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人肉パティシエ、ミートパイを作る2

「ねえ、ちょっとつきあってよ」

 とリズが言うので、僕は厨房の方を見た。ボブとメアリーはトードーと話しをしている。リズが店を出て行ってしまったので、僕は慌ててその後を追いかけた。 

 リズはずんずん歩いて行く。ふいと角を曲がると世界が変わる。いきなり日本人の洪水だ。いや、日本人だけじゃないかもしれない。中国とか、その他のアジア人もいるかもしれない。けれど、僕たちはみんな日本人だと思っている。だって、違いなんてどこにあるんだい? 言葉は通じないし、無表情だし、値切るし。アジア人だけじゃない、白人だって黒人だって、バカンスに来た奴らはみんな一緒だ。

 自分たちの憂鬱や疲れをみんなここに置いて帰るだけさ。

 僕たちのハワイはそんなやつらを癒し続けてる。もちろんそんな事ではこの地、ハワイはびくともしないさ。でも、時々、疲れてしまわないかなぁと思うんだ。

 そんな事を考えながらも僕はリズの後を追った。

「いたわ」

 とリズが急に立ち止まったので、僕はその背中にぶつかった。ふごっ。リズのブロンドからつんといい匂いがした。僕はぶしつけな男じゃないけど、リズの髪の毛があんまりいい匂いだったからほんの少しだけ鼻で匂いを深く吸い込んだ。

「ねえ、トミー!」

「え、な、なんだい」

「あの、金物屋の前にいる日本人よ」

「へ?」

 眼鏡を直してリズの指す方を見た。確かに小さい日本人女性が立っていた。

「あれがミサト」

「トードーの?」

「ええ」

 リズは忌々しそうにミサトの後ろ姿を睨んだ。

「ねえ、ちょっとあの日本人から目を離さないで。いい?」

「う、うん」

「絶対に見失わないでね!」

 そう言うとリズは僕から少し離れて携帯電話を取りだした。

 僕はリズの言いつけを守って、ミサトを見ていた。

 大学の友人には「リズの犬」と言われているけど、それは皆の嫉妬だって事は分かってる。皆はリズに必要とされていない。けど、僕は違う。リズには僕が必要で、僕はリズの為ならなんでもする勇気があるんだ。

 ミサトが店の中に入ったので、僕は店の入り口まで行ってみた。さりげなく中をのぞくとミサトが買い物をしている。こんなさびれた金物屋で何を買ってるんだろう。日本人ってのは本当に何でも買うんだな。

 ミサトが袋を持って出てきたので僕は慌てて、横へよけた。背中を向けてやり過ごす。ちらっと見たミサトはとても可愛らしい女性だった。リズがブスと言ってたけど、全然違う。日本人の美の基準は知らないけど、僕は凄くチャーミングな女性だなと思った。

 確かに小さいし、華奢な感じがする。でも、ウサギを仕留めてくるくらいなんだから行動力のある女性なのかもしれない。

 ミサトが歩き出したので、僕はその後をつけた。ミサトはきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていたが、やがてホテルの入り口から中へ入って行った。

 いきなり胸ポケットの携帯電話が鳴ったので慌ててでる。

「トミー! どこなの? ミサトは?」

 とリズの声が飛び出した。

「ミサトはホテルの中に入って行ったよ」

「そう、そのまま見張っててね」

 と言って電話は切れた。

 見張っててと言われても、これだけ日本人がうろうろしてる中でさっき見たばかりのミサトの顔なんて見分けられない。ミサトが出てきても、分からないかもしれない。

 ミサトを見失ったらリズが怒るだろうか? 僕は成績はいいけど、行動力はないんだ。三十分ほど過ぎて、それにしても今日のバイト代はどうなるんだろう、そんな事を考えていたら急に背後から膝かっくんをされた。

 僕はこういうジョークは好きじゃないんだけど、と振り返ったら、

「よう! 犬君」

 と頭上から声が落ちてきた。

「ジョ、ジョーンズ、どうして、君が、ここに?」

 僕はずり落ちた眼鏡を直した。僕の背後には巨大な黒人。彼はジョーンズ、ハワイ大学のバスケットボール選手で運動神経はいいらしいけど、成績はとてつもなく悪い男だ。

 乱暴者だから僕は嫌いだ。

 その横にはケビン。金髪白人のケビンは超いい男だ。でも素行は悪い。最近の娘は少々悪い男の方が格好いいらしく、ケビンは大学でも最高にもてる男だ。

 でも意地が悪いから僕は嫌いだ。

「ねえ、トミー。フロントへ行って、ミサトを呼び出してよ」

「え? どうして?」

「ミサトと話がしたいの」

「は、話?」

「そう」

「で、でも」

 消極的な僕を見てジョーンズが指をぽきぽきと鳴らした。

「犬君、女王様のいいつけが聞けないってのか?」

「そ、そんな。でも、なんて言って?」

「そんな事は自分で考えろ」

「う…ん、ねえ、こうしない? まずはハンバーガーでも食べて落ち着こうよ。もちろん僕がおごるからさ。それからどうやってミサトを呼び出すかみんなで考えるんだ」

 いいアイデアだと思ったんだけど、リズは腕組みをして僕を睨んだ。

 ジョーンズが僕の頭をぽこんとたたいた。だから乱暴者は嫌いなんだ。

「お前とバーガー食ってもうまくも何ともねえよ」

 とケビンが馬鹿にしたように言った。

「だって…」

「ちょっと! 出てきたわ。ミサトよ」

 リズの言葉にいっせいに視線がミサトの方へ走る。

 ミサトはさっきと同じようにビニール袋をぶら下げていた。

 足取りがゆっくりなのは行く方向が決まっていないからだろう。左右を見渡しては思案するような顔をしている。

 やがてぶらぶらと歩き出した。リズがその後を追うように歩きだしたので僕達もついていった。ミサトはショーウインドウを眺めながら暇そうに歩いていたが、やがて一件のブランド店の前で止まった。飾ってあるバッグを眺めてにこにこしている。そして店の中に入って行った。

