快楽殺人者、アメリカの殺人鬼と出会う7
チャラっと音がした。テイラー教授が僕が横たわっている寝台のすぐ側に立ち、鎖を外している。身体を縛る鎖が外れたので僕は慌てて起き上がって、
「きょ、教授、僕は誰にも言いません」と言った。
「何だい? だから殺さないでと言ってるのかい? そうだね、君の事は実はどうでもいい。私は人肉を口にしないからね、君を殺しても死体の処理に困るだけさ。金にもならない。学長に譲ってもいいが、学長は君のお祖父さまと知り合いだから、面倒な事になるし」
そう言われると、少々複雑だ。
「トードーを殺すんですか?」
「ああ、彼は邪魔だ。ミサトを取り戻しに来たのだろう? 全く邪魔な男だ」
身体から完全に鎖が外れたので僕は寝台から飛び降りた。
「ミサトはどこに?」
「こっちだ」
と教授が言いながら部屋を出ようとしたので、僕は慌ててその後をついていった。
隣の部屋はずいぶんと…なんて言うか…メルヘンチックな部屋だった。
天蓋付きの大きなベッド。側の丸テーブルにはかご盛りの花が置かれてあった。壁には暖炉があり、その前には真っ白な毛皮の敷物が置いてある。
四方の壁は煉瓦造りで、カップボードには高級そうなカップやプレートが飾ってあった。
そしてその天蓋付きのベッドの真ん中にはミサトが横たわっていた。
目を閉じて眠っているみたいだ。不思議なのは、メルヘンチックな部屋にしては薬草を炊いている匂いがきつく、それがとてもそぐわなかった。
「ミサト!」
驚いたのは彼女が、真っ白なウエディングドレスのような物を着ていた事だ。頭には白いヴェールもつけてある。
「綺麗だろう? 結婚式の列席者は君一人だがね」
「ミサトは承知してるんですか?」
テイラー教授は僕を見てにやりと笑った。
「もちろんさ。ミサトは私と出会って、本当に愛すべき相手は誰かを知ったんだよ」
「まさか…」
「本当さ、もうすぐミサトが目覚める。彼女は僕がトードーを殺す事を望んだら、喜んでその手でトードーを殺すだろう」
僕は眠っているミサトを見下ろした。すうすうと規則正しい寝息で、その顔にも化粧が施され、彼女はとても綺麗だった。
「…教授、僕はあなたの授業を受けています。その中であなたが催眠心理療法士としての講義をしているのも受けた事がありますが…ミサトに強力な催眠術をかけたとしても、その人間が本当に望まない事柄を意のままに操るのは不可能だと聞きました」
「誠に優秀な生徒だね、君は」
テイラー教授は嬉しそうに笑った。
「その通りだとも。死にたくないと思っている人間に自殺させるなどというのは不可能な話さ。だからこそミサトがトードーを殺したら、それは彼女がそう望むからであり私への愛ゆえにと理解出来るだろう?」
「そ、それはそうかもしれないですけど…」
あり得ないな、と思った。ミサトはトードーを傷つけた教授を怒っていたはずなのに、急に愛するようになるなんてとても信じられない。そんな風にすぐに誰かを愛するようになれる術があるなら教えて欲しいよ。そしたらリズもトードーの事を忘れられるのに。
「まあ見てるがいいさ」
教授がパンと手を叩いた。その瞬間に、ぱっとミサトの目が開いた。
教授はミサトの側まで行き、彼女の顔をのぞき込んで、
「おはよう、さあ、起きなさい。ダーリン」と言った。
ミサトの目がぐるりと周囲を見渡して、教授の顔を見た。
「ミサト、笑いなさい」
と教授が言うと、
ミサトはにっこりと笑ったんだ!
「そんな…まさか」
「ミサト、起きなさい」
ミサトはゆっくりとベッドの上に起き上がった。
教授が彼女に手を差しだして、
「私の手を取って、ベッドから降りなさい」と言うと、
ミサトは教授の手を取った。そしてベッドの上から降りた。ごわごわしたウエディングドレスが動きにくそうだった。
「さあ、行こう。ミサト、仕事の時間だ。君に大好きな人殺しをさせてあげよう」
と教授が言い歩き出すと、ミサトもすぐにその後を追って歩き出した。
「ミサト!」
と僕は声をかけた。だがミサトは振り返りもせずに、教授の後をついていった。
僕も慌ててミサトの後を追った。
今自分がどこにいるのかも分からなかった。屋敷の中のどの部分なのか?
トードーと一緒に地下の方へ降りてきたはずだったけど、教授は更に階下へ降りる階段を下って行った。ミサトの歩き方はぎこちなかった。人形を歩かせているように関節がうまく動いてないような感じで歩く。
僕もその後ろからついて降りていった。
その先は黒い部屋だった。
壁も天井も真っ黒だった。奥の方には分厚いカーテンが下がっていて、奥行きの広さは分からない。教授がスイッチを入れると、四隅でオレンジ色の灯りがぱっとついたがとても薄暗かった。やはり薬草を炊いている匂いがするがやけに強烈だった。
部屋の隅にテーブルがあり、その上に見たような物が置いてあった。
ミサトの釘打ち機だ。
「ミサト、君の大好きな武器を取りなさい」
教授がそう言うと、ミサトはゆっくりとテーブルに近づき、釘打ち機を手にした。
それから教授はさっと前方の黒いカーテンをさっと開いた。
「トードー!」
トードーが大型犬と格闘中だった。
トードーの服は破れ、露出した肌からは血が流れていた。それ見た瞬間にトードーの作ってくれたフレッシュ・ブラッディ・メアリーを思い出して、喉が渇いたなぁと思った。
ほんの少しの時間、その血をもったいないと思ってしまった。
犬は大きくて強そうだったけど、トードーもなかなかやる。
どこで手に入れたのか、杖のような棒で犬と格闘していた。
やがて襲いかかる犬を殴り殺してトードーは勝利を収めた。そしてそれを眺めている僕たちに気がつき、よれよれの風で僕たちの方へ近づいてきた。
「ミサト!」
とトードーが言った。だけどミサトは微動だにしないんだ。
目線はずっと遠くの方を見ているだけだった。
「ミサト、この男を殺しなさい」
と教授が言った。
ミサトは目の前のトードーに視線を移して、釘打ち機を構えた。
バシュバシュっと音がして、トードーの身体を釘が貫いた。




