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54話 天稟、或いは愚昧

今回、少し長めです



 「なるほどね……」


 一瞬、訪れた沈黙を瞬く間に撃ち破ったのは、1人得心がいったと頷く魔蔵だった。


 その魔蔵を不思議そうに見上げる土蔵に、遂にグラスホッパーが疑念を解消仕切れず声をかける。


 「おい……コレは、一体――」


 どういう事だ――。と、言いおわらないうちに、唇を尖らせた竜登と炎の魔道書の精霊“ナギ”が口を挟んだ。


 前者は受ける扱いがいかにも不当だと不服を述べたてるが如く。後者は赤銅色の長い髪の毛を空に怒らせながら怒りの態度をあらわにした。


 「むー……何だよ、オレたちは、パピヨンがオレたちが必要だから是非来てくれ! ……って、言われて来たんだぞ」


 幼子の様に頬を膨らませる姿は、酷く幼稚に見える。対して”ナギ”は強くその瞳を燃え上がらせていた。


 「そうよ! それにわたしたちが此処にいるのだって、カタリナを助けに来たからであって!」


 グラスホッパーの不用意とは言え呟かれた言葉に、燎原の火すら思わす剣幕で対峙する“ナギ”そのいつまでも止まらなさそうな怒りの言葉に終止符を打ったのは、意外にも同性の“水の勇者”ルチアだった。


 「ナ、“ナギ”ちゃん……! 怒るのはわかるけど……今は、この魔蔵くんたちに話を聞かないと!」


 僅かに及び腰になりつつも、強くはっきりと自分の意思をぶつけるルチアに、小さく眼を見開く魔蔵。しかし、男勇者達の――特に、空の勇者の――動揺がない所を見ると、既に、炎の精霊たる少女を宥める役は既に彼女の役目となりつつあるのだろう。


 その小さな驚きと納得に、再び口角を薄く釣り上げる魔蔵、その魔蔵のほんと僅かな表情の違いに敏捷に眼を向ける土蔵。


 「えぇっ!? もしかして、おれコイツ等連れて来ちゃ、ダメだった?」


 自信無さげに、かつまったく裏表のない態度でパピヨンと魔蔵を交互に見る土蔵に、呆れた様に嘆息し、助け舟を出したのは、ここに集まった人間達の中では、最も精神的に成熟しているだろう“空の勇者”タケルだった。


 「コレは、オレたちが勝手についてきただけだ、邪魔だったら追い出してくれても構わない」


 どこか諦観的なその意見に、自らの言葉を真っ向から否定された竜登が、食ってかかろうとしたその瞬間。


 タケルの言葉が終わり、竜登が口を開くかと思われたその僅かな間隙をついて、魔蔵が口を開いた。


 「なるほどね、そう言うことなら了解したよ……それに、僕ラとしては、君ラに是が非でも聞いておいて貰いたい話も有るしね……」


 そう前置きをして、大きく息を吐く魔蔵。その小さな体が一際小さく萎むと、次の瞬間には、命の灯火を強く燃やす様に、大きな瞳をより輝かせた。


 抱きついたままの土蔵はそのままに、木の幹を背もたれに体を起こす魔蔵。微かに体を揺らすだけでも鈍痛が身を打つかの様に表情を強張らせ、その度に土蔵が心配そうに魔蔵の顔を覗き見る。


 漸く、彼が口を開こうと思える位置に移動するには、ルチアを初めとした多くの支えを必要とした。


 木々の端から覗く光の中に、集まった全ての者が固唾を飲む中、漸く、彼は語り始めた。



 「そもそも――きみ達は、疑問に思ったことは無いかい? 何故、僕ラのご主人サマ……即ち、“土の勇者”三日 浄土(ミズカイ キヨト)が、他の人間の勇者達とは別に、魔族の領土……そして、今丁度君たちの立っている場所で召喚されたかと言うことを」


 魔蔵の言い放ったその言葉に、人間の勇者達は、みな、足元に一斉に眼をむけて、たたらを踏んだ。


 彼らの凝視するその先には、よく見ると落ち葉や腐葉土の下、雑草の根すら分けて、膨大な魔力量の魔法円が描かれていた。


 その魔法円をみて、最も顔色を変えたのは、元来雪の如き肌色を朱色に上気させ、目を剥いた水の勇者と契約せし精霊“サキ”が、滅多に見せない興奮のていで、魔蔵に声を重ねる。


