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快楽殺人者、ハワイに行く2

 赤鬼は倒れこんだ無礼なアメリカ人を店の中に引っ張り込んだ。

 奥から陰気そうな顔の男が出てきて赤鬼を手伝った。赤鬼の顔は汗だくだったが、子供のような純粋な笑顔だった。赤鬼と男がアメリカ人の身体を厨房の奥にずるずるっと引きずって行くのを見送って、私達は勝手に窓際のテーブル席に座った。

 オーナーは勝手知ったる、というふうな感じでメニュー表を取り上げる。店内には誰も客がいなかった。まだ誰も来ていないのか、それともいつもこんな風に閑散とした店なのかは分からないが、どう見ても繁盛しているとは思えなかった。

「トードー!」

 甲高い声がして奥から女性が出てきた。太い。だが笑顔がとてもキュートな女性だ。花柄のエプロンをして、大げさに両手を広げると、オーナーに抱きついた。ハグというのが正解かもしれないが、どすんっという感じでオーナーに体当たりしたように見えた。

「メアリー」

 とオーナーが言った言葉だけ聞き取れた。メアリーは嬉しそうに早口で何かを言った。 そして、私を見た。オーナーが私をメアリーに紹介した…と思う。

 メアリーはまた両手を広げて私に抱きついた。そして、あなたに会えて嬉しいわ、みたいな事を言った。メアリーの身体からは甘いバニラ エッセンスの香りがした。

 私達はまた席につき、オーナーがメニュー表を見てメアリーと会話した。メアリーはポケットの中からくしゃくしゃのメモ用紙を出して、オーナーの注文をメモした。

 何かを勧めてオーナーが苦笑しながら首をふると、

「まあ、何てことなの! 信じられないわ!」という風な表情で私を見た。

 そして、

「いいわ、オーケイよ、すべて私に任せてちょうだい、いいわね」

 という風なジェスチャーで、また厨房の方へ戻って行った。

「知り合いに紹介された店って…知り合いって、笹本さん?」

「当たり」

「という事はこの店も…アレなのね?」

 私は少しだけオーナーを睨んだ。

「いや…まあ、そうだけど。普通の食事もやってる。しかも美味いしね。君も早速やっちまったし、この店じゃなきゃアウトだったよ」

 オーナーに睨み返されて、私はまたしゅんとうつむいた。

「…ごめんなさい」

「しょうがないさ、あのアメリカ人が失敬な人間だったというのは間違いない」

「そうよね」

 奥から肉の焼けるいい音がした。バターの溶ける匂いとか、揚げ物の匂いとか、が食欲をそそる。私がいやがる限りオーナーは私に人肉を食べさせたりしないだろう。だからメアリーが持ってきた大きなステーキは牛だと思う。山盛りのポテトに山盛りの野菜の素揚げ。トマトケチャップとかピーナッツバターとかのディップも山盛りだ。

 オーナーはビールを二杯飲んで、あらかたの食事が二人の胃袋の中に収まった頃、赤鬼がまた手を拭きながらやってきた。にこにこ顔がとても優しそうだった…のだが。

「ちょ…」

 コック服の上に長靴まで一体化したゴムエプロンを着ているのだが、せめて黒を着用して欲しい。白い長靴もエプロンも真っ赤だったからだ。膝の辺りには白い肉片のような物がこびりついてるし。誰も注意する者はいないのか。

 厨房の中からメアリーの叫び声がした。それに答えて、ようやく赤鬼は自分の姿を見下ろした。

「ソーリー」だけは聞こえた。そして私に、綺麗に洗ってさらにヌバックで磨いたアイスピックを返してくれた。

 その頃から客が次々と入ってくるようになっていた。店内にはテーブルが四つとカウンター席には椅子が五つほどあったが、あっという間に満席になった。

 そのうちの何人かは血で真っ赤な赤鬼を見たが、何も言わないばかりか、期待したような目で赤鬼を見た。そして、甘えるような声でメアリーに注文をした。

 真っ赤なエプロンを脱いでさっぱりとした赤鬼が腕によりをかけて…何を作るのかは知らないが、店内から歓声が上がる。

 陽気なアメリカ人達は大きなビアジョッキで一斉に乾杯をした。

 やがて、ただ日本人観光客が珍しいのか、日本人なのに食人鬼の店へ来てるのが珍しいのか、やたらと周囲のテーブルから声がかかる。

「何言ってんのか、分かんねーよ」

 と笑顔で返してみる。オーナーがぷっと笑った。

 酔いの回ってきた陽気なアメリカ人達はそれでも笑顔で何かをしゃべり続けてきていたのだが、赤鬼がじゅうじゅうと熱そうな音をしている鉄板を運んでくると、目の色が変わった。いっせいにナイフとフォークを手にして無言で食べ始めた。

