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1-03 週末(1) 土曜日、再会

 明けて翌日は土曜日。学校は休みで、部活の類にも所属していない、いわゆる帰宅部の孝は昼まで寝ていようと思っていたのだが、その目論見はあっさりと崩れ去る。

 何者かが玄関のチャイムを連打する音で孝は夢の世界から強制的に引き戻された。現在の時刻は、午前8時を過ぎたところ。

「誰だよ、こんな朝っぱらからぁ……」

 あまり寝起きの良くない孝が眠い目をこすりながら不機嫌そうに玄関のドアを開けると、明日実が笑顔で立っていた。

「おはよう、孝くん♪ どこかに遊びに行かない?」

 朝からテンションの高い明日実に引きずられるようにして目が覚めてきた孝は驚いた。明日実の格好はすでに遊びに行く準備万端、といった感じの動きやすそうな私服だったからだ。季節は6月ですでに梅雨入りしているが、今日は晴れて気温も上がるようだ。そのため、明日実の格好もそれに合わせて薄着になっている。しかし、残念ながらというかなんというか、明日実は良く言えばスレンダーな体型、悪く言えばつるぺったんな幼児体型をしているため、せっかくの薄着もあまり女の子らしさは感じられなかった。

「…………行かない。おやすみ」

 孝はそれだけ言うと、ドアを閉めようとした。なお、孝の名誉のために追記しておくと、決して、明日実の服装を見て「行かない」と言ったのではない。純粋に、休日なので寝ていたいのだ。

 しかし、明日実が素早く足を挟んでそれを阻止。

「いいじゃん、行こうよぉ。孝くん、わたしが告白したときに言ったよね。『わたしが今の孝くんをちゃんと見てくれるまで、そして孝くんが今のわたしを魅力的だと思えるまでは、返事は保留にし続ける』って。だから、遊びに行こうよ。今のわたしを見て、告白の返事に向けた判断の足しにしてほしいな」

 さすがに孝とて明日実の足がドアに挟まっている状況下で、無理やりドアを引っ張ったり、挟まっている足を踏んづける、といった相手を痛めつけるような真似は好まないので、ドアを閉めようとするのを諦めて再度開き、明日実との話に応じる。明日実は孝が無理やりドアを閉めようとするかもしれない、とドキドキしていたものの、そうされなかったことにホッとし、入学式の日の帰り道で告白した際に返ってきた言葉を引用して再度孝を遊びに誘う。

「わかったよ。ただし、2人っきりにはならない。誰か他の人を誘って仲間に加えること。それが条件だ」

 さすがに、自分で言ったことを持ち出されては孝も誘いを受け入れざるを得ない。だが、明日実と2人っきりになると、彼女が何をしでかそうとするかわからないため、第三者の存在を入れて抑止力にすることを条件とした。

「うーん、できれば2人っきりが良かったけど、そこは仕方ないかな。それで、誰を呼ぶの?」

 明日実はしぶしぶながらも孝の条件を受け入れ、誰を呼ぶのか訊ねた。

「そうだな……勇太に声をかけてみるか」

 候補を決めた孝は一度部屋へ戻り、勇太に電話をかけた。

『もしもし、どうしたんだ? こんな朝っぱらから』

 数コールで勇太が応答した。

「ああ、いきなりなんだが、今日ヒマか?」

『ん? 本当にいきなりだな。まあ、部活は休みだし、予定は特に何も無いが?』

「それなら、ひとつ頼みたいことがあるんだが、ウチへ来てもらえないか?」

『頼みたいこと? なんだよ、孝が俺に頼みごとなんて珍しいな。まあ、いいぜ。普段、勉強面であれこれ世話になってるからな。俺にできることなら引き受けるよ。今から着替えて行くから、30分くらい待っててくれ』

「ありがとよ。じゃあ、待ってるわ」

 孝は電話を切ると、明日実に勇太が来ることを伝えた。孝と勇太はよく一緒にいるし、男女で一緒に練習することはほとんど無いが、勇太も明日実も陸上部に所属しているため、自然と明日実と勇太の面識もできてしまっている。もっとも、明日実は孝しか眼中に無いので、よく顔を合わせる割には2人の関係はただの顔見知り以上にはなっていないのだが。


