1-10 想定外の救援者、そして事件解決。
「ど、どうして深溝くんが……?」
全く想定外の救援に、明日実は戸惑いながら訊ねるが、無理も無い。現在、明日実たちがいるのは北羽村駅の西口側。それに対し、勇太の家は線路を越えた反対側にあり、駅からは歩いて20分以上かかるような場所にあるのだ。普通に考えて、こんな時間にこんな場所にいるとは思えない。
「とりあえず、桐生さんも含めて2人とも無事みたいだな。悪いが、話は後だ。おおよその事情は把握しているから、少しだけ待っててくれ」
勇太はパッと見で明日実や椿にケガがないことを確認すると、小金井が倒されたことで後詰めに来た根来と対峙した。
「お、お前は誰だっ!? じ、邪魔をするつもりかっ!?」
後ろのほうで玖珂が喚いているが、勇太はあえて無視し、根来から視線を逸らさぬまま、声を上げた。
「おい、お前も来てるんだろう? ――小泉」
すると、玖珂の後ろ、椿のマンションの陰で、のそりと影が動いた。
「まあな。おれの家は桐生さんの家があるマンションの隣のアパートだからな。なあ、玖珂とか言ったか。さっき、お前が自白した内容は全部録音させてもらった。さっき、警察に通報もしたから、じきに来るだろう。無駄なことはやめたほうがいいぜ?」
外灯の下に出てきた拓也の手には、愛用のICレコーダーが握られている。いつから暗闇に潜んでいたかはわからないが、彼もまた間接的な救援者と呼べるだろう。
「小泉くんまで……!?」
明日実は拓也との面識はほとんどない。先日、漫画喫茶で孝を追い詰めた際に同席していたくらいで、正直な話、名前も知らず、いわゆる“その他大勢”でしかなかった。代わりに拓也の登場に驚いたのは、椿だった。椿は拓也とクラスメートであり、孝との間柄について新聞部の拓也から取材を受けていたので、孝を除けば1組の男子では最も早く顔と名前が一致した人物、と言えるだろう。
「くそっ! なんでてめえらは大将の邪魔ばかりしやがる!」
すると、背後に現れた援軍に焦りを覚えたのか、根来が悪態をつきながら勇太に襲いかかった。
「それはな、お前らの大将が俺たちのクラスメートをギリギリアウトの犯罪行為をして手篭めにしようとしているからだ。別にお前らが逮捕されようが知ったこっちゃねえが、クラスメートに傷を負わせるわけには行かないんだよ。本当は、孝が自分の手で守りたかっただろうにな。いろんな意味で世話になってる孝のためにも、守り通さないといけないよな!」
勇太は実際のところ、孝ほどケンカ慣れをしていないし、強くも無い。小金井を一撃で沈められたのは、不意打ちであったことと、カウンター気味でほぼ無防備な鳩尾に拳がクリーンヒットしたためなので、真正面から次々に蹴りを繰り出してくる根来には手も足も出ず、クリーンヒットをもらわないように防御体勢を取りつづけていた。拓也が先ほど警察に通報したようなので、このまま耐えていれば勝ちだと思った、その時。
「あっ――」
「ガッ!?」
勇太は突然背後からの打撃を受け、防御体勢が崩れたところに根来のクリーンヒットも入り、地面に崩れ落ちた。
「小金井、助かったぜ。お前は大丈夫か?」
勇太に背後から奇襲をかけて倒したのは、先ほど勇太が乱入する際に一度は倒したはずの小金井だった。ダウンしていたかに見えた小金井だったが、完全に意識を刈り取れてはいなかったのだろう。勇太と根来が対峙しているスキにこっそりと立ち上がり、勇太の背後に回ると、気づいた明日実が声を上げる前に奇襲をかけたのだった。
「ああ、なんとかな。さて、改めて邪魔者を排除するとしよう」
救援に来た勇太が倒されたことで、再び明日実が椿を庇うように立つ。拓也はどうやら後方で玖珂とやり合っているらしく、激しい言葉の応酬が繰り広げられている。今度こそ、邪魔をする明日実を排除して椿に言うことを聞かせるべく、小金井が明日実に襲いかかろうとした、その時。サイレンを鳴らしてパトカーが駆けつけた。
「おまわりさん、こいつらです」
