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6話 悪夢、或いは談話

…相変わらず物語が進んで居ないのは秘密です。

 悪い夢をみた。いや、もしかしたらそれはいい夢だったのかもしれない。でも、苦しい思いをするってことは悪い夢だったんだと思う。


 ぼくは、頭を撫でられる感触で目を覚ました。その手は無骨で髪の毛越しからでもわかるほど手のひらが硬くて……きっと、男の人の手だ。けれど、その手のひらの動きはとても繊細な物で、まるで、壊れやすいガラス細工に触れる様にしてぼくの頭を撫でてくれる。目をつぶってでもわかるしなやかながら逞しい、けれど、慈しみと優しさに溢れた指先がぼくの頭の上を這い回る。


 「ん……」


 ぼくは、今だ眠たい眼を開けて、ぼくの事を撫でる、その人の正体をみようとした。抗い難い倦怠と睡眠欲の波に苛まれながら薄く、狭く開けた視界の向こうでは、誰かが、日の光を背にしてぼくの事を撫でてくれていた。


 その誰かは眠るぼくを見下ろす様に隣に座っていて、黄金色の陽光に透けた、山吹色に燃える髪の毛を頭に抱いていた。目脂と眠たさにぼやけた視界の中で、ただその燃ゆる炎の様な髪の毛だけが目についた。


 その誰かは、ぼくが目を覚ました事に気がついたのか、ぼくに一目をやると朗らかに笑う様な気配と共に、ピタリとぼくを撫でる手を止める。


 「ん、あ……」


 その手のひらの温もりは未だにぼくの頭の上に残っているけれど、それが動かなく成った寂しさに思わず声が漏れる。寝起きのためか、まるで幼い子供の様に呂律の回らないぼくを、その誰かはもう一度笑う気配と共に、ゆっくりと口を開いた。


 「……まだ、朝早いからな、もう少し寝てていい」


 そう言って今度は丸まって寝ているぼくの背中をゆっくりとさすってくれるその誰か。その手のひらの優しい温もりが背中から心臓に伝わって、身体中に送られる錯覚を覚える。


 もう一度、寝ていろ。その誰かにそうやって言われたけれど、また悪い夢をみたらどうしよう。とおもって、怖くて目が閉じれず、ずっとその人の事を見続けてしまっていた、ぼく。


 すると、その誰かが、もう一度ぼくの頭にその大きくて繊細な手のひらを置いて、ぼくにまるで子供に語りかける様に、優しい声色でゆっくりと言葉を紡いだ。


 「……大丈夫だ、オレがずっと側にいてやるから……。何があっても、護るよ……――今度こそ、絶対に……」


 ぼくは、その言葉を最後まで聞くことなく、なぜだか、不思議な安心感と共に舞い降りた睡魔に心を委ねた。


 「――おやすみ、おにいちゃん」


 




 夢をみたみたい。幻想的で優しく、握った砂の様にぼくの中から堕ちていく、淡い夢。


 夢の登場人物はたったの2人、ぼくと……あったこともない、おにいちゃん……。


 夢の中でも、ぼくは寝ていて、その寝ているときの夢の中で、ぼくは綺麗な悪夢を見ていた。今思えば、それはきっと、家族の夢だったんだと思う。


 そして、ぼくはその夢にうなされていた。暗い闇の中で、遠くに離れてしまった幸せを、解けた雪を諦めきれずに捜す子供みたいに、夢の中でもがいていた。


 そのもがきに、終止符を打ってくれたのがおにいちゃんだった。


 おにいちゃんがぼくにしてくれた事はたった一つ、ただ、頭を撫でる。それだけのことだった。


 けれど、ぼくにはそれ以上の事など必要なかった。いや、その撫でる。ということ自体さえ、必要なかったなどなかったのかもしれない。


 ただ、ただ……そばに、いてくれれば。


 目が覚めたとき、既におにいちゃんは居なかった。ただ、狭い部屋を満たす、柔らかな太陽の黄金の光が、暖かく、ぼくを包んでいた。


 ぼくは、今だ気怠く、少し痛む頭を抑えて、上体を起こした。南側にある小さな窓から差し込む光が小さなぼくの影を浮かばせる。


 ぼくは一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。周りに乱雑と穂おられている洗濯物の山に、その合間を縫って放置されている食器たち。


