近豪熊吉(こんごうくまきち)VS姫秦稔(ひめはたみのる)
闘技場には選手控えという名の様々な店舗が立ち並ぶ。その中の一つ。しなびた屋台にてひとりの男が飲んでいた。熊と見紛うほど豪快かつ粗暴な飲み方である。焼酎の瓶をトンとおいて、ため息をついた。
「たぁー! 夢やというのになんでこんな酒がうまいんやろか。ああ、夢やからか?」
男の名を近豪熊吉。日本のとあるヤクザの事務所にいた名うてのゴロツキである。今しがた連戦を勝ち抜き、人心地ついていた頃だった。
そこへふとひとり、小柄な男性が暖簾を分けて入ってきた。
「おやっさん、がんもとはんぺん。あとビールね。うぉ!
「ああ?」
適当に注文をしていたかと思えば素っ頓狂な声を上げて仰け反った。先客の厳しさに驚いたのだろう。
「あ、い、いやすいませんね。ハハ……」
一見すると小柄でひ弱そうに見える青年だ。だがその腕は引き締まり、腰にはそれを示すように小太刀が備えられている。熊吉はそれを日本酒を煽りつつなんとなしに見た。
「なんぞ謝ることないやんけ。俺のナリみてきも冷やしたんやろ?」
意地の悪い声を漏らしつつコップの底を飲み干しているるところだった。気味の悪いアナウンスが流れる。
「ええー、これよりぃー、近豪熊吉と姫秦稔の死合をはじめますー。準備はー? よろしいですね! 今回の舞台は世紀末OOSAKA! それではれでぃーふぁい!」
苦言を呈する暇もなく、熊吉は試合会場に飛ばされた。
「おいこらまたんか――んん?」
顔をしかめて周りを見渡す。懐かしき大阪の街。しかしその様子は活気あるものでなく、退廃し、生き物の気配さえしない荒廃したものになっていた。砂風が一陣吹く。
町並みに呆気にとられていると、背後で靴音がした。
「うわ、さっきの人か」
振り返ると先ほどの、特徴のない青年がいた。依然おびえている様子だ。
「ああ、なんぞお前が相手かいな」
青年は顔を引きつらせながら頷く。よほど嫌なようだ。いかな金剛熊と言われたゴロツキでも内心はガラスのハートだ。すこしばかり傷つく。
「なんや、そこまで怯えんでもええがな。失礼なやっちゃのお」
「と、とはいってもですねぇ……」
一息はいて熊吉が構えた。型も何もない路上で鍛えた我流だ。眼光鋭く敵を射抜く。
青年、稔もそれに応じる様にすっと構えた。
まぁ、まずは一発。ご挨拶程度に。その気持ちのままに強く地面を踏みしめて、相手に迫る。
――迫るはずであった。踏みしめたと思った時。既に目の前に手裏剣が投擲されていた。
「ううぉ!」
思わず後退した熊吉に対して、懐にいち早く迫った稔は小太刀を横薙ぎに振るう。熊吉のシャツが切り裂かれる。
ふぅ、と緊張をほぐすように吐息を一つ。先ほどの震えはもうないようだ。稔は半身となり、正中線に沿うよう構えている。
熊吉は舌打ちをしつつ、構え直す。口元には笑が現れた。傷は既に塞いだ。
「なんやお前。さっきまでのは芝居っちゅうことかいな」
憎たらしげに顔をしかめて文句を放つも、相手は困ったように眉間にシワを寄せた。煮え切らない様子に熊吉の堪忍袋がはち切れる。
往生せえやクソガキ、と吠えながら近場にある食いだおれ太郎のマネキンを拾い、投げつける。きりもみ回転しながらマネキンが稔に差し迫った。
避けきれないと判じ、パンと柏手を打つ。神鳴り。雷。
カッと稲光が地面に粉塵と衝撃波を撒き散らせながら落ちてきた。その余波が熊吉に降り注ぐ。
得体の知れない力にその身を焼かれる。全身を焼かれ、再生に努める。
「ハッ。けったいなことしよるのぉ。これが魔法っちゅうもんか……あ?
傷は塞がった。傷が塞がれば痛みはないはずである。だが、腕の感覚、しびれがまだ残っていた。
「神に対して拝み、手を鳴らす。すなわち神鳴り。言霊やモノに対して日本は古来から意味を考えてきました。刀もその一つ」
熊吉がハッとして胸元をなぞる。刀傷は癒えているが、薄く痛みが走った。
「人、霊体は常に穢れをまとっています。それを払い、清めるのが祓刀。……降伏してくださいませんか?」
申し訳なさそうに申し出る。いかな茶番とは言え相手を叩き切るのはためらいがあるようだ。
「お前、なしてそこまで嫌がっとるんや?」
イマイチよくわからないが、得体の知れない力のせいで回復が追いかないとだけ記憶する。
相手は少し構えを解いた。
「人を傷つける。迷惑をかける。それが心底嫌なんですよ。ただそれだけ。それが僕の信念ですかね」
稔をじっと見る。息を吐いた。
「おお、そうかい。坊主。せやけどなそれじゃあお前息苦しうてしゃあないやろ」
大振りに構える。大手を上げ、一見すると隙しかない。だが威圧感は跳ね上がった。
「ここはなんぞ夢の中みたいなもんや。お前さんの練り上げた技やらなんやら全部俺にぶつけてこいや」
目を閉じ、幾秒か。青年はすっと小太刀を構えた。
上体をぶらさずことなく、移動。コマ送りのように駆けてくる。見え、捉えることは難しいだろう。だが、相手は確実に、斬りに来る。
霊体に傷を負わせるその刃を熊吉は真正面から受け止めた。刃は肩口から入り、胸元でとどまった。
稔の顔に驚きの表情が満たされる。
「どや、人間そないにやわなもんじゃないやろ
がっとその顔をつかみ、地面に叩きつける。いくらか体が強化されていたようだが、その威力に負けたのか動かなくなった。
それを見届けると、熊吉は懐からタバコを取り出し、一服するのであった。