拓也は通報の際、『路上で女の子を待ち伏せし、取り囲んでる不審な男たちがいる』と話したため、被疑者を取り押さえるための警察官が3名、パトカーから降りてきて状況を確認すると、即座に玖珂と小金井、根来を拘束。また、駅前交番から女性を含む2人の警察官が自転車で駆けつけ、椿と明日実を保護すると同時に、傷つき倒れていた勇太、そして玖珂と睨みあっていた拓也も保護した。
「え? じゃあ、孝くんが?」
交番で事情を聞かれる間、椿と明日実は勇太や拓也があの場に現れた理由を知り、驚いていた。孝が勇太や拓也にメールで「杞憂であってほしいけど、椿や明日実が狙われるかもしれないから、北羽村駅周辺、椿のマンションがあるあたりを警戒してはもらえないだろうか?」と頼んでいたというのだ。
「俺も半信半疑だったけどな。まあ、何もなければそれでいいと思って、歩いて来たらちょうど古川が襲われかけてたから、慌てて飛び込んだんだよ。けど、やっぱ俺はヒーローにはなりきれねえな。タイミングよくパトカーが来てくれたから無事だったけど、あと少しパトカーが遅れてたら、大変なことになってたもんな」
勇太は苦笑しながら、自身の力不足を嘆いた。
「そんなことないよ。深溝くんも小泉くんも、少なくとも今日はヒーローだよ。深溝くんはケガとかしてない?」
すると、椿がようやく安心できたのか、自然な笑顔を勇太たちに向け、ケガが無いか訊ねた。
「ああ、不意打ちを受けたところが少し痛いけど、そこまで酷いものじゃないから、大丈夫だ。ありがとう」
勇太は椿のような可愛い女の子に心配されている、という状況に戸惑いを覚えながらも、心配してもらったことに礼を言った。
翌日、椿と明日実は登校するなり職員室に呼び出された。
「昨日、八坂が事故に遭ったという連絡を受けて、保護者の方と連絡を取ろうとしたんだが、全く連絡がつかなかった。古川は最近よく八坂と一緒にいるようだし、桐生は八坂とは中学の同級生だったな。2人は八坂の家庭事情について何か知らないか?」
1組の担任である後藤が、朝から疲れたような表情で2人に訊ねた。
「えっと、確か孝くんのご両親はどこかに旅行に行ってるそうです。孝くん自身も、どこに行ったかはわからないみたいでしたね」
「ええ、孝くんのご両親は年に何回も孝くんをほったらかしにして、っていうと言い方が悪いですけど、そんな感じで夫婦水入らずで旅行に出かけるんです。もちろん、その間の生活費なんかはちゃんと置いていってるみたいですけど」
明日実がまず大ざっぱな事情を話し、椿がそれをフォローするように説明を入れる。
「そうなのか。それじゃあ仕方ないな。今日にでも見舞いに行って、親戚とかの連絡先を聞いてくるとしよう。2人とも、朝から済まなかったな。もう、教室に戻っていいぞ」
後藤は事情を把握すると、行動計画を立てるのだった。
「……そっか。やっぱり、アイツだったか。勇太、それと小泉も、ありがとうな。正直、今回はオレの頼みを聞いても2人にはメリットなんてほとんど無いに等しいから、聞いてくれるとは思ってなかったんだよ」
放課後、椿と明日実、それと勇太と拓也で連れ立って、孝が入院している病院を訪れ、昨夜の顛末を伝えた。担任の後藤は、椿たちが到着する前に来ていたらしく、必要なことを確認すると、慌しく帰っていったとのこと。
「まあな、確かに、桐生さんたちの気持ちは全部孝に向いてるから、俺らにそれが向くことがないのは百も承知で、メリットが無い、っていう孝の言い分は理解できる。けど、だ。小泉はともかく、俺は孝にまだまだ借りがあるし、頼まれた内容が美少女2人の護衛。ちょっとした騎士気分を味わえただけでも、十分だ。それに、実際に対峙してみて、玖珂に桐生さんを渡すくらいなら、孝のほうが数百倍マシだ。お前だって、そうだろう? なあ、小泉?」
勇太は孝の言葉を肯定した上で、反論を並べ立てる。孝から考えればメリットの無い依頼でも、考えようによってはメリットになり得るようだ。