「おう、来たぞー。……って、古川!? おい孝、これはどういうことだ?」

 およそ30分ほどで勇太がやってきたが、孝の隣に明日実がいるのに気づいて説明を求めた。

「古川さんがここにいるのは、昨日このマンションに引っ越してきた、ってのがまず前振り。で、今日が休みだから、遊びに行こうと連れ出されそうになったわけだ。最初は断ったが拒否しきれなくなってな。だけど、2人っきりになると古川さんが何をしてくるかわからない。だから、遊びに行く条件として、誰か他の人を仲間に加えること、っていうことで勇太を呼んだんだよ。見張りみたいなことをさせるようで済まないんだが、頼めるか?」

 孝は事細かに事情を説明した。電話じゃここまで細かい話は伝わりにくいので、呼び出しが先行するのは仕方の無いことだろう。

「まあ、電話で言ったとおり、俺は孝に借りがあるから、それは構わないんだが、俺であの古川を止められるかは自信ないぞ。それでもいいなら、引き受けるよ」

 勇太は頼まれた役割に驚きはしたが、孝に借りがあるという理由で快くその役を引き受けた。だが、明日実は勇太が到着してから不機嫌そうな顔をしている。勇太は明日実の表情の変化に気づいていたが、孝はそれには気づかなかったのか、それともただ単に気づかないフリをしているだけなのかは判別できないが、ともかく3人はマンションを出発した。


「それで? 遊びに行きたいって言い出した古川さんはどこか行きたい場所でもあるの?」

 とりあえず駅のほうへ歩きながら、孝は明日実に訊ねる。

「えーっと……特には考えてなかったの。実際、どこかに行きたい、っていうよりは孝くんと2人きりで過ごしたかった、っていうほうが正しい気がするから」

 すると、明日実はノープランであることを告白する。

「そうなのか。それなら、適当にぶらぶらするか。まあ、勇太がいるから古川さんの希望は叶えられないけどな」

「むぅ……」

 孝はノープランなことを責めることはせず、ノープランならノープランなりに適当に過ごすつもりのようだ。

 そのまま、孝と明日実が並び、その後ろから勇太が着いてくる、という感じで市街地へ向かって歩を進めていく3人。


「なあ、何も知らない第三者から見たら、俺ってどう見ても仲睦まじい2人を邪魔しようと企む悪者じゃないか?」

 しばらく街中をぶらついていると、勇太がそんなことを言い出した。

「いや、そんなことは……」

 無い、と孝は勇太の発言を否定しようとしたが、言葉の途中でふと明日実のほうを見やり、彼女のあまりの形相に絶句してしまった。

「ヒッ!」

 同様に明日実の表情を見た勇太が悲鳴を上げた。彼女の表情は、笑顔ではあった。だが、孝も勇太もその笑顔の裏に同じもの――般若を幻視していたのだ。

「た、孝……済まない。俺はもうダメだ。こ、これ以上この場にいたら息が詰まってしまいそうだ」

 勇太は震える声で孝に告げると、踵を返して走り去ってしまった。

「勇太っ!? ああもう、さすが陸上部、スタートダッシュは完璧、ってわけか……」

 孝は勇太を呼び止めようと思ったが、あっという間に勇太は人ごみに紛れて姿を消してしまった。

「あれっ? 深溝くん、どうしたのかな? 急用でもできた? でも、これで2人っきりだね。ねえ孝くん、これからどうする?」

 笑顔の裏に般若の表情を隠した無言のプレッシャーを解き、何食わぬ顔でうそぶいた明日実が孝の腕に抱きつきながら訊ねる。

「ああ、やっぱりこうなったか……古川さん、歩きづらいから離してくれないか」

 孝は懸念していた事態が現実のものとなり、顔をしかめつつも、明日実を引き離そうとする。だが明日実もそう簡単に離しはしないと踏ん張り、孝の決意を鈍らせようと上目遣いで見つめるという、そこらの男なら十中八九決意を鈍らせるどころかそのまま陥落しそうなワザを仕掛けた。

