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05


 餌となる漁師たちが眠らされたまま船室から次々と運び出され、激しい豪雨の中、濡れた床に投げ出された。

乱暴に扱われても目を覚まさない彼らは酔い潰れた上に多量の睡眠薬を仕込まれているのだろう、誰ひとりびくともしなかった。


 船が激しく揺れ、ジェットコースターの振動を遙かに超える衝撃を与えてくる。

雨がバチバチ顔面を打ち、正直眼も開けていられない。


 俺は船と自分の身体を繋ぐ命綱を何度も引っ張って、その強度を確かめながらビビりまくっていた。

こんな状況で優雅にピアニカ等奏でられるはずがない。



「来たぞ!!!」


……誰かがそう叫び、一方を指さす。

大風と波に煽られてグワングワン暴走する船は轟音の中にいるはずなのに、一瞬にして沈黙に飲まれたかのような感覚に陥る。

全員が息を潜め、目当ての宝の到来を待ちわびた。


「よし、ヘルゲイだ!!!!!」


 初老ながらに筋肉隆々の男が皺なのか傷なのか判別できないものにまみれた顔を引き締め

頷いてゴーサインを出す。

椹木が言っていた過去に一度ヘルゲイザーを捕獲した男、というのがこいつなのだろう。

命令された下っ端漁師たちは、ロープでグルグル巻きにされた元・仲間達をモノのように担ぎ上げると、それらをドボン、ドボン、と海へ投げ入れた。


ここまでされれば流石に薬も効力を失うのか、数人が海中の中で目覚め、自分に降りかかっている余りの惨事に驚愕し、自由の利かない身体を揺らし暴れた。


必死な顔をして何かを叫んでいるが暴風雨のせいで全く聞き取れない。

 酒に飲み浮かれていたはずがいつの間にか大嵐の最中、洲巻状態にされて海に放り出されるなんて、想像もしなかっただろう。

俺は震えながら、そちらを見ないようにして目を瞑った。


「おっ、奴ら気付いたな」

「来たぞ…」

「来る…」船の中が密かに沸き立つ。


 砲弾が打ち込まれる音が何発も聞こえ、モリが放たれる。

"餌"の一人が断末魔の叫び声を上げた……のが聞こえた気がしたが、それは激しい強風による幻聴かもしれない。

「オラ!早く来い!!!!!」

誰かが俺の頭を物凄い勢いでどついた。

魚が“餌”に食いついたらしい。

しかしヘルゲイザーは必死で弾丸やモリを避け、なかなか捕まらないのだろう。

船も諦めず追い回す。


打ち込まれ続ける弾、赤く染まる海面……は、ヒトの血か、魚のか、解らない。

海に詳しい人間なら判別できるのか?だけどド素人の俺には解るはずない、そう、そんなレベルの貧弱野郎がこんな状況に耐えられる訳無いだろうて!!



もう何分経過しただろうか。いきなりギャリギャリギャリ!!!とザイルを巻く機械の音が鳴り響き、必死に船の柱にしがみ付くだけの俺はハッとしてその方向へ顔を向けた。

――ついに捕まったのだ。


と、ドサリと何かが倒れる音がする。


 漁師の一人が、横たわってビクビク震えていた……毒にやられたらしい。

椹木の言っていたことは真実だった、ということだろうか。

「早くしろ!!全部チャラにしてぇか!!」

呆然としているとまた殴られ、俺は指示を仰ごうと目を細めて椹木を探したが、彼はいつの間にか姿を消していた。


 周囲の男たちはいつの間にかほぼ全員が黙って俺を睨んでいる。

一点集中した目線に耐えられず、震えるばかりで言うことを聞かない両手を必死に動かして俺は、

それでもやっとのことで鍵盤ハーモニカの背部に付けられたベルトに左手を通す。

一定の質を保った美しい音色で無いと、ヘルゲイザーは毒を吐くのを止めない、のだったか。

諤々しながら懐かしい黒の拭き口を銜えた。


もうどうにでもなれ………!!!


俺は地獄のようなこの現状の中、集中するために、ただ、とき子の事を考えた。


燃えるように内側から輝く碧い眼――


――を、表現できて、少ない鍵盤数ながら両手で弾けて難易度のそう高くない曲、

魚に聞こえるくらいのボリュームを出すことが可能な、熱量のある旋律。


 回らない頭はリベルタンゴ、という譜の流れを思い出す

そうだそうだ、これしかない、となると

先ほどまで怯え倒していた姿勢とは180度異なり、立ち上がって背筋を伸ばし情熱的で軽快なメロディを俺は鳴り響かせる。指が自然に動く。

デブで木偶の坊、トロくて無力な俺がまさか鍵盤を素早く叩けるとは思っても見なかっただろう連中たちが数名、零れ落ちそうなくらい目を大きく開きながらこちらを見ている。


突如、ワッと歓声が上がる。

船員たちが全長170cm程のヘルゲイザーを船内に持ち上げたのだった。


「続けろ!!!!」


 見たことも無い不気味で恐ろしいその姿から目を逸らせず、手を止めようとしたのがバレて怒鳴りつけられ、俺は曲を奏で続けた。

ギョロリ、と飛び出たグロテスクな目がこちらを向いた気がする。

叫び出したい心持だったが、手は意志に判して自然に動いていた。



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