 「ッ――……!? っこ、コレは……! 『帰還の神円』!」


 その、疑念の様にも、溢れる確信の様にもと取れる声色に、微笑を深める魔蔵。


 薄っすらと細められた翡翠の色を灯した瞳が、星の溶ける、興奮と欣快を織り交ぜた黄金色の虹彩とぶつかる。


 「……流石、“シュテルン”の血の祖だね、伊達に、130年間現界してない」


 その、愉快げに歪む魔蔵の顔をみて、自身が醜態を晒したと考えたのか、それきり“サキ”は閉口し、黙してしまった。


 その“サキ”の羞恥心に萎える姿に満足げな表情をした空の勇者の精霊“ラキ”が、後を次ぐ様に、魔蔵に疑念をぶつける。その様子は実に愉快げであり、“サキ”の失態を心から喜んで居るかの様だった。


 「ふんふん、此処に本来在る筈の無い『帰還の神円』が在ることと、此処からあなた達の契約者が召喚された事は分かったわ……? でも、一体どうして……?」


 “ラキ”の零した、本来在る筈の無い。という言葉に敏感に目を光らせたのは、魔蔵を覗く精霊の中でも多くの知識を魔道書より得ているパピヨンで有った。


 「確かに……本来『帰還の神円』は、この世界に偶発的に開いた異界への扉……『召喚の神円』と同時に、イシュリアの大神殿にしかない筈では……?」


 幾らか柔らかさを取り戻した緑眼の光が、銀の仮面の奥から覗く。怪しげなパピヨンマスクの風貌を自然の馴染ませる、好青年の瞳だ。


 素朴だが、重要な質問に返したのは、唯一この世界でその謎の答えを知りうる精霊、魔蔵。


 「そう。君ラの言って居る言葉は三者三様正しく真実で偽りないよ……そして、その答えの補足が、同時に僕がこれから言わんとした最後の真実なんだ」


 魔蔵の、何時もの人を食った様な笑みに、しかしその眼光は、これまで見せて来たどの輝きよりも強く禍々しく光り輝き、異様なまでに炯々としたその雰囲気に居合わせた全ての者は息を呑み、視線すら動かせずにいた。


 「ねぇ、グラスホッパー。僕の無理矢理にこじ開けたこの魔法円、一体どこに在るか、わかるかい?」


 不意に、言葉を振られたグラスホッパーは、面食らって、しかし直ぐにその答えを見つけ出した。


 「どこって……まさか?!」


 再び驚愕に彩られるグラスホッパーの表情に、満足げに頷く魔蔵。


 鷹揚にうなづくと、頭をひねらせる人間の勇者達にもわかるよう、種明かしを始めた。


 「……そう、此処は、『聖都』とオルゴルス家『星の間』を繋ぐ、丁度一直線の場所に存在している……つまり、霊脈さ」


 魔蔵の言葉、ひいては魔蔵の放ったたった一つの単語に、皆が弾かれた様に顔を上げる。


 そして、魔蔵は険しい表情を崩そうともせず、徐々に釣り上がる眉によって、その胸中の濁った怒りの存在を露わにしていた。


 「この、霊脈の上に、此度イシュリアの大神殿に召喚される筈だった勇者の1人を、無理矢理引きずり込んだのは、他でも無い……この霊脈の最終地点である、オルゴルス家の嫡男……サウル・シュテルン・オルゴルス!」


 憎しみの焔に煌めく瞳が、紅と翡翠の虹彩をそれぞれ強く輝かせる。


 一瞬だけ止んだ魔蔵の声も、呼吸を惜しむが如く、立て続けに放たれる。


 「その彼を唆したのは、他でも無い帝国枢密院……僕の子孫達さ……彼らは、自分達『土の一族』が創り上げた史上最低の魔術を使わせるためだけに、130年間にも及ぶ、人魔の憎悪を利用したのさ……!」