 しかし孝は陥落せず、決意を鈍らせることも無く、だが乱暴なやり方はせずに明日実を引き離した。

「なんでそんなに嫌がるのよぉ」

 なおも明日実は孝に抱きつこうとするが、その全てを孝は華麗に紙一重で回避し続ける。しばらくじゃれあうように騒いでいた、その時。

「あら? そこにいるのって……もしかして、八坂くん?」

「え?」

 唐突に名前を呼ばれた孝が振り返ると、孝より少し低いので165cm前後だろうか、女性としては長身の部類に入り、茶色の髪をポニーテールにした、上品な洋服を着た少女が立っていた。

「確かにオレは八坂だけど、キミは? 見覚えがあるような気はしているんだけど、どちらさんでしたかね?」

 顔立ちはどこか見覚えがあるが、孝の知っている人物とはいろいろとかけ離れた部分も多いので、確信が持てずに訊ねた。

「確かに卒業してからいろいろと変わった部分があるのは認めるけど、それでも卒業式からまだ3ヶ月も経ってないのに同級生を忘れるなんて酷くない? 桐生よ。桐生椿きりゅう・つばき。これで思い出した? 八坂孝くん」

 少女は自身に変化があったことは認めつつも、忘れられていたことに少々怒りを滲ませながら、名乗りを上げた。

「ええ!? やっぱり桐生さんだったの!? 髪の色も違うし、髪形も変わってる。あと、当時の一番の特徴だったメガネも無い。まして私服じゃあ、わからないよ。メガネを除いた顔立ちくらいしか、中学のときと同じものなんてないじゃないか」

「まあね、高校入っていろいろあったのよ。だから、本当は怒ってないわ。それにしても、八坂くんはあまり変わってないわね。背がまた伸びたくらい?」

「ああ、今は175cmになった。けど、体重があまり変わってなくてな……」

「あら、八坂くん。それは私を含む世間の若い女性に対する宣戦布告?」

「おっと、失言だったな。聞かなかったことにしてくれよ」

 孝は少女の正体が中学の同級生であると判明したことで、いろいろな話で盛り上がっていた。しばらく話し込んでいると、

「ねえ、孝くん? さっきからお話に夢中だけど、わたしのこと忘れてない?」

 明日実が孝の服の袖を引いて自らの存在をアピールしてきた。

「おっと、ゴメンゴメン。久しぶりに会ったから、つい話し込んじゃった。ああ、桐生さん。彼女は高校の同級生、古川明日実さんだ。で、こっちがオレの中学の同級生、桐生椿さん」

 孝は明日実に謝りつつ、椿に明日実を、明日実に椿を紹介した。

「初めまして、桐生です。ところで、もしかして八坂くんと古川さんはデートの途中だった? もしそうだったら、邪魔をしてしまって申し訳ありませんわ」

 椿は挨拶をしつつ、孝に訊ねた。どうやら孝と明日実が恋人同士だと誤解したらしい。

「いやいや、桐生さんは何を言ってるんだ。少なくとも、今はまだ付き合ってはいないぞ。古川さんとは昨日から家が近所になってな。今日は半ば強引に連れ出されたんだよ」

 孝が椿の質問を真っ向から否定し、一緒にいる理由を説明すると、明日実と椿は対称的な表情を見せた。

「そんな……わたしはもう孝くんと婚約したつもりでいたのに……」

 明日実は残念そうな表情になり、

「あら? まだ付き合ってないの? それなら私にもまだチャンスがある……?」

 椿は2人が付き合ってないのを知って嬉しそうな表情になり、何やらブツブツ呟いている。

「ん? 桐生さん、どうかした?」

 孝が椿の呟きっぽいものを耳にしたが、よく聞き取れなかったので、訊ねてみた。

「えっと、まだ八坂くんは誰ともお付き合いしていない、フリーの状態ってことよね? それなら、聞いて欲しいんだけど」

 椿はそこで一度呼吸を整えてから、

「私、中学2年生で同じクラスになったときから八坂くんのことが好きだったの。その想いは3年生でまた同じクラスになって、もっと強くなった。でも、あの頃は自分に自信が持てなくて、結局卒業するまで言い出せなかったわ。けれど、私は高校に進学して変わった。今なら言える。八坂くん、私と付き合ってください!」