 ミサトはすぐに出てきた。ブランドのロゴの紙袋を持ってるので、買い物をしたみたいだ。彼女はとても上機嫌のように見えた。それからまた歩き出したが、すぐに近くのハンバーガーショップでハンバーガーを買って食べた。バーガーをコークで流し込む。そこの店のバーガーはまずくて有名なのに。

 素早く食べ終えた彼女はブランドの袋から買ったばかりのぴかぴかしたバッグを取り出した。持っていたビニール袋から何かを取り出して、そのブランドのバッグに入れ替えて満足したように笑った。

 そして荷物を持って立ち上がった。

 来た道へ方向転換したので、またホテルへ戻るのかもしれない。

「ジョーンズ、ケビン、頼んだわね」

 とリズが言い、二人は「おう」とか「オッケー」とか言った。

「トミー、あんたはこれ」

 とリズは僕の手にデジタルカメラを渡した。

「何?」

「写真を撮って欲しいの。出来たら動画もね」

「何の?」

「これからジョーンズとケビンがする事の証拠として写真撮ってきて。ついてけば分かるわ。あたしは店に戻ってるから。じゃ、お願いね」

 リズはさっさと僕たちに背を向けた。

 ジョーンズが「行くぞ」と言い、ケビンと一緒に歩き出した。

 仕方なく僕はカメラを手に二人の後をついて行った。


 ジョーンズとケビンが乱暴にミサトの腕を掴んで歩き出した。

 ミサトは少し抵抗したが、大人しく歩き出した。途中で財布から札を出してケビンに差しだすとケビンはそれを受け取ったが、ミサトを解放しなかった。

 二人はミサトをさびれた通りの倉庫に連れ込んだ。この辺りは繁華街からすぐ近くなのに、本当にさびれている。浮浪者がうろうろしてるし、夜には繁華街を歩く日本人達をカモにしようとする悪い奴らがたまってたり、柄の悪いバイカーが来ては騒いでいる。

 僕は恐る恐る倉庫の中をのぞいた。

 ジョーンズとケビンはミサトに乱暴するつもりなのか?

 僕にそれを写真に撮れって言ってるのか?

 リズはそんな悪い事を僕に頼んだのか?

 頭の中がぐるぐるしててどうしていいのか分からない。

 そっと倉庫の中に入る。古タイヤが積んである後ろに隠れる。

 ジョーンズがミサトの顔を殴った。ミサトの華奢な身体は横倒しに倒れた。ミサトはさっき買ったブランドのバッグを大事そうに抱え込んでいる。

「本気でやるのかよ」

 とケビンが札を数えながら言った。

「もちろんだ。日本人とやれるんだぜ。こんなチャンスねえ。おい、犬! 隠れてないでちゃんと写真に撮れよ!」

 とジョーンズが隠れてる僕に対してそう言った。

 僕は決心がつかないまま、物陰で震えていた。

 ジョーンズがミサトに何をするのか想像はつく。

 だけど、僕じゃ助けてあげられない。

 何よりそれを指示したのがリズだ。どうしてなんだリズ。

 頭を抱えている僕の耳に悲鳴が入ってきた。

「ぎゃっ」という野太い声。そして「ヘイ!」というケビンの声。

 そっと覗くと、立ち上がったミサトが何かでケビンの頭を殴りつけたところだった。

 ジョーンズは倒れて、ぴくりとも動かない。

 ミサトは銃のような物を持っていた。倒れたケビンの足を撃っている。その度にケビンの身体が跳ね上がる。ケビンが弱々しく許してくれ、と言ったが、ミサトには聞こえてないみたいだ。ミサトはすすり泣くケビンをしばらく見下ろしていたが、ケビンの顔面に何発もの弾を撃ち込んだ。いや、銃じゃないのかもしれない。ほとんど音がしないからだ。

 ケビンの身体が跳ねて跳ねて、血と土に汚れて汚くなってしまってから、ようやくミサトは銃を撃つのをやめた。

 それから今度はジョーンズの方へ向かってまた銃を撃ちだした。ジョーンズはすでに死んでいるのだろう。声を上げなかったし、動きもしなかった。

 ただ、両目の辺りに何かが大量に刺さっているように見えた。

 ミサトはジョーンズとケビンの死体を見下ろして、満足そうに笑った。

 その笑顔は素晴らしくチャーミングだったが、心底恐ろしかった。

 彼女は殺人鬼だ。

 僕は息をひそめた。見つかったら僕も殺されるのは明らかだ。

 ミサトは銃をバッグにしまってからケビンのポケットから札を取り戻した。

 そして、何もなかったような顔で倉庫を出て行った。



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