11.『不死者』の願い
ケフェウスが何も言わない為に、エリアスは再び口を開いた。引き入れると、伯父に約束したのだ。目の前の青年を、手に入れる。自らの陣営に引き入れ、テバイの親衛隊長とする為に。ただ、それだけの為に。
けれど、同時にそれだけではないのだ。求めているのは、エリアスという一個人。初めて傍らにあるべき、特別な誰かを望んだ。そしてその相手は、目の前にいる青年なのだ。それ以外の事実は、エリアスにとってはどうでも良かった。国も、家も、仕事も、何もかもが。
「テバイで宮仕えをする気はないか?」
「……私、が?」
「伯父貴曰く、死なない親衛隊長が欲しいらしい。このところ殉職が相次いでいるらしくて、なり手がいないんだと。」
「……私は、老いる事もない。そんな事出来るわけがないだろう?」
「出来るぜ。」
エリアスは自信たっぷりに笑った。そんな彼を見て、ケフェウスは眉間に皺を寄せる。出来るわけがないと、彼は口を開きかけた。けれどそれを遮るかのように、エリアスは笑うのだ。その笑みの自信に満ち溢れた様に、ケフェウスは魅せられる。まるで、虫が灯に惹かれるように。
エリアスという存在は、只一人そこにあるだけで、多くの者達を惹き付けざるをえない。そのくせ本人はその事に無頓着で、自分が引き寄せた多くの者達を、全て同列に扱う。その中の誰かを特別にする事は、彼にはなかった。或いはそれは、惨さだったのだろう。
けれど、ケフェウスは違う。エリアスにとってケフェウスは、特別になりえる存在だった。たとえそれが彼の思い込みから発したモノであっても。それまでの飢えを満たす為の感情から発したモノであっても。今この瞬間、エリアスがケフェウスを欲している事に変わりはない。
「言っただろう?俺はシーリンの一族だと。解るか、ケフェウス?この国で、シーリン家程力を持つモノはない。それに第一、お前を見つけ出せと告げたのは、俺の伯父。そしてそれは、国王からシーリン家当主に下された密命だ。」
「……王が、望むと?」
「己の為に兵士達が死ぬ事を、陛下は望まない。元来病弱であるせいか、健康な者が死ぬ事に心を痛めておられる。伯父貴は、そんな陛下の心を救いたいという願いも込めて、俺にお前を捜せと言ったに違いないんだ。」
それはエリアスの憶測だった。だが、彼にはそれが事実だと解っていた。伯父の、解り易すぎる価値観、考え方。それらが手に取るように解るからこそ、彼はエリアスなのだ。そしてラフェドは、国王の為だけに、生きている。ならば彼が『不死者』を求めたのが、王の為でなくて何なのだろうか。彼は、そう思うのだ。
そんなエリアスを見て、ケフェウスは頭を振った。彼の望みは、そこにはない。宮廷に仕える事にも、地位にも、名誉にも。ケフェウス・フリーデンという青年が求める者はないのだ。そんなモノは、彼には必要ない。
彼が望むのは、ただ一つ。けれどそのただ一つは、手に入らない。誰にも、与える事は出来ないだろう。ケフェウスが望んだところで、それは手に入らなかった。けれど彼は諦められないままに、各地を旅している。求めるモノを、手に入れる為だけに。
「エリアス、私は、そういったモノに興味はない。欲しいモノは、全く別にあるのだ。」
「……なんだ?」
「言ったところでどうにもならない。それこそ、神でもなければ。」
「…………当ててやろうか、お前が望むモノを。」
「…………エリアス?」
足を踏み出し、エリアスはケフェウスのすぐ傍まで歩いてくる。何時の間に抜き取られたのか、ケフェウスの剣がその手にあった。ぴたりと、エリアスがその刃をケフェウスの首に当てる。呆然と、ケフェウスはエリアスを見ていた。この年下の青年は、常に彼の意表をついた。それは決して、不快な事ではなかったが。
そして、エリアスは言葉を告げる。それはあまりにも無造作に投げかけられたモノだった。けれど、だからこそ真実を過不足無く示す。その言葉が事実である事を肯定するかのように、ケフェウスは、何も言わずにただ、静かに目を伏せるのだった。
「お前の願いは、死ぬ事だろう?」
口元にうっすらと笑みさえ浮かべて、エリアスはそう言った。