57話 穢土、或いは狂句
ぼくを、ぼく達を、元の世界に返す力をもってるだって?
ぼくは、魔蔵の口から放たれた言葉を消化できずにいた。
しかし、その混乱はぼくだけの心に降り注いだものだけじゃなくて、平等に、ほかの勇者くん達も悩ましげに驚いて、その言葉が彼らに対しても、寝耳に水だということをぼくに教えてくれる。
「おいっ! ソレって、どういうことだよ!?」
「どうもこうもないさ竜登くん。君達がもとの世界に帰りたいなら、このお姫様の協力を仰がなくちゃね」
言葉を言い終らないうちからカタリナ王女のことを冷淡な目で睨みつける魔蔵。その視線につられるように、竜登くんを始め、勇者と呼ばれる面々が彼女を畏怖の目で見下ろした。
かく言うぼくですら、その内の一人だった。
その、ある意味では不躾な目に居心地が悪そうに顔を伏せる王女に、最初に声をかけたのは、早熟ともいえるタケル君だった。
「それは、本当なのか……? カタリナ」
詰問とも聞かれかねない、やや厳しい口調にかぶりを振るカタリナ王女。
しかし、尚もタケルくんが食い下がろうとするのを、寸ででルチアちゃんが止めた。
「でもっ……――!」
「やめてくださいっ」
予想外の大きなこえに驚くぼく達。あんな細い体の一体どこに拡声器が仕込まれているんだろう。
ぼく等の驚きを置き去りにして、悲しそうに目を伏せるルチアちゃんがこんどは絞りだす様なこえで何事かを呟きはじめる。
「今は、カタリナさんを苦しめる時じゃ、ありません」
その言葉に封殺されたのか、いまだに何か言い足そうに口を引き結んでいたタケルくんが、しかたがなさそうにため息を吐いた。
「ハア……まあ、そうだな」
「なあ! それよりも、オレ達が元の世界に帰る事と、カタリナの、一体、どういう関係があるんだよ?」
ふと、もらされたタケルくんの小さな微笑みに、やっと場が和んだかと思われた其のときに、竜登くんが、だれもが聞きたかった言葉を代弁してくれた。
再び、水晶色の宮殿に俄かに緊張感が生まれた。
しかし、それでも、そんな緊張感や一斉にむけられた視線もどこ吹く風な魔蔵は、またこんどもトンでもないことをいいはなった。
「何だ、きみ達にの精霊はそんなこともおしえてくれなかったのか。随分、勇者達に親切な『魔道書』の精霊だね」
魔蔵の爆弾発言に、一斉に顔色を悪くする精霊達。その様子を可哀相に、人間の勇者たちは信じられないという面持ちで目を見開いていた。
そして、特にその非難の眼差しはどの精霊よりも激しく動揺して、そして誰よりも人間達の付き合いの長い炎の精霊“ナギ”に集中した。
「おい……“ナギ”お前、まさか、本当に――」
「違うわよ! ワタシ達もカタリナにそんな力があるなんて、思い出したのはつい最近なのよ!」
その彼女の言葉に同意を示すように首肯を繰り返す他二人の精霊。
だけども、それでも疑念の消えなさそうな勇者君達に対して、そしてどう説明すればいいのかわからないの、今にも泣き出しそうな精霊達に助け船を出したのは、意外にもグラスホッパーだった。
「……確かに、オレも、誰かが、その類に能力を持っていることはつい最近“思い出したが”……――」
そして、その目は畏怖の感情を湛えて、まっすぐにカタリナ姫をを刺し貫いた。
グラスホッパーの言葉を受けて、ようやく一段楽した勇者たちに、ついにようやく、魔蔵が口を開いた。
魔蔵の顔に重々しさはこれっぽちも無く、逆に軽薄とさえ思える態度で、説明を開始した。
「……まずは、この誤った『寂光浄土』をなんとかしようか」
ふぅ……と、まるで嘆息をするように一息をつく魔蔵。
だけど、そんなため息に文句有り気な質問が飛んできた。
タケル君と契約している空気の精霊“ラキ”ちゃんだ。
「なんとか……って、一体、どうするつもりなのよ?」
訝しげに発せられた言葉に、やや口角を釣り上げる魔蔵。神経の過敏そうな人ならそれだけで怒り狂いそうな表情だ。
「勿論、これも王女様に協力してもらわなくちゃね……そして、ご主人サマにも」
唐突にあがったぼくへの指名に、目を丸くしてしまうぼく。
思わず、自分で自分の顔を指してしまった。
でも、かろうじて、叫ぶことだけは免れたみたいだ。
さすがに僕だって、この〈嵐〉を引き起こしてしまったことを責任をおわずにやり過ごすつもりは毛頭無い。
だけど……
「だけど、それにしたって、どうやって……?」
ぼくと同じ疑問を呈したのは、ルチアちゃんと契約した光の精霊“サキ”ちゃん。
ぼくも、魔蔵にその意を示すため、激しく首を上下させた。
その様子を見たのか、こんどこそ、魔蔵が疲れたようにため息を吐く声が聞こえてきた。
そして、その二言目に、また、この日三度目の驚愕の爆弾発言を投げ落とす魔蔵
「ご主人サマに、もう一度『寂光浄土』を使ってもらいます」
何だって!?




