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チョコレート・ハウス2  作者: 猫又


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18/21

快楽殺人者、アメリカの殺人鬼と出会う8

釘はトードーの左肩と腕に当たった。

トードーの身体はその威力に押されて後ずさり、膝をついた。

「ミサト!」

 とトードーが言った。

 ミサトの表情は変わらない。何の感情もないようだ。ウエディングドレスを着た、豪華な等身大の人形のようだった。視線はただ遠くの方を見つめている。

トードーが立ち上がろうとするとその度にバシュバシュッとミサトが釘打ち機を撃つ。

ミサトの目はトードーを見ているようで、見ていないようだった。

 本当はもっと上手なんだろうと思った。

 撃っても撃ってもトードーには致命傷を与えない。

 ああ、トードーはもちろん傷だらけだよ。

 腕にも足にも釘が撃ち込まれているんだから。だけど、トードーはあきらめない。

 何度も倒れながらもミサトの名前を呼ぶんだ。

 だけど、ミサトは容赦なかった。彼女はトードーの呼びかけに答えることもなく、表情を変える事もなかった。

 「ぐっ」と言って、トードーが胸を押さえて倒れた。

 一本の釘がトードーの心臓の辺りを貫いたみたいだ。僕は思わずトードーに駆け寄った。後からしまった、とは思ったんだよ。考えなく行動する癖を直さなくっちゃ。

 ミサトの釘攻撃が終わらなかったら、僕まで釘だらけだ。

 だけどトードーが倒れてしまったら、ミサトは釘を撃つのをやめた。

 僕はトードーの身体を抱き起こした。

「トードー! しっかり!」

 いや…まあ、正直な話。僕にはトードーを命がけで救おうっていう気はなかった。

 トードーは格好いいし、友達になれたら日本には行ってみたいけど、テイラー教授と敵対してまで彼を助けたいという気はなかった。だって…そうだよね? 前期試験の結果もあるし、僕は成績優秀者で大学には必要な人間なんだよ? トードーと教授のどちらの味方につくと聞かれたら、気持ちは決まっていた。

 トードーに勝ち目はなく、ミサトはテイラー教授の花嫁だ。

 トードーは即死ではなかった。息も絶え絶えの様子だったけど、まだ意識はあった。

「トードー、残念だけど、ミサトは…もうあなたを愛してないみたいだ」

 と言う僕に、トードーは、

「馬鹿な…テイラー教授とは何者だ?」

 と言った。

「大学の教授だよ、民俗学を主に教えているんだ」

「民俗学…」

「うん、彼は殺し屋でもあるけど、とても優秀でハワイ大学の名誉教授でもあるんだ」

「そ、その優秀な教授がどうやってミサトを操っているんだ…ミサトに何をした!」

 僕は肩をすくめて見せた。そしてテイラー教授を振り返った。

 テイラー教授はにやにやとしていた。ミサトの攻撃で傷つくトードーを見るのが楽しくてしょうがないという感じだった。

「世の中には不思議な事例がいくつも存在してね。人を意のままに操るなんて事は割と簡単な事さ」

 そう言ってからテイラー教授は舌をだして、

「っと、失礼、ミサトが君を殺すのは、私を愛しているからに決まってるだろう」

 と言い直した。

「教授、ミサトに何をしたんですか? どうやったら、彼女があなたを愛するようになるんですか? 本当にそんな事が可能なら…」

 教えて欲しい。

 テイラー教授はははっと笑った。

「君がもう少し民俗学を真面目に受けるようになったら分かるさ。そうしたら実地研修に連れて行ってあげよう」

「実地研修?」

「ああ、今年度のテーマは『ブードゥー教の秘術、呪法の成り立ちとオカルティズムについて』さ。よく研究しておくようにね」

「ブードゥー教って、ゾンビとかのあの?」

「それは肯定しにくいな。最近ではホラー映画やゲームのヒットでゾンビが流行っているらしいがね。ブードゥーと死者を操る術というのは密接な関係があるのは確かだが。昨今のゾンビと一緒するのは困るね」

「死者を操るって…ミサトを殺したのか!」

 とトードーが叫んだ。

「まさか! 私は健康な成人男性だ。花嫁も健康な成人女性を望むね。ただね、少しばかり彼女を自分の好みの女性にしたというだけさ。逆らわず、私にだけ従順で、人間を殺すのが大好きな女性。ブードゥーの呪術は強力さ、彼女はもう君の事など忘れたそうだ」

 そう言ってテイラー教授はミサトの肩に手をおいた。

 ミサトはそれに反応するでもなく、ただだまって遠くを見ていた。

教授はミサトに呪術をかけたのか? 呪術なんてものが効いて、人を操るなんて信じられないな。宇宙で暮らそうってこの時代に!

