1.大貴族の異端の子息
地上と呼ばれる世界がある。その世界の西方を統べる大国、テバイ。彼の国はかつて5人の魔王の一人黒衣の魔王を討ち滅ぼした英雄、神剣使いのアノスが造り上げた王国だ。
現在、テバイで最も勢力の強い貴族が、シーリン家。その開祖はシノンといい、アノスの幼き日よりの親友であった男だ。幼馴染みが魔王討伐に赴く際、その傍らに神託を聞く『導き者』として同行した青年である。そして、テバイ建国の際に重鎮として取り立てられ、その当時より直系王族の側役を行っている。
さて、そんなシーリン家であるが、現在の当主はラフェドという。喰わせ者で何を考えているのか掴めない男である。そんなラフェドが実子同様に可愛がっているのが、甥であるエリアスという名の青年だった。
ラフェドと同じように純金の髪と深い緑の双眸を持つ若者だ。シーリン家の人間として申し分のない実力を持ちながら、彼の青年は何処までも異端であった。どこら辺がといえば、型破りなのである。既成の概念を全て壊して突き進むような節がある。そしてまた、そういった事を楽しんでいるようにも見られた。
放浪癖があり国にいる事が少なく、ラフェドの特別の計らいにより、国内外の内偵役を授かっている。趣味と実益を兼ね備えさせようとした配慮とも言えるが、ただ単にラフェドがエリアスを保護したと言うだけであろう。その事に感謝しているのか、型破りなエリアス青年も、当主であるこの伯父に対してだけは敬意を払っている。
そして彼は、伯父に呼ばれていた為に、シーリン家の本宅に向かっていた。分家筋にあたる彼の家は、もっと城から離れた場所にある。本宅は王城内の一角に存在しているのだ。王族の側役としての立場上、そうであってしかるべきなのかも知れない。
「伯父貴、いきなりヒトを呼びつけた理由は何だ?」
「貴様は当主に敬意を払う気はないのかぁ?!」
がらりと扉を開けて入った先の部屋には、既に先客がいたことをエリアスは知る。飄々とした無礼と取られてもおかしくない口調で話した彼に向けて、凄まじい勢いでダガーが投げつけられた。傍らに下げていた本でそれを防いだエリアスは、完全に慣れきった仕草で肩を竦め、加害者を見た。
わなわなと怒りに震える青年が一人いる。年齢はエリアスよりも2つ3つ上に見える程度なのでまだ20代。21歳のエリアスよりも2つ年上の従兄、本家の嫡男ピネウスだ。短く切り揃えた純金の髪に、深みのある青の双眸。黙っていれば彫刻のような印象を与える淡白な美形だが、口を開いた瞬間に烈火の気性が現れる。それを勿体ないと取るか、面白いと取るかは、人それぞれだろう。ちなみに、エリアスは後者である。
緩く癖のついた腰までの長い髪。それを結わえもせずに無造作に背に流しているのが、どうやらこの従兄殿にとっては不快らしい。それに気付いていながらエリアスは、あえて髪型を変えない。別に何か意味があるわけでなく、ただ単に面倒なだけだが。
年齢が近い事、エリアスがラフェドに可愛がられている事、実は結構2人の実力が拮抗している事等々、彼等がそれなりに仲がいい事は周知の事実である。もっとも、不真面目なエリアスに対してピネウスが怒り、エリアスがおもしろがってそれを煽るというのが、この2人の常の遣り取りといえるかも知れないが。
「いたのか、ピネウス。それならそうと言ってくれ。お陰でお気に入りの本が一冊駄目になってしまったじゃないか。」
「にこやかな笑顔で言う事か、馬鹿者!何故貴様は年長者に敬意を払わないのだ!」
「失礼な。俺は何時だって伯父貴に敬意を払ってるぞ。そうですよね、伯父貴?」
「まぁ、他の人間に対してよりは払っているであろうな。」
「ほら。」
「その口調が払ってないと言ってるんだ、不届き者がーーっ!」
びしゅ、びしゅ、びしゅ。慣れた手付きで投げられるダガーの数々を、エリアスは避ける。軽く三回続く音に吸い込まれるように、ダガーは壁に突き刺さった。物騒な奴だなぁと呑気に呟くエリアスの後頭部を、ピネウスは限りなく容赦のない力で殴りつけた。流石に痛かったのか、エリアスが頭を抱えてうずくまる。
