「いつもポケットにキャラメル」
さんさんと太陽の日差しが降りそそぐ浜辺。
その浜辺に沿うように松並木が植えられている。
日差しを避けるようにシートを広げると、海風は思ったよりも涼しげで、二人の頬をくすぐっている。
「ここに来たのは中学の臨海学校以来ね。ねえ、覚えてる? ここで私が溺れそうになった時のこと」
「えっ。ああ、忘れないよ」
「その時あなたに助けてもらったんだよね」
打ち寄せる波の音。
遠くでカモメが鳴いている。
「気が付いた時、私は平気な顔をしていたけど、すごいショックだったのよ。思い出したら涙が出てきちゃった」
男はポケットから箱を取り出し、中のものを渡した。
「え? ありがとう。なに? キャラメルじゃない」
「お前、これ好きだろ?」
「うん、そうだけど。ねえ、前から聞きたかったんだけど、どうしていつもキャラメル持ち歩いているの?」
「うーん、内緒」
「小学校の時、いじめっ子にいじめられて、助けてもらったことがあったわよね。その後いつまでも泣いていたらキャラメルくれたでしょ?」
「ああ、そんなことあったっけ」
心地よい海風に松の枝がたなびいて、砂の上で木陰が揺れている。
「そうそう、そういえば中学校の時、数学のテストですごく悪い点数をとってめそめそしていたら、あの時もキャラメルをもらった」
「ああ、覚えているよ。お前、いつまでも泣き止まなかったからな」
「中学を卒業して別の高校に行って、街角でばったり出会ったときも、キャラメルをもらったわよ」
「ははははは、見違えるように綺麗になっていたからびっくりしたよ。その時に俺が告ったんだよな」
「ずるいよ。キャラメル渡しながら突然『付き合ってくれ』って言うんだもん。断れないじゃない」
二人がこの浜辺に来たのは中学の臨海学校以来。
かれこれ十年は経っている。
「あっ、そうだ。これ受け取ってくれ」
男はポケットからリングを差し出し、女の指にはめた。
「えっ! ……本当に?」
「まーた泣いてんのか」
男はそういいながら、キャラメルを渡した。
「そうだ、内緒にしていたけど教えてあげるよ。俺がキャラメルを持ち歩きだしたきっかけ。あれは、小学5年生の遠足の時だよ。同じ班だったお前にキャラメルをもらったことがあったな」
「うん、覚えてる」
「うちが貧乏だったせいもあって、俺だけお菓子を持ってこなかったんだ。あの時、お前からもらったキャラメル、すっごくうれしかったんだ」
浜辺に打ち寄せるさざ波が、遠慮がちに静かな音を奏でている。
「それからかな。いつかお返ししようと思って、キャラメルをいつもポケットに入れていたんだ」
女は、また泣き出した。