「ミサト!」

 ともう一度トードーが叫んだが、ミサトは瞬き一つしなかった。

「トミー、頼みがある」

 とトードーが僕に言った。彼はもうあきらめたような顔をしていた。

「何?」

 トードーは傷だらけで、血まみれだった。そして酷く悲しそうな顔で、ポケットから小さな箱を出して僕に渡した。

「ミサトに食べさせてやってくれ。これが最後のチョコレートだ。彼女はもう、俺の作ったチョコレートを食べる事がないんだ」

 僕はその箱を受け取ったけど、どうしていいか分からなくて、テイラー教授を見た。

「いいとも。最後の願いだね? トミー、願いを叶えてやりたまえ」

 と言った。

「は、はい」

 僕はトードーから渡された小箱からチョコレートを一粒取り出した。

「ミサト、彼の最後のチョコレートを食べなさい。ゆっくりと味わってね」

 とテイラー教授が言うとミサトが口を開けたので、チョコレートを一粒放り込んだ。

 ミサトはゆっくりとチョコレートを噛んだ。唇が上下する度に溶けているだろうチョコレートを味わっているようだった。そういえばリズがトードーのチョコレートは世界一美味しいと言ってたっけ。日本からチョコレートを送る約束はなくなるって事か。トードーはここで死ぬんだから。残念だな。

 そしてごとっと大きな音がして、ミサトの手から釘打ち機が落ちた。 

 その瞬間だった。トードーの身体が機敏に動いたと思ったら、ミサトの身体の方へ手を伸ばし彼女の腕を引き寄せた。ウエディングドレスのミサトの身体はふらっとトードーの腕の中に落ちた。そのすぐ後にトードーはあろうことかミサトの顔を殴りつけたのだ。

「トードー!」

 びっくり仰天なんてもんじゃなかった。

「ミサト! しっかりしろ!」

 ミサトの身体を揺さぶりながら、トードーはミサトの名前を何度も呼んだ。


 カチャと音がした。トードーが身を固くして顔を上げた。目線はテイラー教授のいる方向だった。テイラー教授は細い長いナイフを手にしていた。

「往生際の悪い日本人だ」

 テイラー教授は不機嫌そうにそうつぶやいた。

「トミー、残りのチョコレートを全部ミサトに食べさせてくれ」

 とトードーが言った。

「え、う、うん」

 僕はテイラー教授を見たけど、教授は僕の方へ何の指示もしなかった。だから僕はトードーの腕からミサトの身体を受け取った。背中を支えて床に座らせる。トードーに殴られたミサトは相変わらずどこか遠くの方を見ていた。

 そのミサトの口へチョコレートを二粒入れる。チョコレートは全部で四粒しかなかったので残りはあと一個だ。

 ミサトはもぐもぐとチョコレートを食べた。ミサトの口からほのかにカカオのよい香りがした。

 僕はトードーを見た。テイラー教授とにらみ合っている。

 テイラー教授もトードーに意識を集中しているようだ。

 だから。

 最後の一個を自分の口の中に放り込んだ。

 なんておいしいんだ! 口の中に濃厚なカカオの香りが広がり、しっとりとしたチョコレートが少しづつ溶けていく。こんなにおいしいチョコレートは初めて食べた。アメリカ製の油っぽいチョコレートとは全然違うんだ。

 トードーの作ったチョコレートはまさしく世界一だ!


「え…」

 次の瞬間、ぎょっとなった。

 ミサトが僕を見ている。

「わ、たしの、チョコレート、ぬすんだ、コロス」

 ミサトが何を言ったのかは、分からなかった。

 だけど、ミサトの目は僕を…にらみ付けていた。

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