吸血鬼の弾丸
いつの間にか、消えた筈の蝋燭に火がボウッと灯る。
スノウは毛並みを整えしっかりとお辞儀した。
「アレクサンダー様‥‥ようこそお越しくださいました。申し訳ありません、紅茶であればすぐにでもご用意致します」
アレクサンダー・V・ナイト‥‥アレックスは私の幼馴染である。親同士が仲が良く交流していくうちに自然と仲良くなった。もう百六十年の付き合いになるかしら‥‥。
「今いらないから大丈夫だ」
「左様でございますか」
スノウは身を引いてすぐに倒れた家具を魔法で直し始めた。
「ソフィ‥‥ビビアンはここに来てるか?」
立っているのもあれだからアレックスを席に座らせる。クッキー食べる?と差し出すとああ、貰うと言って一つ食べた。
「‥‥いいえ、今度は何に揉めたの?」
「‥‥俺が仕事してる間にビビアンが大事な書類を全部床に撒き散らしたんだ、それに俺は怒ってあいつにあっち行けって‥‥暫くしたら、屋敷にビビアンの姿がどこにも見当たらないから‥‥心配になってここに来たんだ」
彼は普段から無表情であり、今も何一つ表情を変えずに話すがどこか寂しさと不安を感じた。きっとビビアンが居なくなってあっちこっち探したのだろう。
アレックスも本心で酷いこと言ってる訳じゃない、ただ口調が厳しいだけ、ビビアンの事を大事に思っている優しい男なのよ。
「だそうよ、ビビアン」
私は扉を開かせると廊下からビビアンがゆっくり入ってきた。突風が来た後瞬間移動魔法を使った気配があったけど、廊下にいることはわかっていたわ。
ここにはいないと言ってなかったか?と言う顔で見つめるアレックス。ええそうよ、この部屋にはいないから“いいえ”と言ったのよ。
「ビビアン‥‥帰るぞ」
「‥‥にゃ〜」
ビビアンは先程よりも大人しく、アレックスに抱き上げられた。喉元を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす。
「うちのビビアンが悪かった‥‥仕事終わりだったか?」
「ええそうよ、どうしてわかったの?」
「お前がストレートティーを飲む時は必ず仕事終わりだからな」
何年幼馴染やったんだ、と言ってたまに見せる優しい微笑み。その姿を見た女性はみんな惚れるでしょうね、と思っていたら大事な写真を渡さなければならない事を思い出した。
ブラウスを開けて胸から写真を取り出しアレックスに渡す。
「いい加減それやめろ」
アレックスは私がボタンを締めるまでずっと顔を逸らしていた。
「どうして?大事な物は常に身に付けておくべきよ」
私の両親はそう言っていたわ。
「だからって少しは後ろを向くとかして取り出せ」
呆れながら先程殺した男の写真を受け取ったアレックスは、確認すると懐に写真を入れる。すると彼は私の顔をジッと見つめた。
「‥‥お前最近疲れてないか?」
「いいえ、そんな事ないわ」
それさっきもスノウに言われたわ。
「‥‥嘘つけ顔に出てんぞ」
アレックスはそっと手を伸ばし私の頬を撫でるように触る。数秒頬を撫でるとすぐに手を引っ込めた、そしてまた何故か顔を逸らす。
「‥‥無理させて悪い、親父にはこの事ちゃんと言うから‥‥それに今頃起きてるだろあの老体ジジイも」
「パトリックお祖父様とリチャードおじ様によろしく伝えて」
「ああ」
じゃあな、ちゃんと寝ろよと言って私の頬に口付けを交わし、ビビアンを抱えて夜空へと飛んで行った。
「パトリック様は持病で大分弱ってらっしゃるとお聞きしてます。何か見舞いの品でもご用意致しましょうか?」
飲み終えた紅茶を淹れ直してくれるスノウはパトリックお祖父様のご容態を気にしていた。
「そうね‥‥パトリックお祖父様尿結石で大分参っているらしいから、痛みが治まる薬でも作ろうかしら。スノウ、明日までにこの材料を集めて調合室に持って来て頂戴」
私は材料の書いたメモをスノウに渡した。
「かしこまりました」
スノウが部屋から去った後、私は歯を磨き、ベッドに入ると脱力感が出た。
本当はスノウ達の言う通り、疲れていた為すぐに睡魔が襲い、静かに瞼を閉じて思考が止まった。
夜空の中一人の男、アレクサンダーは何も無い空中を足場でもあるかのように蹴りながら飛んでいる。
「お前、毎度毎度ソフィの屋敷に行って邪魔をするな」
「いいじゃにゃい、ソフィアは優しいもん。それに‥‥本当はアレックス様もソフィアに会えて嬉しい癖に〜」
俺は肩に乗っているビビアンの頭を人撫ですると、それに甘えるかのように擦り寄る隙にガシッと首根っこ掴んでプラーンとぶら下げた。進める足を止めていないので尚揺れる。
「‥‥今すぐ地面に叩き落すぞ」
「にゃあぁぁぁッ⁉︎ウソウソ冗談‼︎」
ビビアンの毛が恐怖で逆立つ、まるで黒いヤマアラシでも尻尾に潜んでいるかのようだ。
「にゃにょ!去り際にキスにゃんかしちゃってんだから結構溜まってたんでにゃああああああ‼︎」
最後の言葉を引き金に俺はパッと手を放した。
‥‥確かに俺はソフィの事が好きだ。それはもう婚約者にしたいぐらい。だが肝心のソフィは俺の先程の行動も“幼馴染”だからと受け取っているだろう。
数分経つとビビアンが瞬間移動魔法で戻って来た。
「アレックス様のアホ‼︎ハゲ‼︎ソフィア限定むっつりスケベ‼︎鉄仮面男‼︎ニンニク料理で喉詰まらせろ‼︎」
爪を立てずに頭をバシバシと叩きながら叫ぶビビアンの暴言を全部無視しながら、俺は自分の屋敷へ帰っていった。