快楽殺人者、ハワイに行く5
黒人はやけに太った大男だった。ズボンをずらしながら私に近づいてくる。私を見下ろして何か言っている。英語は分からないが、何を言ってるのかはだいたいの想像がつく。
「俺は泣き叫ぶ女を殴りながらやるのが好きなんだ」とか何とか言ってるのだろう。
それに対して金髪白人は肩をすくめてみせた。
私は片手でバッグを抱きしめて地面に座り込んでいた。右手はバッグの中の釘打ち機を掴んでいる。私がうつむいているので、黒人は私の髪の毛を掴んでぐいっと引っ張った。つられて身体が浮く。黒人は中腰になって私の顔をのぞき込もうとした。こういう低脳な男はたいてい、被害者の泣き叫ぶ顔を見たがるものだ。泣いて許しを乞う人間をいたぶる事に生き甲斐を感じている。そうしなくては粗末な物が使い物にならない性癖なのかもしれない。
黒人の顔が近づき、きつい体臭が鼻をついた。すえたような腐ったような匂いだ。汚い手で髪の毛に触れられるのも嫌だが、今はしょうがない。
さらに臭い息を吐きながら私に何か言った。
バシュッという小さな音がした。さらに続けてバシュバシュっと打った。
黒人は動きを止めて、信じられないという風な顔をした。自分の頭を動かすと力の抜けた黒人の腕が外れた。そしてそのまま横倒しに倒れた。
黒人の耳の穴から一筋の血が流れ出た。
「ヘイ!」
と声がした。金髪白人が煙草を投げ捨ててドラム缶から飛び降りた。
金髪白人ていいわね。こんなクズでも仕草が格好よく、映画のワンシーンみたいだ。
私はおびえた顔をして一歩だけ下がった。
金髪白人はよく見るとなかなかの美少年だった。倒れた黒人の側に跪いて、声をかけようとしたので、釘打ち機でその金髪の頭をがつんと殴ってやった。
「う…」
と言って頭を押さえたので、さらにその頭を押さえた手の上に釘を打ち込んでみた。
「ぎゃ!」
と言って、飛び上がった。手を外そうとしたが、頭から離れない。頭の上に手を置いたまま、私を睨んだ。釘の長さは五センチ弱ほどだから、彼ががんばれば抜けるだろう。頭に刺さっているのはほんの少しだろうと思う。
彼が立ち上がろうとしたので、足を打つ。ぎゃっと叫んで横に倒れた。
さすがにどこの生産か分からない外国製の釘打ち機だわ。
どこにでも、離れていても打ち付ける事が出来るた。
日本製なら、目標に押し当てなければ釘が出ないようになっているはずだ。
足に一列に打ち込んでやる。バシュッバシュッという音は小気味がいい。跳ね上がる身体にも打ち付ける。もう少し時間があれば綺麗に装飾してあげるのに。
彼の頭の上から血液が流れ出る。金髪白人はいいわね。血液の色が鮮明でとても絵になる。黒人は顔も髪の毛も黒いから、血液がどれだけ流れたか分からないもの。白や金が血や泥で汚れるのはさぞかし美しいだろうと思った。
白人を殺るのは初めてだった。
にやにやと笑っている私を見て金髪白人は不安そうな顔になった。
ようやくイカレタ女を誘い込んでしまった、と理解したようだった。
その顔が合図となる。
期待に応えて、私は金髪の彼の綺麗な顔に打てる限りの釘を打ち込んでやった。
雨が降り始めたようだ。
いきなりの雨は雷をともなってごろごろザーザーと酷い音を立てている。
金髪の彼が大人しくなったので、黒人の仕上げをする事にした。
すでに息絶えているが、白い目が開いたままだ。
死ぬときくらいは目を閉じておかないとね。
開いた両目に釘を打ち込む。針山の針みたいに両目に山盛りになったが、すぐに目がしぼんでしまったので、ゆらゆらと不安定になってしまった。
「あら」
そこで引き金が引けなくなった。よく見れば釘が空っぽだった。一回の充填本数は百本。
「百本も使ったかしら」
釘打ち機をバッグに戻して、金髪のポケットから取られた金を取り戻して私は倉庫を出た。外の雨はざんざん降りだった。もちろん人っ子一人いやしない。辺りはうす暗く、ハワイの空には似つかわしくない暗雲が激しい雨を降らせている。
この雨が硫酸だったらいいのに。
私の身体を穴だらけにしてくれればいいのに。
誰か倉庫の死体を早く見つけたらいいのに。
アメリカの警官が格好いいパトカーで駆けつけたらいいのに。
そして今すぐ私を包囲して、銃で撃ち殺してくれたらいいのに。
オーナーはすぐに駆けつけてくるかしら。
私を見て「こんな女は知らない」と言うかしら。
その横にはリズがいるのかしら。
私の遺体は日本へ戻れるのかしら。
それともこの誰も知らない土地で朽ち果てていくのかしら。
今度はハワイッ娘に生まれ変われたらいいのに。
でもボブの娘は嫌だわ。
人肉は食べたくないわ。
今度はアメリカの警官になって、イカレタ殺人鬼を撃ち殺す役がいいわ。
ホテルへ戻ってシャワーを浴びる頃には雨はすっかりやんで再び太陽が顔を出した。
びしょ濡れのブランドのバッグを綺麗に拭いて、窓際に置いて乾かす。乾いても綺麗にはならないかもしれない。釘打ち機と残った釘はまとめてブランドバッグの袋に入れておいた。
ベッドに寝転んでいるとうとうとと眠くなってしまった。
どれくらい眠っていたのかは分からない。人の気配で目が覚めた。
誰かが私の顔にキスをしている。ちゅちゅちゅっと頬に当たるので、手で押しのけた。
「遅くなってごめん」
と声がした。
「ボブの人肉料理はおいしかったの?」
と聞くと、
「いや、腹ぺこ。君は? 何か食べた?」
「とってもおいしいハンバーガーを食べたわ」
私の上に覆い被さっているオーナーの身体を押しのけて起き上がる。
「何してたんだい?」
とオーナーが聞くので、私は、
「ハンバーガーを食べて、ブランド品のお店に行って、バッグを買ったわ。でも雨に降られて濡れちゃった」
と言った。
「へえ」
「オーナーは? リズに何を作ってあげたの?」
「メニュー?」
「いや…いいです」
時計に目をやるともう夕方の四時だった。
「昼には戻るって言ってませんでした?」
「ごめん。ちょっとトラブって」
「ふうん、さぞかし可愛いトラブルだったのよね」
「あれ、やきもち? 嬉しいな」
と言いながらオーナーが私を押し倒そうとする。
「違います!」
朝と同じような不毛な会話をして、私はベッドから飛び降りた。
「お腹がすいたわ」
「俺も、食事に行こうか?」
「ええ」
着替えて部屋を出る時に、ふと振り返る。
オーナーはすでに廊下に出ていた。
カタカタと音がしたような気がした。
釘打ち機を入れてあるブランドの袋が小刻みに震えていた。