快楽殺人者、ハワイに行く4
その店はいわゆる金物屋のような感じだった。地元民が来る店なのだろう。
積み上げて下のほうには何が置いてあるか分からない雑貨や、ナベ、やかん、ホース、釘、バケツ、何故かラップとか紙皿とかのキッチン用品もある。
目をひいたのは汚れたショーウインドウの中に置いてある、釘打ち機だった。
この間見たホラー映画で、悪霊に取り憑かれた女性が釘打ち機で恋人を滅多打ちにしていたシーンがあった。結構な飛距離があり、大きな釘だった。被害者の身体は痙攣しながら釘だらけになっていった。
演技だろうけど、まさしく私はそのシーンに釘付けだったわけだ。
欲しいなぁと思って眺めていたら、店主のような男が出てきて、私の視線の先の釘打ち機の箱を指して、「二千ドル」と言った。
私は目を大きく見開いて、にっこり笑い、
「ぼってんじゃねえぞ、おっさん」と、もちろん日本語で言ってみた。
だいたい電気製品は日本製に限るでしょ。こんなとこで買った怪しげな電気製品なんて取り扱い説明書も英語だか、何語だか分からない言葉だし。壊れたって修理に持って来るわけにもいかないし。日本へ帰ったらちゃんとしたやつ買いますもの。
というわけで「五百ドル」と言ってみた。
もちろん、これくらいの英単語は知ってますとも。
言ってから、五百ドルでも高いわ、やっぱやめよう、と思ったら、店主がにっこり笑ってオッケーとか何とか言ったので、残念ながら商談が成立してしまった。
使い古したようなビニール袋に釘打ち機の入った箱と釘を入れて差しだされたので、しょうがなくドルを払った。
あの無礼なアメリカ人が釘打ち機になりました!
ビニール袋を下げて店を出て、またぶらぶらと歩く。
もちろん釘打ち機はコードレスで、充電式電池で動く。どれだけの性能かは怪しいものだが、一回でも動けばいいか、という感じだ。
もう満足だった。ブランド品の店も、青い海も、上天気も、陽気なハワイアンも、無礼なアメリカ人も、すべて消化してしまった。
ホテルへ戻って充電器で充電しながらオーナーを待つ。ぶらぶらと散策しているうちにもう昼が近かった。
「お腹すいたなぁ」
だが待てど暮らせどオーナーは戻ってこなかった。
英語が出来ないから一人では食事も行けない。ここで餓死するまでオーナーを待つしかないんだわ。
しょうがないので、充電の完了した釘打ち機を持ってみた。重量は二キロほどはありそうだ。割と重い。結構難しそうだ。コンパクトなんだけどね。
もちろん日曜大工道具としては使いやすそうだ。そりゃ、そうだ。大工道具だもん。
こんな物を持って歩いていたら、目立ってしょうがない。
私は重量級の武器が好きだ。ハンマーなど、五キロくらいならなんとか振り回せるが、持ち歩くのはちょっとね。
だが、危険はいつやってくるか分からないのだ。
しかし、いつやってくるか分からない危険よりも空腹をどうにかする方が先だった。
オーナーは戻ってこないし、時計はもう昼の一時を過ぎた。
空腹は人を凶暴化させるのだ。
「あー、もう、限界」
私は手提げ袋に財布と釘打ち機を入れてまたホテルを出た。
人気のない浜辺ででも釘打ち機の威力を試してみようかと思ったからだ。
「おお!」
超有名ブランド店のショーウインドウにエナメルのトートバッグが飾られていた。そんなに大きくはなく、深くもない。さっと物を出し入れするのに便利そうだし、持ち手もしっかりしてそうだ。何より、私の釘打ち機を入れのにぴったりな大きさだ。
店の門番であろう黒人がこちらを見ている。ブランドの店なんかにはそうそう行く機会もなく、いかにも金持ちそうでもなく、Tシャツにスカートという簡素な格好だったが、肩をすくめながらも門番は店内に招き入れてくれた。一直線に店員のとこまで行って、
「ショーウインドウに飾ってあるエナメルのバッグが欲しいんだけど」