 「ここは……?」


 「なんだ、まだ寝ぼけてるのか?」


 ッ――⁈


 ぼくが、無意識的につぶやいた言葉、まだ眠たさと朦朧とする脳髄でぼんやりと行き着いた、疑問を口にするという結果。


 ほんらいだったら、そんなくだらないぼくの独り言に返事をするものなど居ないだろうが、今回は違った。


 ……声は、ぼくの背中がわからきこえてきたもので、その声はとめもよく知っている人の物だった。


 「……おはよう、サウル」


 ぼくは、ゆっくりと後ろを向いた、本当は立ち上がりたかったのだけれど、変に床で寝ていたからなのか、足が痛かったので、諦める。


 たちあがれない、その代わりにぼくは、上体をひねる事でサウルと向き合った。


 かれは、窓際の椅子に座り、ぼくの事を面白そうに見つめていた。それは夢のなかでおにいちゃんがしていた様な笑顔にそっくりだった。


 サウルが座っている窓際には小さな椅子と机が置いてあって、その机には小さなパンが一切れ乗っかって居た。


 「ああ、シナがお前のために、って置いてったパンだ」


 サウルがぼくの視線に気がついたのか、そのパンを目で指しながらぼくに教えてくれた。


 そのサウルのしなやかな、ネコ科の動物を思わせる肢体は、この狭く、散在と物のある空間にはあまりに似つかなかった。その長い脚を優美に組む様は、まるで、一枚の絵画の様な神芸術性と調和性をもって、そこに君臨していた。


 ぼくは、その美しい光景にただ、息をする事も忘れて、見つめていた。


 どれだけ見つめていたかはわからない、永遠の様にも、一瞬の様にも感じられた。


 気づけば、サウルがぼくの事を訝しげに、どこか心配そうに見つめて、声をかけてくれたところだった。


 「おい、大丈夫か?」


 その、一言で漸く、本当に我を取り戻したぼくは大きくうなづく事だけで返事をする。


 きっと、今は返事をしようとしても上手く声がでない様に思う。


 ぼくがうなづいても、サウルはそれでも疑わしく眉をひそめて居たが、暫くすると、何かを吹っ切る様にため息を吐いて、ぼくに言った。


 「まあ、いい……よれより、早く食べろ。硬くなっちまうぞ」


 そういって、またシナさんの置いて行ったパンを指すサウルの視線。


 その視線には幾分かの呆れを含んで居たため、そろそろいかなければ本当にまずいかもしれない。


 まだ少し脚に痛みは残って居たが、我慢できないものでもないので弛緩していた筋肉に力を入れる。


 息をはきつつ、ゆっくりと右足からぼくは下半身を持ち上げた。


 足の裏に一瞬の、電光の様な痺れが走るが、続けて左の足も床につける。


 寝起きの時によくあることだが、まだ頭もぼぅ、としていて、足元もふらついていたが、難なくサウルのいる窓際のテーブルまでたどり着けた。


 そこで、ぼくはサウルの正面の椅子に腰をかける。お尻から腰、背骨を一気に静電気の様な、疼く様に暖かな痺れが走る。


 椅子は木製の白くて、小さな椅子で、脚の長いサウルはもちろん、胴長短足のぼくでも脚を弄ぶ位の小ささだった。


 ぼくは、それとセットであろう小さな白い机に乗ったパンを手に取りながらサウルに今日どうするのかを聞こうとおもって顔を上げた。


 瞬間、サウルと目があった。


 「――ッ……」


 ぼくも、突然サウルの金色の瞳に見つめられた事で驚いたけれど、サウルは殊更に眼を驚愕に見開いて、驚いていた。


 ムッ……。その態度は失礼じゃないか……。


 「どう、したの?」


 ぼくは気になって今だに、小さく目を見開いているサウルに聞いてみた。だって、もしかしたら本当に驚く理由があったかもしれない。


 例えば、ぼくの顔に大きな痣ができていたりとか。


 「いや……なんでもない」


 ……なんでもないって、よかったのかな?


