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あやかし問屋と鬼の嫁  作者: 荒井炉心
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第三話 退屈

 気が付くと花嫁修業に来てから一ヵ月が経っていた。

 毎朝、台所に立つ事から始まり、片づけ、掃除、洗濯に至るまで、大分手際が良くなってきたと自負している。

 その分手の傷も増えたが、これもまた一つの勲章だと思っていた。

 でも、まだ任されていない事があった。それは薬問屋であるにも関わらず、店の事は何も手伝わせて貰えてないという事だ。

 必ずお昼前には店に来るようにしているが、番頭や手代、小僧達がテキパキと仕事を捌いていて、つけ入る隙も無い。勿論、ただ立っているだけではなく、声もかけた。


「え?ダメですよ?」


 手代の紫を呼ぶと、開口一番に断られた。


「まだ何も言っていないのだけど……」

「店の仕事を手伝いたいって事でしょう?そりゃ、一人ずつ聞きまわっていたら、言わなくてもわかりますよ」

「う……」


 図星を刺されてそれ以上何も言えなくなる。


「貴女はこの店の旦那の妻になるんですから、ドンと構えてくださって構わないんです。店は主人、家は妻が守るものだと昔から相場が決まっているものです」

「だけど……店の事を全く知らないのもどうかなって」

「まぁ、それもそうですね……」


 紫は腕組みをして、唸った。


「わかりました。では、旦那様に相談してみましょう」

「待っ――」


 それだけはしたくなかったから、使用人たちに声をかけていたというのに。妖たちは気が早い。紫は聞く耳を持たず、飛んでいってしまった。

 案の定、健さんは困ったような表情でやってきた。


「俺の仕事ぶりを見たいとか」


 正しくは「皆」の仕事を知りたいのだが――まぁ、この際どちらでも良い。


「はい、そうです。お願いします」


 私は頭を下げた。


「悪いが結婚するまでは花嫁修業に注力してくれ。仕事内容を知りたいのならば、夜、仕事が終わってから、いくらでも話すから」


 私は肩を落とすと同時に、自分を恥ずかしく思った。そうだ、長くここにいるような思いでいたが、まだ私は修行中の身なのだ。

 まだ家事に対して半人前の私が、仕事にも手を出すなどおこがましい。


「小夜?大丈夫か?」


 軽いショックを覚えていると、顔を覗きこまれる。


「はい、大丈夫です。そうですね、よかったら今夜お話を聞かせて下さい」


 頭を再び下げ、キュッと口を引き結んで家の中へと速足でその場から去った。後ろから再び健さんの声が聞こえたような気がしたが、振り返らなかった。

 竜胆さんと一緒にお昼ご飯のおむすびを握り、各々へ仕事の空いた時間に配膳する。片づけまで全て終わる頃には日が傾いていたので、洗濯物を取り入れた。

 洗濯物を畳んでいると、部屋の片隅に小さな紙きれが一枚転がっているのが目に入った。座ったまま手を伸ばし、拾う。

 真っ白な紙切れ。小さく言葉を発し、ふっと息を吹きかける。すると、紙は小鳥の形になり、パタパタと部屋を一周した。そしてまた紙に戻ってハラハラと落ちてきた。

 かつて私の先祖の陰陽師はもっと凄い術を使えたというが、今の私はこんな手遊び程度の事しかできない。

 また明日も、料理、掃除、洗濯の日々。

 その次の日も、そのまた次の日も。

 夕陽に照らされた畳んだ服を見て、ふと喉元が熱くなった。


「どうした?」


 ぐい、と肩を引かれて振り返らされた。

 そこには驚いたような、戸惑ったような表情の健さんの姿があった。


「あ……」


 言葉が詰まって出ない。


「そんなに仕事がしたかったのか?」


 首を横に振る。


「ならどうした。そんな悲しそうな顔をして……言葉にしてくれなければ、俺も何もしてやれない」

「刺激が欲しいんです……!」


 口走って、ハッとした。今のでは誤解を生んでしまう。もっと他に言い方があっただろう。だが、口は一度堰を切ったように、止まらない。


「毎日代わり映えの無い家事ばかり……!皆は店に出ているし、貴方も最近は仕事ばかりで――」

「成程」


 意地悪く目の前の鬼は口角を上げた。


「つまり、俺が構ってやらなかった事も原因なんだな」


頬に左手が擦り寄り、首筋を伝った。ゴツゴツした指が顎に触れている。


「で、具体的には何をすればいい?」


 顔が寄る。思わず固く目を瞑った。


「愛でてやるだけでは、お前は喜ばないのを知っている」


 額に優しく唇が触れた。


「ほら、何でも言ってみろ」


 そっと目を開くと、数センチしか離れていない近距離に健さんの顔があった。


「偶には……一緒にお出掛けがしたいです」


 私は小さく呟いた。


「わかった。そうしよう」


 すぐに肯定の言葉が返って来る。


「ただし――お前がもう少し素直になればな」


 嬉々とした色で鬼の目が光った。


「え?」


 私の目が泳ぐ。


「仕事を調整して時間を取ろう。だが、その努力には活力がいる」


この人は、小さい頃からそうだ。面白いものを見つけたら徹底的に愛でるのが好きだった。庭に並んだ菊の花もその一つ。

 私はこくりと縦に頷いた。

 満足そうに漆黒の目が細くなる。


「弱っているお前も、良いものだ」

「つけ込むなんて酷い人です」

「俺は半分鬼だからな」


 そう冗談めかして、唇が重なった。

 部屋の梁の上を通りかかった小さな家鳴り達が、互いに互いの目を塞ぎ合っている。

 そんな姿を見つけ、二人顔を見合わせて笑ってしまった。

 明日にはこの話が家中に広まってしまっているだろう。でも、問題ない。だって私達はあと一月で夫婦になるのだから。

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