 見た目は変わらないステーキのようだった。なるべく匂いは嗅ぎたくないので、ハンカチで鼻の辺りを押さえる。

「後ろの席は見ない方がいいよ」

 とオーナーが不吉な事を言う。

 だが見てはいけない、は、絶対見ろ、と言われているような物だ。

 私は見ないけどね。

「見ないけど…何なの?」と、言うと、

「ほぼレアだからさ」

 とオーナーが答えた。

「…見ない方がいいなら、教えないでください!」

「聞くから」

「…」

「さて、出ようか」

「ええ」

 私はほっとして、バッグを取り上げてから立ち上がった。オーナーが財布を出しながらカウンターの方に行く。私は入り口の方へ向かおうとした。だが、がっと背後から腕を掴まれた。

「な、何」

 振り返ると、血のしたたるレアのステーキを食べている客だった。

 血で汚れた口で私ににやっと笑いかけた。

「何なの?」

 その客は私達のいたテーブルを指した。多分、「忘れ物ですよ」と言っていたのだろう。

 アイスピックをテーブルの上に置きっぱなしだった。

「ああ、どうも。サンキュー…サンキュー」とだけ言って私はそれを手にしたが、

「よかったら、差し上げるわ」と言ってみた。だって、あんな無礼な男の心臓にささった物なんて触りたくもない。この人もこんなのもらっても困るかしらね。と思ったのだが、

「ブラボー!」

 と言って立ち上がった。

 私とアイスピックを指さしながら、何かを早口で叫んだ。

 すると、黙って食事していた他の客が立ち上がり、言い合いになってしまった。

「な、何なの」

 他の客がポケットから財布を出した。くしゃくしゃの札を出して、アイスピックを手にした男に差しだす。男は首を振る。また他の客も札束を差しだす。それにも首を振る。

 断られた男が私に詰め寄る。全く持って何を言ってるのか分からない。

「分からないって言ってるじゃん。何なのよ」

 そこへ鋭い声が仲裁に入ったので、店の中はしーんとなった。

 出てきたのはメアリーで、客達はメアリーに怒られて渋々椅子に座った。

「君の武器を手にした男は光栄だって言ってるし、他の客は自分も欲しいと奪い合いになってるんだ」

 とオーナーが言った。

「武器が欲しいの?」

「そうだよ。ハンターの武器を集めてる食人鬼マニアもいるしね」

「ええ~?」

 私は思いっきり顔をしかめたと思う。

「ハンターの武器をコレクションして、それを眺めながら、ハンターの仕留めた獲物を食す、のが贅沢っていうか」

「悪趣味ね」

「はははっ」とオーナーが笑った。他の客も少しほぐれたのか、つられて笑う。

アイスピックを手にした男は満足そうに広げた真っ白いナプキンの上にそっと置いた。

 他の客からは羨望のまなざしだ。言い合いをしていた客が落ち着いた様子で私に何か言い、オーナーを見た。オーナーは、

「いらない武器が出来たら売ってくれって言ってるんだよ」

 と通訳してくれた。

「え~そんな事言われても。いらない武器もない事もないけど、日本から送ったら送料がばかにならないでしょう?」

 半ば冗談でそう言ったのだが、

「着払いでいいって」とオーナーが言った。

 その客はカードいれから名刺を出してオーナーに渡した。

 オーナーと何か会話してから、私の手を両手で握って何度も握手された。

 オーナーが赤鬼とメアリーに何か言ったので、私もごちそうさまでした、と言い軽く会釈して店を出た。赤鬼とメアリーとアイスピックの客と名刺の客までが店の外まで来て、見送ってくれた。

 夜風が気持ちよく、アルコールで火照った肌を優しく冷ましてくれる。

「食事はたしかにおいしかったわ」

 とオーナーに言うと、

「ああ、儲かったしね」

 と言った。

「ええ?!」

「あのアメリカ人、五千ドルになったよ」

「う、売ったの?」

「いいって言ったんだけど、こっちも窮地を助けてもらったんだし。でも、それじゃ、商売にならないって、ボブもそれをまた客に売って商売してるからって」

 赤鬼…ボブって言うんだ。

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