 ぼくは、自身の中でわずかに落ち込んだ気持ちを悟られまいと覆い隠すと、もう一度サウルに向きあった。


 今度は、サウルもぼくも、お互い驚く事なく、お互いの視線を受け入れた。


 「ねえ、今日はどうするの?」


 そうだよ、ぼくは最初からこれが聞きたかったんだよ。


 ぼくの質問に虚を疲れた様な顔をしながら、それでもサウルはゆっくりと微笑みを浮かべる。


 「ああ、今日は……皇宮の方へ行きたいと考えている」


 こうぐう?


 「こうぐう、ってなに?」


 サウルはこんどこそ、ぼくの言葉に鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をして、ポカンと口を開いた。


 ……サウルのこんな顔、きっと後にもそんなに見れないんじゃないのかな?


 「……皇宮とは、皇帝陛下の住まう宮殿の事で、元は人間達の神殿だ」


 サウルはまるで頭痛がすると言わんばかりに頭を抑えながら、溜息を吐きつつ、ぼくに教えてくれた。


 ふんふん、皇宮と書くのか。


 ん? それじゃあ……。


 「っていう事は、今日は皇帝陛下の宮殿へ行くってこと?」


 「さっきからそういってるだろう……」


 またまた、溜息を吐かれてしまった。


 違う、違う! ぼくが言いたいのは……。


 「皇宮へ行ってなにをするの?」


 そうだ、皇宮は皇帝陛下が住んでいる宮殿なんだろう? だったらぼくなんかが行っていいところではないと思うし、そもそも、いって何をするのかわからない。


 ぼくがその事で頭を悩ませていると、サウルがまたしても口元に微笑を浮かべて、ぼくに教えてくれた。


 「皇帝陛下に謁見する。それで、お前の存在をこの国で認めて貰おうとおもう」


 「――え?」


 それは、あまりに予想外の言葉で今度はぼくがポカンと目を見開いてしまっただろう。サウルがぼくの顔をみて笑う。


 けれど、ぼくにはそのサウルの笑い声も耳には入って居なかった。


 この国で、認めてもらう……。


 それはすなわち、ぼくが!この国で暮らして良い。という事だろうか? ぼくは異世界人で……おそらく勇者だ。


 それも、その魔族から土地を奪うために、人間とよばれる種族のエゴによって召喚された。端的に言えば魔族の敵だ。


 それを……そんなぼくを、認めてもらう?


 ぼくは、思わずうつむいてしまった。ダメと言われたら。いや、それどころかその場で殺され様とされてしまったら。


 ぼくの脳裏に浮かぶのは、リア・ピエタのホテルで聞いた過去の英雄の悲劇……。


 けれど、次の瞬間。次々と襲い来る、暗い未来への予想を断ち切る様に、サウルの声が響いた。


 「――なに、心配すんな……」


 ぼくは、下を向いていたをあげ、サウルに再び目を合わせる。サウルは先ほどの様に笑ってはおらず、真剣そのものの顔をして、その山吹色の瞳でぼくを覗き込んできた。


 「言っただろう、オレが、お前を……護るって……」


 そう言ってぼくの頭へと伸ばされるサウルの長い腕。


 そのまま、ぼくの頭にその大きな手のひらをのせると、まるで撫でる様にしてくれる。


 その手は無骨で髪の毛越しからでもわかるほど手のひらが硬い……男の人の手だ。けれど、その手のひらの動きはとても繊細な物で、まるで、壊れやすいガラス細工に触れる様にしてぼくの頭を撫でてくれる。目をつぶってでもわかるしなやかながら逞しい、けれど、慈しみと優しさに溢れた指先がぼくの頭の上を這い回る。


 そう、夢のなかでおにいちゃんにやってもらった事と、同じ……。


 「うん、サウル……ありがとう」





 




 


次回は他の勇者くんたちを書きたいなぁ、と思っています^_^ まあ、1人は既に出ているんですが(笑)

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