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快楽殺人者、ハワイに行く。

 こんなに私を怒らせた男もいない。

 昨年殺した、私のチョコレートを盗み食いしたマリンブルーよりも腹が立った。

 この目の前の男は私に「ケチデスネ-。日本人ケチデスネ-」と言ったのだ。

 よりによって、日本人にケチだと言ったのだ。

 普段は大人しい私でも、こみ上げる怒りに目の前がくらくらとした。普通に忙しい日常が結婚というイベントの為に更に忙しくなり、しかも、わざわざ新婚旅行に選んで八時間もかけて来てやったこのハワイで、「日本人、ケチデスネー」と言われるとは思わなかった。

 生暖かい風が頬をなでていき、真っ青な空、照りつける太陽。

 半袖Tシャツ、短パン、ビーチサンダルを履いたいろんな人種が往来を行き来する中、いきなり声をかけてきて寄付をねだる、ぶしつけな現地人。そいつは日本のニュース番組に出ている下手くそな日本語の外国人キャスターにそっくりだった。


 「チョコレート・ハウス」の移転、新装オープンの前に忙しい時間をさいてオーナーが新婚旅行に連れて来てくれた。オープンは七月中旬で、新居への引っ越し、新店での準備に追われているオーナーが旅行を提案してくれたのは、五月の連休後だった。私は断ったのだが、パートさん達の黄色い声援にまた負けてしまった。私は生まれてはじめてパスポートを取り、海外旅行というものに連れてきてもらったのだ。

 だが、初日でそれは粉々に踏みにじられた。怪しげなアメリカ人に。

 日本人がすべて金持ちで腐るほど金を持っているとでも思ってるのか。一生懸命働いて金を稼ぎ、そしてやりくりしてその金でハワイに来るのだ。もちろん論外な金持ちもいて、プライベートジェットで来たりもするだろう、ちょっとブランドを買いにハワイまで、という奥様もいるだろう。だが、たいていは一生懸命労働して得た金を使うのだ。それを、見ず知らずのアメリカ人に寄付をしろ、断ると、

「ケチですねー、日本人」と言われる筋合いはないではないか。

 日本人は世界一働き者で、正直者だ!

 私は殺人鬼だが、一生懸命働いている。もらったお給料で生活している。趣味にいかす道具もちゃんとそこから捻出している。それを、ケチデスネ-、だと?

 だがここはハワイで、通りには日本人やら他国籍の外人がいっぱい歩いている。

 初夏のハワイは青空とぬるい風と、旅人の笑い声でいっぱいだった。

 使えるような道具は何一つ持ち込めなかったし、真っ昼間にこのアメリカ人を殴打するわけにもいかない。

 オーナーが能面のような顔になっているだろう私の腕をとり、

「失礼」

 と言って無礼で厚顔無恥なアメリカ人を簡単にスルーした。

 アメリカ人はまだ背後でなにやら叫んでいた。英語だったので、私には分からない。

 だがどうせ、「日本人、ケチですねー」と悪口を言ってるのは想像がつく。

 私はとぼとぼとオーナーの後ろをついて歩いた。

 せっかくオーナーが連れてきてくれたハワイ旅行が初日で台無しだ。私はこの屈辱を忘れないだろうし、これから先に出会うアメリカ人を殺したくなるかもしれない。

「気にする事はないよ。騒がしくてずうずうしいアメリカ人はあんなもんさ」

 とオーナーが言った。

「ええ」

 と私は言ったが、心についたどす黒い染みは消えなかった。


 街を散策して、土産ものなどを買った。

 マカダミアナッツを何箱も買い、妙なプリントのTシャツ、それと化粧品。

 ブランド品にはあまり興味ないが、店の中を見て歩くのは面白かった。

「買えばいいのに」

 とオーナーが言ったが、

「見ただけでお腹いっぱい」

 と私は答えた。

「ドイツ製の工具の店の方が良かったかな」

「あら、それは魅力的ね」

 それからホテルへ戻って、ビーチで少し泳ぐ。

 夕暮れのハワイのビーチではまったりとした時間が流れた。

 正直な話、私は恋愛に免疫がない。真剣につきあった男はいないからだ。

 ナンパで寄ってきた男は…たいてい、殺しちゃうしね。てへ。

 だから、こういうまったりとした時間を誰かと過ごすのは…つらい。

 夕日が落ちてきて、ハワイの海がオレンジ色になった頃に、

「そろそろ食事に行こうか」

 と言った。

「ええ」

 部屋に戻って着替えていると、

「知り合いに店を紹介されてるんだ。今夜はそこに行こう」

 とオーナーが言った。

「知り合い?」

「ああ、イタリアンの店だけど、どう?」

「いいわね」

「じゃ、行こうか」

 オーナーはにっこりと笑った。


 日がすっかり落ちても通りの明るさと賑やかさは変わらなかった。

 何をしているのかは分からないが、通りは人間で溢れかえっていた。

 日本人も大勢いるし、金髪やブルネットもいるし、黒人もいる。

 皆、一応に楽しそうだ。

 オーナーについて歩くが、通りを一本入っただけで急にネオンが少なくなった。

 そして日本人がいなくなった。じろじろとこちらを見る地元のアメリカ人が増えてきた。

 「こんな寂しい場所にレストランがあるの?」

 「ああ。観光客を相手にはしてないんだってさ。でも料理は絶品らしいよ」

 「へぇ、楽しみ。お腹すいちゃった」

 やがて一件の店の前に立った。看板らしい物は出ているが、地味な感じのビルの一階だった。

 オーナーが木のドアに手をかけた時、私の背後で声がした。

 振り返ると、昼間の無礼なアメリカ人がいた。酔っているのだろう、甲高い声で私の背中を押した。

「早く入れ!」という風にしっしっと手を払った。まるで犬や猫を追い払うように。

 背中に感じたアメリカ人の手の感触が気持ち悪かった。

 真っ赤な顔で、鼻息荒く、そして日本人を馬鹿にしている、アメリカ人だ。

 ドアを開けながら、オーナーが振り返った。

 その時にはもう、アメリカ人の心臓に私のアイスピックが突き刺さっていた。

 アメリカ人は驚いたような表情をしたが、声も出さなかった。そしてゆっくりと倒れ込んだ。

 オーナーが倒れたアメリカ人と私を見比べて、

「君…必殺仕事人みたいだね」

 と言った。

 アイスピックはお昼に行った大型ショッピングセンターで買った物だ。

 こんなに早く使うなんて思ってなかった。

「ごめんなさい」

 私はしおらしい態度で下を向いた。

 幸いまだ籍は入れてない。どうせなら破談になってくれた方が気が楽。

 だがオーナーは、

「いい、土産になった。日本産じゃないけど」 

 と言いながら木のドアを押し開けて、中に向かって英語で何かしゃべった。

 中から白いコック服を着た太った赤鬼のような男が手を拭きながら出てきた。

 顔中人懐こい笑顔だった。

「トードー!」

 と赤鬼が言ってから、私達の足下に倒れているアメリカ人を見てからオーナーに何か言った。

 そして、オーナーと会話の後、私に向かって、

「グッジョブ」

 と言って親指を突き出したのだ。


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