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4.確証を得るまでの時間

 翌日、約束通り昼頃に、ケフェウスの泊まる宿へと足を運んだエリアスは、宿屋の一階にある食堂で一人窓の外を眺めている青年を見つけた。その姿を見て、律儀な男だと思う。

 彼は、すっぽかされてもおかしくはないと思っていた。その場合、実家のコネを利用して虱潰しに探すつもり満々だったが。一瞬口元に浮かんだ皮肉な笑みを綺麗に隠し、エリアスは親しげな笑顔を貼り付けてケフェウスに歩み寄った。仮面を貼り付けるのも、演技をするのも、別に苦手ではない男である。


「こんにちは、待たせたか?」

「……いや、昼食を取ったところだ。」

「そっか。昨日は悪かったな、強引に近寄ったりしてさ。」

「…………変わっているな、君は。」

「そうか?……あー、でも、しょっちゅう従兄には言われる。」

「従兄?」


 不思議そうな顔をしたケフェウスに、エリアスは笑う。嘘ではない。何故お前はそう変わり種なんだと、国にいる時は三日に一度は言われている。別にそれが苦ではないので、構わないのだが。むしろ、からかうのが楽しいと思っているエリアスだが。


「2歳年上の従兄でさ、これが堅物生真面目なんだよ。俺のする事全部気に食わないのか、いっつも叫ぶし。」

「……おそらく、君の自由なところが気になるのだろう。」

「…………自由?」

「何にも捕らわれない、自分の意志だけで生きる、そんな強さがある。」

「…………。」


 自分はそうではないと、言いたげな言葉だった。何だこの男はと、エリアスは思う。彼にとってそれは、あまりにも当然すぎる事だった。自分の意志以外で行動する事など有り得ない。彼を縛るモノなど存在しない。伯父の命令は、彼が受けようと思うから受けるだけであり、彼の行動を支配するモノにはなりえないのだ。

 伯父貴、とエリアスは心の中で呼びかける。貴方の勘は当たっているだろう、と。この、目の前の青年は普通ではない。エリアスとは全く別の意味で、『普通』から逸れてしまっている。

 それを、哀れだとエリアスは思う。違和感の正体が、何となく解った。老成しすぎている。若干20代の青年の持ち得る静かさではない。大人のそれだと、彼は思う。何か歪なその姿に、痛みを感じたのは何故なのか。

 南方諸島の出身であると思わせるような、漆黒の髪。そして、何処の地方でも持ち得ないだろう、深すぎる深紅の双眸。あまりにも深く、あまりにも鮮やかで、その美しさがかえって毒々しくて目に痛い。そんな色を宿した青年の表情は、常に陰りを帯びていた。


「それじゃ、何処から行こうか?」

「何処でも構わない。」

「なら、適当に歩くか。今日は別に市でも何でもないし。」


 ニッコリと笑ってエリアスが言えば、ケフェウスもぎこちなく笑う。つられるように笑っているのだと言う事だけは、確かだった。その笑みは、彼の本心からのモノではあるまい。相変わらず自分は強引で、他人を巻き込むらしいと、常日頃のピネウスの発言を思い出しながら彼は心の内で苦笑する。

 王都の賑わいは、季節を問わない。旅人や旅芸人達があふれかえり、市民達がやんやとはやしている。その中を並んで歩きながら、エリアスは横目でケフェウスを伺う。やはり、何処か表情に陰りがある。笑みを浮かべていて尚、その暗さがエリアスの感覚を刺激した。いや、それは只の苛立ちめいた感情だったのかも知れないが。

 ふらり、ふらり。共通点などない2人の若者が、大通りを歩く。けれど別に、それが目立つわけではないのは、ここが王都だからだ。何処の出身かも解らない人間達が、闊歩する。ふと気付けば、異種族もそこを歩いているのだから。

 その時不意に、背後からエリアスに声がかけられた。反射的に振り返ったのは、彼の知る人物の声にそっくりだったから。いや、そのヒトが、そのまま、そこにいたのである。


「珍しいな、お前が他人と歩いているなんて。」

「…………へ?」

「元気そうだな、エリアス。一度ぐらい顔を出してくれても良かったのに。」

「……ッ、な、な、お前何やってんだぁぁぁっ?!!!!」


 やぁ、と片手を上げて笑う青年が一人。目深に被ったフードの所為で、顔はよく解らない。だが、その隙間から見える切り揃えられた黄金の髪と、翡翠玉を埋め込んだような双眸がエリアスの記憶回路を刺激した。それ故に、彼は相手を怒鳴りつけたのだ。

 だがしかし、彼は次の瞬間、容赦のない力を後頭部に感じた。痛いと呻きながら振り返れば、そこにいたのは愛すべき従兄殿。無礼者、と低い声で脅すように呟くピネウスに、お前ら何やってるんだよと、エリアスは呻いた。


