快楽殺人者、覚醒する2
「さすがに同情するよ」
と声がしたので、顔をあげるとオーナーが痛そうな顔をしていた。その向こうの殺し屋もひきつった顔をしている。
「クレイジー」
と殺し屋が言った。あんたにだけは言われたくないわ、と思った瞬間にいい事を思いついたのだけど、それは殺し屋をやっつけてから後の話だ。そしてその「いい事」を実行できるかどうかのパーセンテージは低い。
今現在では私達が不利なのは間違いなかった。
私達は三竦みのように三人でにらみ合っていた。
殺し屋は私達二人が相手でも余裕があるのかしら。
にやにやとしてナイフをもてあそんでいる。
トミーは口から泡をふいてうつむいている。ぴくりともしない。
私は白いピンヒールをそっと脱いだ。
頭の白いヴェールもはぎ取る。胸のダイヤのネックレスもぶちっとちぎる。
「ノー」
と殺し屋が言った。
身体が柔らかいのが取り柄なのが役に立ったのは人生で初めてだ。腕を背中に回すと、ファスナーに手が届いたので、一気に引き下げた。鎧のようなドレスがざっと足下まで落ちた。ドレスはとても重かったので私は大きく深呼吸をした。
オーナーと殺し屋と私は三角形の形で立っていた。
お互い緊張感を持ってにらみ合っていたのたが、私がドレスを脱いだ瞬間にオーナーが、
「お、おい」
と言い、殺し屋が何かを叫んだと同時にオーナーにナイフを投げた。
「危ない!」
と私が叫び、殺し屋は笑った。オーナーは一投目をよけたけれど、殺し屋の手にはすでに次のナイフが握られていて。今にも投げようと構えている。
オーナーは私が撃った釘打ち機のせいですでに傷だらけだった。
腕や足に釘が刺さっていて、機敏に動くのは無理があった。
かろうじてナイフをよけたけれど、床に倒れてしまった。
私はオーナーのところへ駆け寄った。
「君は…早く逃げろ」
とオーナーが言った。
「いいえ」
私はオーナーの身体を自分の後ろへ隠して殺し屋を睨んだ。
「この人を助けてくれたら、あなたと結婚してもいいわ」
と言ってみた。
殺し屋は首をかしげた。
「つ、通訳は断る」
とオーナーが言った。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 死んじゃうわ!」
「君を他の男に渡すくらいなら、このまま死んだ方がましだ」
オーナーは私の腕を引き寄せて、ぎゅっと私を抱きしめた。
私もオーナーの身体を抱きしめた。
オーナーが苦しそうに呻いた。
かつかつと靴音がして、殺し屋が何か叫びながら近づいてくる。
オーナーが何か言い返す。
殺し屋がすぐ側まで来てナイフを持った腕を振り上げた。
「待って、待って、あなたと結婚するわ。だからこの人を殺さないで」
「★◎$!」
「お願い。プリーズ」
私はオーナーの腕をほどいて立ち上がった。
「美里!」
どれだけ懐柔できるか分からないけど、一応下着姿だ。ご丁寧に太ももまでのストッキングにガーターベルトまで装着されている。
私は両腕をあげて、殺し屋に近寄った。
殺し屋はやはりにやにやしていたが、私の身体に両腕を回した。
多分、オーナーに見せつけてやりたいといういやらしい思惑だろう。オーナーに向かって何か言った。オーナーはそれには何も答えなかった。
殺し屋の手にしていたナイフが少し背中をかすったので大げさに、
「痛いわ!」と言うと、
「ソーリー!」と殺し屋が言ってナイフをポケットにしまった。
それから、もう何も持ってないよ、と言う風に両手を広げて、表裏ひっくり返して見せたりした。けれど、手のひらを返した時に手首に小さいナイフを仕込んであるのが見えて、それを大げさに笑ったりするので、
「アメリカンジョークは好きじゃないわ。くだらない、笑えないわ」
と笑顔で答えた。
殺し屋は私の身体をひょいと横抱きにして抱え上げた。お姫様だっこという奴だ。
私は殺し屋の頬に両手で触れる。肉食のアメリカ人のくせにすべすべとした綺麗な肌だった。殺し屋はにっこりと笑って、私達は見つめ合った。
そして私の両手の親指がずぶずぶと殺し屋の両目の中に入っていった。
絶叫があがった。
私の親指は手の平の根本の方までずぶずぶとしっかり入っていった。
柔らかくて、暖かくて、ああ、なんて素敵な感触。
殺し屋の手が自分の顔を覆ったので、私の身体は床に落っこちた。
殺し屋は苦痛の声を上げて、自分の顔を押さえていた。
自分の親指はぬるぬるとしている。
だけど殺し屋の眼球は柔らかくてとてもいい感触だった。
眼球が裂ける瞬間の小さな爆発がとても素晴らしいのだけど、いつも成功するとは限らない。腐ったような眼球は力なくしぼんでいくだけだ。この殺し屋の眼球はまれに見る極上品だったわけだ。
私はそっと起き上がって、殺し屋の身体の向こうに落ちている私の釘打ち機を拾った。
殺し屋は泣いてるのか、痛がっているのか、顔を押さえて呻いているだけだった。
釘打ち機でバシュバシュっと殺し屋の身体を撃つ。
頭と身体に釘が刺さって、殺し屋は痙攣しながらのたうち回った。
でもさすがに釘打ち機も飽きてしまった。
殺し屋のポケットからナイフを取り出して、首を切り裂いてみた。
血がどろっとした感じで出てきた。血管がもう死んでるのかしらね。
派手に吹き上げない。
でもじわっと床に広がる赤黒い大量の血はそれでいい感じだった。
自分の武器で最後を迎えるなんて素敵じゃない?
とても疲れていた。
けど先ほど思いついたいい事を実行したかったのでがんばった。
すべての作業を終えると、
「なかなか芸術的だね」とオーナーが言った。
「そうでしょう?」
「じゃあ、日本へ帰ろう」
「ええ」
シャワーを浴びて、オーナーの怪我の手当をし、服を着替えた。
そして私達は夜の闇に紛れて殺し屋宅を出た。




