだ。
獣のような叫びが腹の底から噴出している。天に向かって吠えているにも関わらず、大地は恐れ、震え上がっている。
これで何度目かも忘れた咆哮。だが、恐らくこれが最後になるだろう。
そう確信した騎士は、天を仰ぎ見る。竜が放ち続けた炎のせいで上昇気流が起こり、曇天が空を覆いつくしていた。
今日は満月が見える日なのだ。であれば、あの子の為にも雲を晴らさなければならない。
決意を固め、自身の右手に持った両刃の大剣に魔力を込める。熱を帯びるように、大剣の柄から先が紫色の光に包まれる。
「竜殺しの威力だ。覚悟はいいな」
騎士は呟きに近い声量で火竜にそう言うと、剣を担ぐ。対し竜は、四つ足で大地を踏みしめ、口元から爆炎を覗かせながら牙を剥き出しにする。
『舐めるな、人間!! 冒険者如き、何匹も屠ってきたわ!! 神をも灰にする我が獄炎を味わうがいい!!』
血と炎を撒き散らしながらそう吠える。
下顎を半分削られ、片目を潰され、立派な右翼はへし折られ、左翼は消し炭にされ、尻尾は切断され、左前脚欠損間近、他、体に無数の創傷……。
宝石のような朱色の鱗を纏った、巨大で優美な竜の姿は、何処にもない。
今、騎士の目の前にいるのは、”喋ることと火を吹く芸が出来る、血塗れのトカゲ”である。
竜の咆哮が天を劈く。直後、口元に紅蓮の炎が集まっていく。それは大きな火球になっていき、周囲に熱波を放ち始める。
緑豊かな森はいつの間にか灰色に染め上げられ、荒れ果てた土地になってしまった。近くの山では大規模な火事が起こっている。小人族達は大慌てで消火活動にあたっているだろう。
これ以上被害を増やすわけにはいかない。
暗黒騎士、ゾディアック・ヴォルクスは魔力を纏った剣を両手で持ち、大地を蹴る。直後、山をも飲み込むほどの大きさを持つ火球が竜の口から放たれる。
ゾディアックはただ走るのみ。迫りくる火球を防ぎもせず、避けもせず、飛びもせず、正面から当たる。
『愚かな、最後に油断したか! 業火に抱かれながら、天国に行けるよう懺悔するがいい!』
「悪いが、そういうものは信じていない」
その声と共に、火球が霧散する。火竜の隻眼に映るのは、漆黒の鎧を纏い、剣を振り下ろした状態で静止している暗黒の騎士だった。
「この炎では懺悔も出来ない」
片膝をついていた状態から立ち上がり剣を振り払うと、悠々と暗黒騎士は歩く。
火竜は最早咆哮すらも放てない。体力と魔力、己の魂、竜の誇り、全てを捧げた至極の爆炎は、騎士の鎧に僅かな焦げ痕すらもつけることは出来なかった。
それでも諦めず、口から火吹を放とうとするが、掠れた声しか出ない。まるで嗚咽のようであった。巨躯が傾ぎ、体重が支えられず竜の視界がどんどん地面に近づいていく。
そして轟音と共に火竜が地に伏す。口からは荒々しい呼吸音と、弱々しい火が出続けている。それは命の灯火のようであった。
――死の刻が近い。
そう火竜は確信すると同時に、頭に重さを感じる。忌々しい暗黒騎士が自分の頭に乗り、剣を逆手に持ち、切先を下に向けているのが見える。
『まさか……一匹の虫に、負けるとはな』
騎士は何も言わずに両手で握りしめている大剣に魔力を込め続ける。竜をこれ以上苦しませないように、一撃で仕留められるように。
暗黒騎士の持つ刃が赤色の光を帯びていく。それを見て、全てを諦めた竜が放った言葉は、恨みではない。
『誇るがいい。我を屠った事を……』
「ああ。誇るよ。お前に勝てたことを」
心に響く言葉を聞いて、火竜は騎士に賞賛の思いを抱きながら目を閉じた。
それを見て、ゾディアックは紅蓮に輝く大剣を竜の頭に突き立てた。
刹那、天を覆っていた雲が晴れる。曇天が円を描くようにかき消されていき、大きな満月が姿を見せる。
「……忘れない」
ゾディアックは両の目を閉じて首を垂れる。
太陽の光よりも明るい月明かりが、暗黒の騎士と、息絶えた誇り高き火竜の死体を照らし続けた。
♢ ♢ ♢
かつてこの世界には、“闘神”と呼ばれた人間の王がいた。
小国の王だったその者は、自身が持つ有り余る力を使い、世界を征服しようと目論んだ。
幾万の屍を踏みしめ、大地を壊し、海を荒らし、国を破壊し、村を燃やした。
世界には死が溢れかえっていた。
これに業を煮やした海の神と大地の神は、暴君を討たんと戦いに赴く。
王は既に、神に匹敵する力を持っていた。
神同士の戦いは、全員が滅びる、という結末を迎えた。
♢ ♢ ♢
――そうした神々の争いから誕生した大陸、オーディファル大陸には、大小様々な国が存在する。人間だけではなく、亜人や魔物達の国もある。多種多様な生物が、この地では暮らしている。
その大陸の中で最も大きな国である「ギルバニア帝国」から、南へ2600キロ先にあるのが、森林と宝石の国「サフィリア宝城都市」であり、ゾディアックが腰を落ち着けている国である。
火竜を倒したゾディアックは、近くの森で一夜を明かし、転移魔法と騎乗魔物を使ってようやくサフィリアに辿り着いた。
時刻は昼頃、大通りが盛り上がる時間だ。
ゾディアックは正門を潜り、サフィリアの大通りへと足を踏み入れた。
お読みいただきありがとうございます。
初の異世界系物語を執筆しました。難しいです。書いている途中、どうしたってヒカセンとかヤミセンがチラつくんですよ。
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次回もよろしくお願いします。