そんな実子と甥の遣り取りを見て、ラフェドは目を細めた。この現当主殿の神経はかなり図太く、2人の頭が痛くなるような遣り取りを、平然と眺めるのだ。とりあえずそろそろ止めるかと、ラフェドが手を鳴らす。弾かれたように振り返った2人に、彼は座れと促した。
「お前を呼んだのは特に何かがあったわけではないのだがな。」
「だったら呼ぶなよ、伯父貴。」
「口調を改めろと言っているだろうが!」
「ぐはっ……?!」
先程殴られたのと同じ位置を殴られる。それは結構痛いモノで、エリアスはピネウスを睨み付けた。生真面目で忠実な次期当主殿は、かなり容赦がない。こいつ実は俺の事が嫌いなんじゃなかろうか。そんな事をエリアスが思うのは無理もないが、ピネウスがこんな風に接するのはエリアスともう一人、彼が誰より敬愛する王太子もなので、そうとも言えない。
「伯父貴ィ……、ピネウスの暴力癖は治した方がいいと思う。」
「安心しろ、エリアス。息子はお前以外に暴力は振るわん。」
「何ッ?!お前、そんなに俺の事が好きだったの……ぐぅ?!」
「寝言は寝てから言い給え、我が親愛なる従弟殿。」
「……冗談の通じない奴だな、お前……。」
石頭、とぼやいたエリアスは、すぐさまラフェドに向き直る。用はないんですかと飄々と問いかける彼の背後で、もう一発殴ってやろうかとピネウスが拳を握りしめる。そんな実子をやんわりと押し止めた後に、ラフェドはにこやかな笑顔で爆弾を落とした。
流石に、喰わせ者で知られるシーリン家当主では、ある。血縁者である2人ですらも、一瞬言葉に詰まった。どうでも良いが、これを常に側に置いている国王は偉大だと、そんな事を全く同時に思ってしまう2人であった。
「現在王都に不死者がいるらしい。知っているか?」
「不、死者?何ですか、それ。」
「言葉から連想するに、死なずの者という事ですか、父上?」
「文字通り、不死者らしい。正確には不老不死者、だな。噂でしかないのだが、斬られた傷が瞬時に癒えたらしいぞ。」
「それだけなら、精霊の守護や御守りの効果もありますよ。優れた術者ならそれぐらい容易い、な、ピネウス?」
「あぁ……。現に神殿の高位神官なら、可能では?」
有り得るわけがないではないかと告げる甥と息子。そんな二人を見て、ラフェドは笑みを浮かべた。限りなく、嫌な予感のする笑顔だった。逃げよう。今すぐ逃げなければ、厄介な事に巻き込まれる。そんな事を思った彼等であったが、時既に遅し。
ニコニコと人の良い笑顔を浮かべたままで、ラフェドが宣う。おのれ詐欺師、とエリアスが心の中で毒突き、この狸親父、とピネウスが胸の奥底で暴言を吐く。そんな2人を理解していながら、ラフェドの笑顔は曇らなかった。恐るべし、シーリン家当主。
「そんなわけだからどちらか、その事実を確かめてこないか?」
「嫌だ。」
「お断りします。」
「そうか、断るか……。一応、陛下からの密命なんだがな?」
『…………。』
ちらり、と彼等は互いを見た。無言の内に、目線だけで会話をかわす。しばらくお互いに押しつけあっていたが、すぐに結論が出る。王太子の警護役であるピネウスが彼の元を離れるわけにはいかず、そうなると必然的にエリアスにお鉢が回るのだ。
初めからそのつもりだったな、とエリアスは思う。それでもそれを顔に出さないぐらいには、彼は強者だった。あるいは、誰よりしっかりラフェドの資質を継いでいるのか。とにかく、結論は、出たのである。
「俺が行きますよ、伯父貴。ピネウスに行けるわけないでしょう?」
「そういってくれると信じていたぞ、エリアス。」
「は、はは。……いってきまーす。」
いつか絶対に度肝を抜いてやる。おそらくは不可能だと思える決意を固める、エリアス。そんな彼の背中を見送って、ピネウスは溜め息をついた。傍らの父親の顔を見る気力は、無かったのである。