「そりゃそうだ。おれは玖珂と直接会話をしているが、あんなのに着いていく女の子なんかいるわけがない。それはそうと、アイツは警察署の署長である父親が逮捕の事実をもみ消していたらしいが、それはもうさせやしない。アイツの自白を収めた音声データは今朝のうちに現職の記者をやってる親父に渡しておいたから、今ごろ嬉々として証拠集めに奔走している頃だろう。最近、警察の不祥事ばかりが報道されてるけど、ついには警察のトップクラスの不祥事だからな、かなりでかいニュースになるぞ。クク、そうなれば、アイツは破滅だ」
小泉は小泉なりに、すでに動いているようだ。クラスメートを守るために、やっていることはけして間違っているとは言えないのだが、言い方が悪役っぽいのはなぜだろうか。
「ああ、そうだ。八坂にはもうひとつ、話す事があったな。例の記事の件だが、部内の競争には勝てなかった。もう1人の1年生の記事が採用されたよ。せっかく取材に協力してくれたのに、済まなかったな」
すると、拓也は話題を変えて、校内新聞の掲載権争いに敗れたことを伝えた。
「そうか、まあ本音を言うと、記事がお蔵入りになってくれたほうがオレとしては正直助かると思っていたから、謝ってもらう必要は無いな。それと、取材の報酬にしていたカツサンドは、昨夜の一件で相殺して貸し借りなしってことでいいぜ」
しかし孝はそのことを残念に思う素振りなど微塵も見せていなかった。それどころか、とてもイイ笑顔で、本当は食べたかった報酬のカツサンドも孝からの頼みごとによって相殺することも提案した。
「うわ、その笑顔がなんかムカツク。けど、まあ、仕方ないな。自分で報酬として提案しておいてなんだが、正直カツサンドを買うのは大変だと思ってたから、助かったと思うのも否定できない。ところで、また話は変わるが、何日くらい入院するんだ?」
拓也は孝の笑顔にこめかみをヒクつかせながらも、提案を受け入れた。そこでさらに話題を変えて孝に訊ねる。
「ケガ自体はそこまで重いわけじゃない。けど、撥ねられたときに頭を打っている可能性があったから、その検査をして、結果待ち。たぶん、今夜中には出ると思う。何も異状が無ければ、数日中には退院できるぜ」
孝は先ほどまでの、見た者をイラッとさせる笑顔から自然な笑顔になって答えた。
数日後。県警羽村署の署長を務めていた玖珂久則が不祥事で辞表を提出した、とテレビや新聞のニュースで、一斉に報じられた。署長の息子が事件を起こして逮捕されたことそのものも不祥事と言えばそうなるが、それ以上に、署長自らがその事件をもみ消して逮捕の事実を無かったことにしていた件、そしてその息子がストーカー行為に絡んで反社会的な組織との繋がりがあり、故意に事故を起こさせて殺害を謀ったなど、次々に出てくる事実に、署長は涙を流して警察官としての辞表を提出した。その後、元署長は自らマスコミの前に姿を現し、釈明会見を開いた。曰く、「大切な息子のため、権力を濫用したことは事実であり、警察組織への信用を失うことをしてしまったこと、大変申し訳なく思う。しかし、反社会的組織とのつながりは息子が私の知らない間に個人的に持っていたものであり、私自身は関わっていないことをどうか信じていただきたい。また、ストーカーの被害に遭っていた女性の方、そして事故に見せかけて殺害されかけた少年やそのご家族には、これから私と息子で生涯をかけて償いをしていく所存であります。このたびは、大変なご迷惑とご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」と語った。
また、そのニュースがお茶の間を席巻したのと同日、検査で異状が見られなかった孝が退院した。付き添うのは、毎日見舞いに来ていた椿や明日実の他、事故の知らせを聞いて北海道から飛んできた孝の伯父、孝太。
「伯父さん、わざわざ北海道から来てくれて、ありがとう」
車が無いため、呼んでもらったタクシーに荷物を載せながら、孝が孝太に礼を言った。
「気にするな。孝介が連絡取れない以上、私がお前の保護者代わりだ。確かに、北海道から出てくるのは大変ではあるが、それ以上に大変な目に遭った甥っ子のためなら、どうってことはないさ」
