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9.陰りに触れる掌

 王宮の廊下を歩くエリアスの腕の中には、束ねられた何枚もの書類があった。たまたま彼と擦れ違った兵士達が、首を傾げている。エリアスは主に足を使って稼ぐタイプの人間で、書類を手にして机の前に座っている姿が珍しいのだ。そんな彼が書類の山を大事そうに手にしているのだから、不思議がられても当然だろう。

 だがしかし、そういった他者の視線を感じないからこそ、彼はエリアスだと言える。平然とスタスタと歩きながら、向かう先はとある一室。乱暴に、無造作に扉を開け放ち、さも当然のように足を運ぶ。部屋の主が、呆れたように溜め息をついた。


「……父上の元へ行ったんじゃなかったのか?」

「行ってきた。で、これ仕事。」

「だから、それで何故私の部屋に戻ってくるんだ、お前は?」

「王宮内から持ち出し禁止だから。机借りる。」

「…………勝手にしてくれ。私は仕事に行くからな。」

「了解。頑張れよー。」

「お前もな。」


 昨夜の事には特に触れもせず、ピネウスは笑う。その従兄の優しさに感謝しつつ、エリアスは机に向かった。ばさりと書類の山を広げて、眉間に皺を刻む。一枚一枚丁寧に目を通す彼には、既に他の音など何一つ聞こえず、何も見えていなかった。そんなエリアスを知っているからこそ、ピネウスは何も言わずに立ち去った。

 どうやら、父に咎められる事もなかったらしい。良い事だと心の中で呟きながら、ピネウスは廊下を歩く。そんな従兄の優しい心遣いに気付いているのかいないのか、エリアスは一度も立ち去っていく彼を見なかった。けれど、仕事に本気になっているエリアスを見るのは、ピネウスにとっても喜びだったのだ。

 広げた書類の数枚を机の片隅に押しやって、何枚目かに捲ったそれを、エリアスは手に取った。そこに記されているのは、十年前の辺境駐屯部隊の名簿。その中の、傭兵部隊の一番上に、その名前はあった。伯父の言葉の通りに。



——傭兵部隊隊長 ケフェウス・フリーデン



 その名前を見つけた時に、エリアスは苦笑した。生真面目なのだろう彼の青年は、常に同じ名前を通している。そこに書かれた身体的特徴と年齢を見て、エリアスは確信する。漆黒の短髪に真紅の双眸の、年齢は24歳と表記されている。この当時その年齢だったのか、それとももっと前からそうなのか。それを調べる手段は、無かった。

 何故ならば、ケフェウスの出身地は、南方諸島としか記されていないのだ。なんていい加減な書類なんだと憤りを感じ始めて、ふとエリアスは、10年前という年の事を思いだした。当時彼はまだ11歳の子供だったが、既に今の性格であった為に、興味を抱いてわざわざ辺境まで足を運ぼうとした程だ。

 その年、テバイ王国と辺境で隣接する小国との間に、小競り合いが起こってしまったのだ。辺境であるが故に主力部隊を向かわせる事も出来ず、したがって戦力不足を補う為に編成されたのが、傭兵部隊だった。その部隊の隊長の過去を洗う程の余裕など、辺境駐留部隊にはなかったのだろう。


「……確かに大変だったよなぁ……。」


 中央であるこの王都ですらも、ざわめいていたぐらいだ。実際の前線も、辺境の国境付近に暮らす人々も、とても日常生活を送れるような状況ではなかっただろう。そんな事を、エリアスは思った。

 その中で、彼はどうして生きていたのか。ケフェウス。死ぬ事の無いであろう青年が、何を思って戦っていたのか。生命を奪う為に、彼が何を思ったのか。それを知りたいと、不意に思った。


「お前が、『不死者』でもそうでなくても、構わない。…………そういう事なんだぜ、ケフェウス?」


 街で何も知らずに過ごしているだろう青年に向けて、独白する。手に入れる。何が何でも手に入れてみせる。そんな誓いだけが、強く強く胸に刻まれていく。いっそ不思議な程に。

 散らばった書類を再び丁寧にまとめて束ねると、エリアスはゆっくりとそれを抱えて立ち上がった。他の書類をどれだけ調べても、これ以上詳しいモノはなかった。ならば後は、実際に当人を相手にするだけだ。そう、彼は決めたのだ。

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