9話 謁見、或いは越権
これからの話の導入の為短めです。
……ごめんなさい、嘘つきました。短いのはライムの手抜きです。
その広大な部屋にはいったぼくが真っ先に見つけたもの、それは巨大な天井画だった。
それは、あまりに大きな部屋。端から端まで、絢爛な装飾が施され、その部屋の天井にはそれを埋め尽くすほどのフレスコ画がこの部屋に集まったものを見下ろしていた。
その、フレスコ画はあまりに壮麗であった。まるで、この部屋の主の如く天井に君臨して、ぼくや、この部屋に集まった人々を見下ろしていた。
それを書いた人は恐ろしく繊細な腕の持ち主だったに違いない。ぼくは、その絵を前に、これまでの不安も何もかもが吹き飛んでしまった様な錯覚に陥る。
ぼくは、永遠にも思える一瞬の……その刹那の時間をただ、呆然と、呼吸も、目の前の状況も
忘れて、只、見上げていた。
「――きよと?」
瞬刻の時間、我を忘れていると、怪訝そうな、どこか躊躇うかの様なサウルの声が耳に入った。その声は銀の蓋を閉じられた様にこもった用な、反響をもって、ぼくの体内に鳴り響く。
「……ごめん」
ぼくは謝った。それが何故かはわからない。サウルの顔すら見て居ないのに。今だ、この絢爛にして雅やかな天上の色彩は、たかが凡夫たるぼくの目を釘付けにしてやまない。
通りで、サウルの声も耳にと解かないわけだ。既にぼくの全身に張り巡らせされている五感と、さらに土なる第六感すらも、ぼくの制御を離れ、吸い付く様に空へと向かっている。
「――おい、きよと……?」
……まって、まっててよ、おにいちゃん。
ぼくの意識は、この天井画へと向かうと同時に、内に内に……自分の内面へと沈んで行った。
そう、まるで、この絵こそが、ぼくの心そのものの様に……。
「――きよと……!」
一瞬、遠くから響く様なサウルの声、しかし、次の瞬間には、ぼくの意識が其処から引き剥がされる様な痛みを伴った感覚と共に、目の前には焦燥的な、悲観的な、そんな、退廃的感情をその怜悧な瞳に浮かべたサウルの顔がそこにはあった。
「……さうる?」
舌がもつれて上手く回らない。どこか視界もピントがずれてかすれてしまっている。
だが、徐々に鮮明になり、さだまり始めた視点は、あの天井画が見下ろしていた有象無象の老人達をうつしていた。
みな、一様にぼくのことを鋭く見据えていた。あるものは慄くように、あるものは警戒するがごとく、また、あるものは興味深げに目尻を下げて、この、ぼくとサウルを見据えていた。
そのうちの誰かが、口を開いた。乾いた緊張が、ぼくを……いや、この空間を蹂躙する。
「……色々、思うことはあるが、君はなにものだね?」
古めかしいバリトンの音程が耳に心地よく染み渡る。けれど、ぼくにはその声に聞き浸る余裕など皆無であった。
だって、ぼく、一人知りするほうだもん。
「このものは、帝都東の森で保護しました……“勇者”です」
しゃべらず固まってしまったぼくの代わりにしゃべってくれたのは、サウルだった。
彼の言葉は、淀みなく乾燥した空気の中を貫く様に駆け巡り、場に、さらなる緊張をもたらした。
ぼくの目も、きっと大きく広がっていたと思う。異常に広がった視界には、何もかもが鮮やかな、しかし空虚な色彩として、ぼくの脳髄を刺激する。
「――なっ……⁈」
案の定、大広間には、動揺とざわめき、そしてぼくへの敵意ががん細胞の様に増殖し、ぼくの心ごと犯していく。
「サウル、それは一体……?」
すると、そのざわめきを袈裟斬りに切り裂くかの様に、一つの貫禄と威厳に満ちた声が降り注いだ。
一瞬にして、会場が冷水を打った様に静まり返った。
その声の持ち主に誰もが己の目を預ける。もちろん、ぼくもそのうちの一人だ。
声を発した人は、派手な茶髪に近い黄土色の中にいくつかの白髪を混じらせた初老の美丈夫だった。
顔に深く刻まれたシワが、彼の歩んだ道の険しさと、生きてしった濃厚な経験の重みをぼくにもしらしめていた。
「そのままの意味ですよ、父上……」
そう答えるサウル。その声色はいつもよりも若干低いけれど、決してあの男性の雰囲気に呑まれ、自己を失った物の声ではなかった。
――て……⁉
「父上⁈」
思わず変な声が出た。そんなに大きくなくて、悪くてとなりに立つサウルの耳に入っているか、そうじゃないかくらいだ。
ぼくはすこしの羞恥心に赤面しつつ、深呼吸をして、改めてサウルに父上と呼ばれた元老院議員を盗み見る。
その姿は、なるほど、高いギリシャ鼻、意志の強そうな猛禽類の様な眼差し、つり上がった弓なりの眉。どれもサウルの顔のパーツに近しい物を感じさせる。その美しい顔の造形そのものはサウルと親子だと言われても何の疑問もいだかないだろうものだった。
けれど、ぼくを驚愕させたのは、彼が身に纏う、尋常ならざる雰囲気によるものだった。
なんとも形容にしがたい、強大な空気、例えるならば自然の牙城たる岩山か、海原か。そう、彼の纏うあまりに強靭な空気は、ぼくには大きすぎた。
おそらく、ただの一睨みで他人を黙らせることができるだろう。そんなことを無条件に信じさせる、恐ろしい空気だった。
しばらくのあいだ、親子のあいだに不穏な、張り詰めた空気が流れていた……が、それに終止符をうったのは、父でも、子でもなく……全くの、第三者だって。
「やめろ、親子どうしで争うな」
その声は、幼さしか存在しない、男女のはっきりしない中性的ね声、しかしそこには子どもらしいあどけなさは一切排除された、あまりに冷徹な声の響きだった。
誰もが、鞭の様に鋭いその声に耳を、目を向けた。
その先に存在していたのは、まごうことなき“帝”だった。
この、ぼくら有象無象がはびこる床よりも一段高い場所に吸えられた玉座、その黄金の王座に鎮座し、この空間……いや、この国全体に君臨する。王。
そわな、幼さ大王がそこには確固たる存在感とともに、顕現していた。
「……見苦しいぞ、シュテルン……。だが、確かに勇者がこの国に存在していることは憂の元だろう。だから…………」
そこで、その幼い皇帝は考え込むように言葉を切った、誰もがその動向に注目する。
もちろん、ぼくもだ。それは、自分のことだもの。
「だから、その勇者はこれから吾の第一近衛騎士に任ずる」
――はぁ?
ふっ……何人の方が気づいているかはわかりませんが、サブタイがもはやよくわからないことになっています。だって思いつかない!orz