11年後、身体がまだあれば、医学を志す生徒達の手で解剖してください。
目の前には、11年前に時戻病を発症した我が子が眠っている。
優秀な医師になると思っていた。闊達で、入学時からずっと主席だった頭の良さを鼻にかける事も無く、誰にも分け隔てなく接し上級生にも下級生にも慕われていた、本当に立派な子だった。
研修医として勤務していた息子が、自身の血液検査結果を持って私の部屋にやってきた時、ショックを受けているのは彼なのに検査結果を破り捨てたくなった。
『僕を使ってください、父さん』
だってそうだろう。
自分の息子がこれから自殺した方がマシな状態になるのが判っていながら、嘆かない親がいるか!?
『僕を使って、時戻病の臨床実験をおこなってください。同じ病気の者達を救う為に』
時戻病は、遺伝子異常の難病だ。
時を戻すかの如くに身体が徐々に縮んでいき、最終的に赤子まで戻り、死ぬ。
脳も縮んでいく為、まるで認知症のように記憶がぽろぽろぽろぽろ零れ落ちていく。
人によっては発症した時点で安楽死を願う病気、それが時戻病だ。自分の思考が完全にクリアな状態のまま、身体がどんどんどんどん削られるかのように縮んでいく状況に耐えられる者などいる筈がない。私だって無理だ。
だが我が子は、最終段階になるまで耐えきった。耐えきっただけではなく、言葉が紡げなくなるまで自身の身体を教材とし医学部講師として教鞭をとり生徒達に時戻病の事を伝え続けた。
『とうさん、ぼくののぞみを、かなえてくださいね』
喋れなくなる直前、言い残した言葉。
だがな、息子よ。叶える気は毛頭ない。父がそこまで無能だと思わないで欲しい。
「残念だが、お前には俺や母さんの老後の介護をして貰う必要がある」
11年もかかった。11年もかかってしまった。
だが、やりきった。
「まぁそこそこ痛いだろうが、頑張れ」
完成した特効薬の治験を、息子でやる父親はきっと狂っているのだろう。
「父さん。助けてくれたのはありがたいし嬉しいけど、もっと他にやりようは無かったの?全身成長痛で一ヶ月ぴくりとも動けないって凄まじかったんだけど」
「諦めろ。むしろその程度の副作用で治した父を敬え」
「うちの父親超鬼畜……でも、ありがとう、父さん」
「……ああ」