「視察だ。たまには良いと思わないか、エリアス?」

「…………隠れて視察、か……。相変わらず物好きだな。」

「ピネウスも了承してくれたからな。ところで、そちらは?」

「昨日知り合ったばかりの旅人。」


 初めましてと青年に言われて、ケフェウスがぺこりと頭を下げた。まじまじと見詰められて、漆黒の髪の青年は一瞬身体を強張らせる。ニコリ、と黄金の髪の青年は微笑んだ。その笑みの、ひどく優しい雰囲気に、ケフェウスは目を見張る。


「オイこら、カドモス。抜け出して良い身分じゃないだろうが。」

「良いんだよ。私は自由なのだから。」

「いや、待て……。後で皮肉を言われるのは、俺なんだぞ。」

「私ではない辺りが、日頃の行いの所為だろうな。」

「喧しい、ピネウス!俺の悪影響だ、なんて言われてみろ?殆ど接点のない俺が、どれほど不快か解るだろうが!!」

「仕方ないな、エリアス。私は視察が楽しい。」


 ニコニコニッコリ。食えない笑顔を浮かべるカドモスに、この野郎とエリアスは呻いた。目の前の、黄金の髪の青年が誰であるのか。その事実を、ケフェウスに悟られてはいけないのだ。

 何故ならば、エリアスはまだ確証を掴んでいない。そして同時に、ケフェウスの信頼を得てもいないのだ。人間不信のようなケフェウスが、権力者を警戒するのは当然。だからこそ彼は、あえて身分を隠して近づいたのだ。目の前の青年と従兄は、その努力を蹴飛ばしそうである。



 結論。さっさと追い返そう。



 つまりは、そういうところでエリアスの思考は落ち着いた。ケフェウスに構おうとしているカドモスの腕を引き、凄みのある、伯父直伝の食えない笑顔を浮かべてみせる。別に好きで似ているわけではないが、こういう時は感謝する。伯父並みの迫力は出せなくても、相手を黙らせる事は出来る。


「大人しく、さっさと、家に戻れ……。」

「何故?新しい友人なら、紹介してくれても良いだろう?」

「…………殺すぞ、カドモス。」

「できるものならやってみろ、エリアス。その前に貴様の首が飛ぶぞ。」

「話を逸らすな、ピネウス!俺が言いたいのはそうじゃねぇ!」


 カドモスという名の青年が絡んだ瞬間物騒になる従兄に、エリアスは力一杯否定の言葉をぶつけた。別に彼だって、カドモスを害したいわけではない。第一、そんな事をした日には、不敬罪で処刑ものである。カドモスは、テバイの第1王太子なのだから。

 じろり、とエリアスはピネウスを睨んだ。お前は俺の仕事を知っているだろう。そう視線だけで訴えてくる従弟を見て、ピネウスは溜め息をついた。傍らの親友−常は主君−に対して、穏やかな笑顔を浮かべる。その半分でも俺に優しくしてくれたらいいのにと、まったくもって場違いな事を考えるエリアスであった。流石に、生傷が絶えないのは辛いので。


「エリアスは新しくできた友人と交友を深めたいのだろう。紹介してもらうのは、また今度にしておかないか?」

「……ピネウスがそう言うなら、仕方がないな。私の名前はカドモスだ。また会おう、友人殿。」

「エリアス、あまり遅くならぬうちに戻れと、父上が仰っていた。…………色々と、話を聞きたいともな。」

「……了解。」


 流石古狸、と彼は心の中で呟いた。ふらふらと夜になっても遊び歩く可能性のある甥に対する、この上なく効果的な牽制である。2人の後ろ姿を見送りながら、彼はやはり伯父に勝てない事を悟るのであった。


「……賑やかな2人組だったな。」

「青い瞳の方が俺の従兄で、緑の瞳の方がその親友だ。幼馴染みみたいなものなんだが…………。」

「苦手、なのか?」

「いや。苦手というなら、カドモスが絡んだ時のピネウスが苦手なだけで……。」     


 ただ今は、正体を知られるのがマズイと思うだけだ。幸い、家名を名乗らなければ知られる事もないだろう。王族貴族にあやかって名前を付けるモノは結構多い。エリアスも、そこかしこで王族や一族の名前を聞いている。無論、その殆どが他人の事を示しているのだが。


「何か、傍にいられると困る事でもあったのか?」

「目立つんだよ、あの2人。解るだろう?そうすると、のんびりと市内見物なんてできゃしねぇ。」

「なるほど。それは確かにそうだろうな。どう繕ったとしても、人目を惹く一対だ。」


 他意はないのだろうケフェウスの言葉に、エリアスはどきりとする。もしや気付かれたのかと思ったが、そうではないらしい。ただ単に、二人を見た感想を言っただけ。そうだという事を確信して、彼は密かに安堵した。まだ、彼に正体を知られるわけには、いかないのだから。

 あっちに行こうかと示した方角を見て、ケフェウスが頷く。言葉少なな同行者の、その様が気に入っているという自分。そんな自分に、ひどく困惑しながら、別に悪くはないなと、エリアスは思った。


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