と言ってみた。もちろん、日本語だ。
つんとしたブロンドでブルーアイの店員はにこっと笑って。
「オマチ…クダサイ」
と日本語で言った。
「何だ…日本語通じるんだ」
大げさな袋に入ったバッグを手袋をした両手で大事そうに持ってきた。もったいつけて私の前に置く。
「いくら?」
と聞くと電卓で数字を打って、それを見せてから、
「千二百ドル」と言った。
「じゃあ、これいただくわ」
財布から札を出して数える。
釘打ち機と専用バッグ、合計で千七百ドル。
オーナーに怒られるかしら、と一瞬思ったが、リズの顔が浮かんできてむっとなる。
丁寧に袋に入れたバッグをまた紙のバッグにいれて、それを差しだされた。
「ありがとう」
と言うと、
「サンキュー」
と笑顔で返された。
買い物をした客には愛想良くすると決めているらしい門番が笑顔で扉を開けてくれた。
近くにハンバーガーの店があったので、そこでバーガーセットを買う。もちろん、一人前だ。オーナーの分は知らない。リズと一緒にボブの人肉料理でもごちそうになればいい。
店の前にテーブルを椅子が置いてあったのでそこでぱっぱとハンバーガーを食べた。
釘打ち機と財布をエナメルバッグに入れてみる。
おお、ちょうどいい。ブランドのロゴが真ん中に大きくあるのが可愛い。生まれて初めてブランド物を贅沢の為に買ったような気がする。
ブランドの紙袋に元の手提げとタグなどのもろもろ不要品を入れて、エナメルバッグとともに下げる。二キロの重量にも耐える、少しも型崩れしない。さすがにブランド品ね。
ブランド店に群がる日本人バーカとか思っててごめん。
ホテルへ戻って、浜辺に出てみよう。
人気のない場所ないかな。釘打ち機、打ってみたい、とか思いながらまたぶらぶらと歩き出す。英語が出来ないので、基本、ホテルが見えなくなる場所までは行かない。
人通りも多いし、日本人もたくさん見える。少し隙があったかもしれない。
ウインドウに飾ってある品物を見て歩いていたのだが、ぐいっと腕を掴まれた。
「へ?」 と顔を上げると。見上げるほどの大きな黒人と、貧相な金髪の白人の二人組が目の前にいた。私の腕を掴んでいるのは黒人だった。
「な、何よ」
強盗か、と思った。財布さえ渡したら消えるのかしら。
黒人は私の腕を掴んだままずんずんと歩き出した。引っ張られて歩く。その後ろから白人がついてくるのだが、いつの間にかその手にはナイフが握られていた。
「お金ならあげるわ。マネー、マネー」と言って見た。
財布を取り出して、中から札束を出して見せると金髪白人がそれをひったくった。
だが、黒人の足は止まらない。
一つ角を曲がるだけで、淋しい場所に出た。ボブの店へ行く時もそうだったが、すぐそこに滞在しているホテルが見えているのに、さあっと人が消えているのだ。
倉庫のような場所に連れ込まれた。
中は暗く、廃材が積み上げられているような場所だった。
黒人は私を突き飛ばしてから、「へっへっへ」と言った。
金髪白人はさっき渡したお札を数えている。それから転げているドラム缶に座って煙草を吸い始めた。黒人は金髪白人に何か言ってから、私の方を見て好色そうな笑みをした。
それからいきなり、私の顔を殴りつけた。
頭にずんっと重い響きが走った。私はバッグを持ったまま横倒しに倒れた。口の中が切れたのだろう、しょっぱさが広がった。
顔を上げるとかちゃかちゃと音がしていて、黒人がズボンのベルトを外している所だった。金髪白人はにやにやしながらこっちを眺めている。
ハワイとは相性が悪いのかしら。
日本人を馬鹿にしながら寄付をねだる無礼な男。
人の夫に色目をつかうハワイっ娘。
そして私を犯して殺して金目の物を奪おうとしている目の前の二人組。
たった二日でこれだけの目に合わなきゃならないなんて。
もう二度とハワイには来ない、と決心した。
口の中が切れたと同時に私の理性も切れた。