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人肉パティシエ、フレッシュ・ブラッディ・メアリーを作る2

「ケビンの血だったなんて…」

 と僕はつぶやいた。

 トードーが帰った後、僕は夕方の開店時間が迫った店の掃除をしている。僕が盛大に吐いたものだから、店の床は酷く汚れて酸っぱい匂いもしていた。

 リズがふてくされてどこかへ行ってしまった後、ボブは僕に店の掃除を言いつけた。

 僕は胃の中が空っぽになってしまって、酷く気分が悪かった。それをボブに言うと、店の掃除が終わった後に食事をさせてくれると言った。

 とにかく開店時間までに店を綺麗にしなくちゃならなかった。

メアリーがどこかへ電話をしている。

「ええ、そうなの。とても新鮮な肉が大量に入荷したの。ですから、どうかとお得意様にはこうしてお知らせしてるのよ。ええ、もちろん。ええ、ええ、そうなの。昨今では肉の入手も難しいですものね。それがねえ、そうなの。日本のお友達が特別に譲ってくれたのよ。素晴らしいでしょ」

 メアリーは上機嫌だった。

「さて、ボブ! 今夜はお得意様が三組もお見えになるわ。メニューを考えなくちゃ!」

 電話を置いてからメアリーは厨房のボブにそう叫んだ。

「ああ、分かってるさ。だからこうして肉を焼いてるんだろ」

 確かにジュウジュウという音と香ばしい肉が焼ける匂いが店に広がっている。

 ボブが焼き上がった肉を皿に入れる時には僕は床の掃除を終えて立ち上がったところだった。バケツにモップと洗剤を入れて、店の前の水道で洗ってから外に干す。

 雨はすっかりやんで、先ほどまで真っ暗だった空はすでに明るくなっていた。

「トミー! 肉を食わせてやるぞ!」

 とボブの声がしたので僕は店の中に入った。

 熱々の鉄板に乗ったステーキにポテトとにんじんが乗っていた。

「さあ、食え、うまいぞ。今夜は客が多い。忙しいからな。先に食っといてくれ」

「う、うん」

 僕はカウンターの椅子に座った。

「この肉は?」

「肩肉だ。筋肉が発達していて、いい肉だ。うまいぞ」

「バスケット選手だったわよね。ジョーンズは」

 とメアリーが言った。

「ジョ、ジョーンズの肉を食べろって言うの?」

 ボブとメアリーは顔を見合わせた。

「食わんのか?」

「で、でも、ジョーンズの肉って…」

 僕は酷く慌てたように肉とボブの顔を何度も見た。確かに肉はうまそうな匂いをしているが、僕には友達を食べるなんてとても出来ない。

「ねえ、トミー。何故、私達があなたをこの店で雇っていると思う?」

 と、メアリーが言った。

「え? 僕のお祖父さんと知り合いだって聞いてるけど…それでバイト先を探してた僕を紹介してくれたんだよ。パパが」

 メアリーは満足そうにうなずいた。

「そうでしょ? そして、今夜のお客様の中にはあなたのお祖父さまもいるのよ」

「え?」

「あなたのお祖父さまはうちの店の上得意客なのよ」

「え…それはつまり…」

「お祖父さまだけじゃないわ。あなたのパパもママも今夜はお客様として来るのよ」

「パパも…ママも?」

 メアリーは優しくうなずいて、

「さあ、だから今夜は忙しいの。早く食事を済ませてちょうだい。あなたのママも肉料理は得意でしょ? きっとあなたのママのお料理と同じ味がすると思うわ。あなたのおうちで出ていた肉は肉屋さんでは買えないのよ」

 と言った。

「…」

「トードーのレシピ通りに作ってみたんだが、どうだ?」

 とボブがグラスに満たした赤い飲み物をくれた。

 グラスの縁にはレモンがささっていた。

 僕の喉がごくっとなった。トードーに飲ませてもらった、フレッシュ・ブラッディ・メアリーはもの凄く美味しかったんだ。

 僕はグラスを手にして一気にそれを飲んだ。

「美味しい…ボブ、これはもの凄く美味しいよ!」

「そうか、そいつは良かった」

 僕を見てメアリーが笑って、

「あなたのお祖父さまはルーマニア出身だったものね。トミー、あなたお祖父さまにそっくりだわ」と言った。

 その夜は大盛況だった。

 僕の家族のみなでボブの店へ来て、おおいに飲んで食べた。

 他にも地元じゃ有名な弁護士の先生に、大学の学長まで来てたんだ。僕は成績がいいから学長も僕の事を知ってたし、何よりお祖父さんの知り合いだったって事にもびっくりした。

 何だろう。知らなかったいろんな事を知って、僕は変わったような気がするんだ。

 今まで自信がなかった事にもチャレンジ出来そうな気がする。

 ケビンの血を飲んだから少しは女の子と上手に話せるようになるかもしれないし、ジョーンズの肉を食べたから、運動神経が発達するかもしれないね!