すると孝太は、孝の頭をポンポンと撫でながら、笑い飛ばした。病院のロビーに設置してあるテレビには、羽村署の元署長の釈明会見の様子が生中継されているが、孝たちはそれを一瞥すらすることなく、タクシーは、病院を後にしたのだった。
孝の家に戻ってひと段落ついたところで、伯父の孝太は北海道へ戻らねばならなくなり、慌しくタクシーを呼んで北羽村の駅へと向かっていった。
「今日のお夕飯は私たちで作るから、孝くんは座ってて。私は買い物に行ってくるから、明日実は孝くんが無理をしないように見張っててもらえる?」
ある程度片付けたところで時計を見ると、夕暮れ時であったため、椿と明日実は夕飯を作るための役割分担をすることにしたのだが、予想もしていない分担に、孝も明日実も驚いた。
「え? 1人で大丈夫なのか?」
「それに、わたしを孝くんの見張りに残す、って……椿が見ていない間に抜け駆けするかも、とか思わないの?」
孝と明日実、それぞれの想いを如実に示した問いかけに、
「大丈夫よ。だって、玖珂くんは当分社会に出てくることはないはずだし、明日実だって、退院したてで疲れている孝くんを襲うような酷いことはできないでしょ? だから、大丈夫」
椿は笑って答えた。その瞳の奥には確固たる意思が見て取れる。
「まあ、それはそうなんだけどな。でも、やっぱりダメだ。第2、第3の玖珂みたいなのが出てこないとも限らない。みんなで行こう」
「そうね、確かにわたしも今の孝くんを襲うようなことはしないと言い切れるけど、そうなると今度は椿だけに食材の買出しを任せるのはね。いくら料理は一緒にすると言っても、わたしが納得できない。だから、一緒に行くわ」
だが、孝も明日実もそれぞれの想いがあり、椿を1人で行かせたくないという点では一致している。しばし、それぞれの主張をぶつけ合い、最終的には椿が折れ、3人で買い物に出ることになった。
近くのスーパーでジャガイモやニンジン、豚肉などを買い揃え、夕飯は宣言どおり椿と明日実が力を合わせて孝をキッチンから締め出し、肉じゃがを作った。
「うん、美味しいよ」
3人で食卓を囲み、ホクホクのジャガイモをひと口食べた孝は、満面の笑みで言った。途端に明日実の表情も緩む。緊張していたらしい。
「良かったぁ。今回の味付けは古川家のレシピを使ったから、孝くんの口に合ってホント、良かったよ」
明日実も笑顔になって、家の味付けが受け入れられたことを喜んだ。
「ねえ、孝くん。お味噌汁はどうかな? こっちは私が担当したんだけど」
すると、今度は椿が味噌汁を勧めてきた。それを受けて、孝が味噌汁のお椀を手に取り、ひと口啜る。中の具はオーソドックスに豆腐と油揚げだった。
「うん。濃くも無く、薄くも無い。ちょうどいい感じだよ」
孝はよくあるグルメ漫画のように、味にうるさいわけではないので、細かいところまで気にすることはほとんど無いが、それを除いても、椿の味噌汁の味はちょうどいいものだった。
「ごちそうさま」
『ごちそうさまでした』
病院の食事は量が少なめで、食べ盛りの孝にとっては物足りない量だったため、退院して最初の食事になるこの夕飯は、明日実の作った肉じゃがをおかずに、米を茶碗で3杯、味噌汁を2杯。腹八分目という言葉はどこへ、と椿や明日実が思うくらいに食べた。椿や明日実もとても美味しそうに食べる孝の姿に釣られそうになりながらも、普段の食事量で抑えていた。
「あのさ、椿。明日実。入院している間、あのことをずっと考えていて、結論を出したよ。2人とも、心の準備はいい? いきなりすぎるのは自分でもわかってるけど、待たせてしまった分、オレとしては早く伝えたい。でも、2人がまだ心の準備ができていないなら、明日以降にずらすよ」
食後の片づけを済ませ、ひと段落ついたところで、孝がそう切り出した。
「えっ? う、うん。大丈夫だよ」
「わ、私も大丈夫。孝くん、聞かせて?」
唐突な話に、明日実も椿も戸惑っているが、話を聞くための心の準備を整えた。
「わかった。じゃあ、言うよ――――」
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