快楽殺人者、アメリカの殺人鬼と出会う5
トードーの姿はすぐに見つける事が出来た。というのは彼の足取りが迷い迷い歩いているからだろう。焦っている様子ではあったけど、行きかけて立ち止まるという風な事を繰り返していたからだ。
トードーに追いついたのは、彼らが先日まで泊まっていたホテルだった。トードーはホテルのドアマンに何か質問をして、そして中に入っていった。
僕がトードーに声をかけたのは、彼が公衆電話の受話器を上げた時だった。
トードーは僕をじろっと見てから、かまわずに手帳を見ながらダイヤルを回し始めた。
「トードー、メアリーから預かってきたんだ! あなたの知りたい事だって!」
と僕はメアリーに渡されたメモを差しだした。
トードーは受話器を置いて、僕の手からそれを取った。
二つ折りにされていた紙片を広げて中を見る。
そして僕を見た。
「ミサトが来たのか?」
「う、うん。トードーが来る前に。この間、ボブに渡してくれって言われたあの武器を取りにきた…と思う。ミサトは言葉が通じないし、彼女が何を言ってるのかも分からない。でも壁に飾ってあったあの武器を取って行ったよ」
「…」
「ミサトの居場所が分かりそう? 助けられそう?」
「難しいな。隙があればランチタイムのレストランででも仕事を遂行する男のようだからな。ミサトが油断すれば一瞬だろうな。そしてミサトはわざわざその男を捜して歩いてるんだ。今日の午後の飛行機が取れて、日本へ帰ればそれですんだ話なのに。俺が怪我をしたばっかりに、ミサトを怒らせてしまったんだ」
「じゃあ、その怪我はプロの男にやられたの?」
「ああ」
「ミサトはトードーが大好きなんだね」
と僕が言うと、トードーは何故か目を丸くして僕を見た。
「何故、そう思う?」
「え? だって結婚してるんだから、そうでしょう? お互いが好きだから結婚したんでしょう?」
「そうかな」
とトードーは苦笑した。
「違うの?」
「俺はミサトが好きだが、彼女はどうかな。俺が頼み込んで結婚してもらったからな」
「え、そうなの?」
「つまりは俺の片思いさ」
「そうかな、でも実際ミサトはトードーに怪我をさせた男が許せないから探してるんでしょう? トードーの事がとても大切だからじゃないかな。だって言葉も通じないこの島でそんな事出来ないよ」
「そいつはありがたい意見だな。おかげで勇気が出たよ」
と言ってトードーが笑った。
「これからどうするの?」
「メアリーが教えてくれたやつの家へ行ってみようと思う。自分の家に連れ込むような真似はしないだろうが、他に手がないからな」
トードーは手帳をバッグにしまった。
「僕も一緒にいくよ。道案内くらいは出来る」
「危ないぞ」
トードーはすぐに歩き出し、僕はその後をついて歩いた。
ホテルを出てタクシーを使う。陽気なタクシーの運転手がやたらにトードーに話しかけてきたけど、トードーは「アイキャンノットスピークイングリッシュ」と言って相手にしなかった。タクシーの運転手は肩をすくめて、
「最近の日本人は変わったね」
とつぶやいたので、僕は、
「どこが変わったの? っていうか、どうしてこの人が日本人って分かるの?」
と聞いてみた。だって、アジア系は日本人だけじゃない。金持ちの中国人もいるし、韓国からの留学生もいる。
「ん? タクシーに乗って最初に値段をきかなのは日本人くらいさ。金を持ってるからな。あと寄付を頼まれて断らないのも絶対に日本人だ」
「へえ、じゃあ、変わったっていうのは?」
「日本人はいつでもにやにやしている。こんな仏頂面の日本人は初めて見た」
僕がトードーを見ると、彼は聞こえているだろうのに何も反応もしなかった。
僕たちが目指したのは大きな港がある岬の方の街だった。
そこにはクルージングに出る船がたくさん停泊していて、金持ちが集まる街だった。
僕たちは別荘が建ち並ぶ街の入り口でタクシーを降りた。
「この街には金持ちしか住んでないみたいだよ。海外のセレブが別荘を持つ街だからさ」
メアリーからもらった紙切れに書かれていた住所は岬のずっと端の方だった。
一番海に近い、白い大きなお屋敷だった。
頑丈な柵の囲まれてて緑の庭がずっと奥まで続いていた。
屋敷の入り口すら見えずに、門の上の方には防犯カメラが作動中だった。
柵に近づくとどこからともなく獰猛そうな犬が三匹走ってきて、僕達を見て吠えた。
トードーが呼び鈴を鳴らすが、返答がない。
「いないのかな」
と思ったら、門の柵がゆっくりと開き始めた。
すぐ側まできていた大型犬がうーっと唸っているが、僕たちには近づかない。遠巻きにして僕たちの行動を監視している。
トードーが細い石畳の通路の上を通って中に入ったので、僕も後に続いた。僕たちが柵の中に入ると、またゆっくりと柵が閉まり始めた。ガシャンと音がして鉄の柵は完全にしまり、そして自動で閂がかかった。
「殺し屋っていうのは儲かる仕事なんだな」
とトードーがつぶやいた。
犬が僕たちの背後から唸りながらついてくる。
僕たちはゆっくりと石畳を歩いて、そして遙か彼方の玄関に到達した。
「僕、日本で作られたこういうアクションゲームやったことある。嫌だな~怖いな~。外にはゾンビの群れ、逃げ込んだ洋館にもゾンビの群れ」
「なんだそれ、結局どこもかしこもゾンビか」
とトードーが言った。
「そうなんだよ。その洋館から脱出するゲームなんだけどさ。いたる所にワナが仕掛けられて、しかもゾンビが襲ってくるんだよ。謎解きをしながゾンビを銃でやっつけるゲーム」
「ミサトが喜びそうなゲームだな」
「うーん、確かにおもしろいけど、ミサトにはもの足りないんじゃない?」
「そうかな」
「でも、ミサトがゲームで満足出来ればもう危ない事しなくなるかもね」
そう言った僕を見て、トードーが笑った。
「そしたらそれはもうミサトじゃないな」
「そうなの? じゃあ、トードーは殺人鬼のミサトを愛してるって言うの? そりゃまあ、ミサトはすごくチャーミングだけど」
「もちろんミサトが殺人鬼でもそうでなくても愛してるさ。そうだな、彼女を守る為なら自分が殺人鬼になってもいい」
「へえ、やっぱりトードーは格好いいな」
と僕が素直な感想を言うと、トードーは首をかしげた。
玄関から中へ入る。その扉には鍵がかかっていなかった。
ぎーーとは言わない、スムーズに開いた。
中は薄暗く、天井や灯り取りの窓から入る日光が所々を照らしていた。
外観は綺麗な洋館だったし、中も凝ったインテリアでモデルハウスのようだった。
けど、何か臭い。
獣の匂いがする。
「なんか匂うね」
「犬の匂いじゃないか。室内でも飼ってるのかもな」
「ああ、そうだね。犬の匂いだ」
「気をつけろよ。いきなり襲ってくるかもしれないぞ」
「う、うん」
僕はこれと言って荷物は持ってなかったので、インテリアに飾ってあった燭台を手にした。真鍮かな。重くて、なかなかいい感じだ。これなら犬にもきくだろう。
「敵はナイフ遣いのプロだ。絶対に近寄るな」
とトードーが言った。