 そうやって誰かのいいところを取り込んでいけば、いつかは僕も弁護士になれるかも、大学の学長になれるかもしれない。

 そうしたらリズともうまくやっていけるかもしれない、なんて思うんだ。

 その夜、僕は素晴らしく満足して、そして眠りについた。

 その数分前に思いついた事を明日やってみようと思いながら。



 翌日、僕は朝早くからホテルの前で待機していた。

 いつトードーとミサトが出てくるか分からなかったから、早朝からこうやって待ってるんだ。ボブの話では今日、オアフ島を出て他の島へ回るらしいから、二人に会えるのは今日が最後のチャンスだ。

 二人が出てきたのは午前中も半ば過ぎてからだった。大きなスーツケースをごろごろ押してホテルの玄関へ出てきた。

「トードー!」

 と僕は声をかけた。トードーが僕に気づいて、ミサトへ何か言った。ミサトは僕を見て少し微笑んだ。何て可愛らしいんだ。悪魔だなんて言って本当に申し訳ない。ミサトは素晴らしいハンターだって事はもう僕にも分かっている。

「何の用だ」

 とトードーが言った。

「謝りたくて…その…ミサトの事を悪魔だなんて言ってごめんなさい。ミサトは素晴らしいハンターだって、ボブやお祖父さんに聞きました。それに、あなたの作ってくれた、フレッシュ・ブラッディ・メアリーはとても美味しかった」

「へえ」

 とトードーが言った。含み笑いっていうのか?  何ていうんだろう…少しだけ人を馬鹿にしたような笑いだった。

 ミサトがトードーに何か言った。トードーがそれに返事をすると、ミサトはあからさまに気の毒そうな顔で僕を見た。

「あの…何か」

「ミサトはあの肉を食う奴の事が好きじゃないんだ。あの肉を食う奴とは友達になりたくないらしい」

「え、でも、ミサトはハンターなんでしょ?」

「まあ、人の趣味はそれぞれだからな。お前がミサトを悪魔と思うのも勝手だし、ミサトがお前を嫌うのも勝手さ」

「そうなんだ…」

「ミサトは趣味を楽しんだだけだから、肉を調達した礼を言う必要はない」

 僕は酷くがっかりした。

 昨日の事を謝って、そして連絡先を交換してもらえないかな、と思ってたからだ。

 いつか日本にも行ってみたい、なんて期待して来たもんだから。

 やっぱり日本人てよく分からないや。

「そうだ、ついでにこいつをボブに渡してくれないか」

 とトードーがミサトの手荷物を僕に差しだした。

 その時、ミサトがトードーに抗議したのだが、トードーが少しきつい口調でミサトに言い返した。ミサトは唇を尖らせて、つんとよそを向いた。

「何です?」

 僕は小さなバッグを受け取った。見覚えがあるぞ。これはミサトがジョーンズに襲われた時に持っていたブランドのバッグだ。やけに重い。

「何でもいい。頼んだぞ」

 トードーは面倒くさそうにそう言った。

「え、ええ」

「じゃあな」

 とトードーが言い、ミサトは僕にぎごちない笑顔を向けた。

 二人が手をつないで去って行くのを僕はしばらくその場で見ていた。


 後日談だが、ミサトのバッグをボブに渡すとボブはそれの中身を見て酷く興奮した。

「こいつは高く売れるぞ!」と言ってから、

「いや、やっぱり売るのはやめて、店に飾ろう。この店の目玉になるぞ! 日本人ハンターが実際に使用した武器だからな!」

 と言い直した。

「この業界も競争が厳しいからねぇ。トードーとミサトが機嫌を直してまた来てくれればいいわね」

 とメアリーが言ったので、やっぱり僕は二人に会いに行きたい、と思った。

 明日から語学は日本語のクラスを取ろう! そして、日本に行くぞ!

 とても、とても、楽しみだ。


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