 一息に自らの想いを孝に伝えると、突然のことに何を言われたか理解が追いつかない孝の腕に抱きついた。

「えっ……? 桐生さん、今なんて……って、えええ!?」

 腕に当たる、柔らかい感触に孝は激しく動揺した。椿は中学生の頃から大人顔負けの凶悪なプロポーションではあったが、高校生になった今、そのプロポーションはさらなる進化を遂げていた。

「――――――――」

 一方、いろんな意味で衝撃的なシーンを見せ付けられた明日実は、声を上げることすら忘れて孝と椿に見入っていた。

「返事はすぐにくれなくてもいいけど、まずはアドレス交換をしたいから、後でこのアドレスにメールをもらえる? あ、ごめんなさい。私この後用事があるから、これで失礼するわね。じゃあ、孝くん。またね」

 椿はスッと身体を離すと、カバンからメモ帳を取り出し、自分の携帯番号とメールアドレスを書きとめて孝に手渡し、用事があると言って立ち去った。

「……帰るか」

「……うん」

 「三角関係?」「修羅場?」「リア充め」などなど、周囲の雰囲気なども含めて気まずくなった孝たちが、そそくさとその場を後にして家路に着いたのは言うまでも無い。


 マンションの4階に上がってきたところで、403号室に住む明日実と、408号室に住む孝は別れてそれぞれの家に入っていく。孝は机の引き出しにしまってあった中学の卒業アルバムを取り出し、ベッドに寝転がって眺め始めた。

「中学と高校で、女の子ってここまで変わるものなのか……」

 自分のクラスのページを開き、先ほど偶然の再会を果たした椿を写真の彼女と見比べながら孝は独りごちる。受け取ったメールアドレスには連絡しておいた。

 中学時代の椿は、メガネをかけ、肩ほどまでの長さの髪を頭の左右で三つ編みにした、見た目、性格ともに地味な女の子だった。制服では隠し切れない巨乳を遠慮の無い男子生徒にジロジロ見られて、いつも恥ずかしがってうつむき加減で歩いていたのを孝は覚えている。なお、孝は時折目が行ってしまうことはあっても、他の男子生徒のようにガン見するようなことはしていない。無論、孝とて年頃の男の子。人並み以上に興味はあった。だが、椿のように恥ずかしがってうつむいてるような女の子を無遠慮にジロジロ見るような無神経な人間ではなかった。まあ、当時の友人などには「やせ我慢するなよ」などとからかわれたものだが。

 それが、先ほど会った椿はメガネをコンタクトレンズに変え、黒髪はいわゆるギャルと呼ばれるほど派手ではないが、茶色く染めてあり、髪型は三つ編みからポニーテールへチェンジ。服装は中学時代の彼女を制服姿しか知らないためなんとも言い難いが、髪型などに合わせて、それなりに変わってるのだろう。

「それにしても、まさか桐生さんがオレのことを好きだったなんてな……オレは今のところ誰とも正式に付き合ってるわけじゃないから何も問題はないんだけど、古川さんも一途なのが暴走しがちなだけで別に悪い子ってわけじゃないし……」

 はっきり言って、中学時代の孝は女子生徒に人気があったわけではない。かと言って嫌われていたわけでもなく、単に無関心、どうでもいいクラスメートの1人、そういったポジションだった。それが高校に入った途端、明日実と椿という2人の美少女から想いを寄せられる唐突なモテ期到来。これで戸惑うな、というほうが難しいだろう。

 容易には答えの出せそうにない問題を抱えて、孝の夜は更けていく。


 一方、少し時間を戻して、孝と別れた後の明日実はというと、

「あの桐生さんって人、きれいだったな……それに、あのおっぱい。うらやましいなぁ。このままじゃ、孝くんが桐生さんに取られちゃう? ううん、それはなんとしても阻止しないと……孝くんは誰にも渡さないんだから! 貧乳はステータスであり、希少価値がある存在なんだから!」

 自分の目の前で孝に告白した椿を勝手にライバル認定し、人知れず闘志を燃やすのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回:1-04 週末(2)日曜日、逃亡、そして捕獲。 7/4 06:00 更新予定!

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