12.異端の公子が与えるモノ
その言葉を告げたすぐ後に、エリアスは剣を引いた。返す、と短い言葉と友に剣を差し出し、彼は笑った。その笑顔は少年のようでありながら、ひどく深い色を宿している。そのアンバランスさが、エリアスという青年なのだ。そんな事を、ケフェウスは思った。
「王宮に仕えろ、ケフェウス。」
「エリアス、何度も言うが、私は……。」
「そうするならば、俺が与えてやる。お前の望むモノを。」
「……な、に……?」
静かな言葉だった。ごく当たり前の口調で言われた言葉だったからこそ、ケフェウスは一瞬、その内容を理解できなかった。そして、理解した次の瞬間、彼は呆然と目を見張る。有り得るわけがないと、戦慄く唇が語ろうとした。
けれど、エリアスの瞳は本気だ。彼は嘘偽りを口にしているわけではない。ただ、静かな目をしている。それは一種の賭け勝負をする時の強さに似ていた。生命の遣り取りをする時の。
「与えてやると、言っている。お前が来るなら、俺が死なせてやる。今すぐとは言わないが、必ず俺が、お前を殺してやる。」
「…………出来るわけがない。私は、死ねないんだ……ッ!」
「方法は、ある。一応これでも、色々と調べたんだぞ?一族内に創造神の神託を聞く『導き者』がいてな。ちょっとごり押しして、頼み込んで、方法がないか聞いて貰った。」
「…………ちょっと待て、それは、可能な事、なのか……?」
「さぁな。機嫌が良かったのか、答えてくれたぞ。」
サラリとエリアスは言い切り、その言葉に、ケフェウスは頭を抱えた。尊き『導き者』の事は、彼もよく知っている。創造神・ジュピタリスの言葉を直接聞く事が出来る、数少ない存在の事である。それが生まれる一族が、テバイのシーリン家でもあった。
しかし今のは、職権乱用にも等しいのではないか。そもそも神はそれを許したのか。脳裏をグルグルと駆け巡る思考に、頭痛がする気がした。そんな彼を見て、エリアスはまた笑った。無邪気な子供のそれにも似た、晴れやかな笑みだ。
来いよ。拒絶を予測してもいないだろう、言葉だった。その手を取る事を、彼は信じ切っている。滑稽な事だと思いながらケフェウスは、その手を取った。伸ばした掌が、触れて、重なる。随分と久方ぶりに、怯えもせずに他人の体温を感じたと、不意にそんな事を彼は思った。
「安心しろ、ケフェウス。お前は、俺が殺してやる。……そうだな、俺が死ぬ時にでも、一緒に死なせてやるよ。」
「……まだまだ先の話のようだな。」
「当たり前だ。そうそう簡単に死なれてたまるか。やっと見つけたトモダチだからな。まだ死ぬなよ?」
ニコリと笑った笑顔は、ひどく子供っぽかった。だからこそ、自分が惹かれたのだと、ケフェウスは思った。けれど、不思議な程に、彼は穏やかな気持ちだった。目の前の、異質すぎるシーリン家の公子。だが、決して彼があくどい質ではないように思えるのだ。
「私を殺せると、言ったな?」
「言った。」
「方法は?」
「…………聞くのかよ、普通……?………………あー、お前さ、心臓貫かれても死なないだろう?」
「死なないな。過去に試した事もあるが。」
「試すな、阿呆!」
ボカリとケフェウスの頭を殴ってエリアスは叫ぶ。やれやれと頭を振りながら、彼は言葉を続けた。爽やかな笑顔と共に言われる台詞ではなかったが、エリアスらしいといえばエリアスらしい行動だった。
「その首、ただ一撃で跳ね飛ばせばいいらしい。」
「……一撃、で?」
「流石に自分では無理だろう?誰だって、躊躇う。第一お前は痛覚が殆どないらしいから、皮一枚でも残ってれば繋がるらしいし。」
「…………半分までは、やった事があるが……。」
「だから、やるなというに……。」
呆れたようなエリアスの発言に、ケフェウスは肩を竦めた。彼は彼なりに、死ぬ方法を模索していたのだ。事情が事情だからこそ、神殿を頼るわけにもいかず、一人で、必死に彼は、『死』を得る方法を探していたのだ。それを咎められても、困るというモノだ。
「だからな、お前の首は、俺が綺麗に跳ね飛ばしてやるよ。」
「…………喜んで良いのか?」
「喜べ。『不死者』のお前を、俺が殺してやる。」
笑みさえ浮かべていう青年の、その眼差しに彼は惹かれた。真っ直ぐで、直向きで、何処までも揺らぎ無い強さを宿していたからこそ。そして彼等は、王宮に向けて歩き出した。これから先の長い未来を知る事もないままに。
そしてこの日から、奇妙な二人の友情は、続いていく…………。
END