 立ち込めていた濃霧が緩慢に薄れゆく最中、音を飲み込まない木々の合間に、土の精霊の怨嗟の声が虚しく木霊する。


 森閑と、静まり行く薄霧の中で、呆気に取られ、呆然と立ち尽くすもの達の中、最も速くその意識を覚醒させたのは、タケルで釈然としないと言いたげに魔蔵に食って掛かった。


 「なっ……だ、でも、そのサウルと言う奴どれほど凄腕の魔道士でも、そんな芸当……――」


 身を焼く焦燥に燻る心を、認めたく無い一心で、食いつく様に魔蔵を問い詰める。がしかし。


 さらなる答え、悲劇的な正解が薄霧の向こう側、今だぼんやりとした様子のルチアの後方から聞こえた。


 そこにいたのは、先程の興奮も氷の様に冷め、ただでさえ蒼白の顔色を更に青白く染めた、黄金の水の精霊“サキ”。


 「……いいえ、知識と手段さえ知っていれば、赤ん坊でも容易い事だわ……」


 恐れる様に口を噤んだ、“サキ”の言葉を、いつの間にか元に戻っていた“ナギ”が捕捉する。


 その“ナギ”の顔色も、“サキ”程では無いが青白く、憂う如く、目を伏せながら失意の言葉を続けた。


 「……霊脈は、聖都を中心にして、全てが一つに繋がって居るわ……勿論、イシュリアの大神殿にも……つまり――」


 「――霊脈を介して、本来人間の国の大神殿に召喚される筈だった土の勇者は、此処……帝都西の森に召喚された。……そう言うことよね、魔蔵くん」


 そして、前2人の言葉を受け継ぎ、その結論を導き出したのは、彼らと同じく『究極の魔道書(グリモワール)』の精霊としての名を冠する“ラキ”。


 その3人の言葉が良い終わらないうちに、いつしか魔蔵の憎しみの焔の影も身を潜めており、穏やかとは言えないが、いつも通りの皮肉げな色をまとって居るだけだった。


 「そう、その通り……」


 魔蔵が、肯定の意を示すが、しかしそれを認められないと、荘厳に光り輝く精霊“サキ”が食い下がる。


 「でも……でも! その技術は失われて居る筈だわ! ソレに、私は聖都の守護を130年に渡り行って居るのよ!? もしもそんな異変が有れば直ぐに……!」


 今にも倒れるのでは無いかと言う程、血の気の失せた顔に、激昂の感情を強く宿した蜂蜜色の瞳が鎮座する。


 だが、その藁にも縋る思いの“サキ”の言葉を、悲しげに一蹴しようとする魔蔵を遮り、パピヨンの声色の軽い声が響いた。しかし、ソレを語る顔色はひどく重苦しい。


 「……貴方が今まで感知して来た状況こそが、以上だったとしたら……?」


 「……――ッえ?」


 誰からとも無く発せられた、疑問の呼吸が大気に溶ける。


 「貴方が守護しはじめた、過去の130年前……でも、それ以上前から、土の一族による霊脈への細工がなされていたとしたら……?」


 パピヨンの言葉は、酷く苦しげで、暗い海へと誘う退廃の香りすらする。


 淡い希望に最後まですがっていた“サキ”は、そのパピヨンの限りなく正解に近いだろう憶測を聞き、遂にその場に崩れ落ちる。


 最も近くに立っていたグラスホッパーが慌てて彼女を支えるが、その瞳は虚しく濁って居る。


 ややあって、全員が全員、言葉を失った時、再び沈黙を切り裂くべく口火を切ったのは、あまりにも当然の事として魔蔵であった。


 「……ただ、今はこの『帰還の神円』で、君ラやご主人サマが元の世界に帰る事ができると言うことが、ただ1つの真実だ。そして、今この世界が滅びかけて居るということもね……」


 薄暗く、重苦しい絶望感が、集まった10人の心に降り注いだ、その瞬間。


 その絶望の闇を打ち消す如く、空に輝く太陽の光を、皆の心に灯すが如く。


 これまでただの一声も発しなかった少年が、力強く叫んだ。


 「ッ……でも! そんなこと! 関係ねぇよ!」


 心を穿つ沈黙を叩き壊すかの様な大声に、だれしもがみんな、彼の方を振り向いた。


 赤く、精霊から立ち昇る(ほむら)を思わす魔力が、彼の小さな全身から迸る。


 業火を背負う不死鳥の如きその煌めきは、タケルの、ルチアのそして精霊達の心に根深く蔓延る絶望の闇を、切り裂き照らした。


 拳を強く握り、足下の草が焦げ付く程、魔力が溢れ出していて、彼の感情の強い強い高ぶりを示している。


 「カタリナも助けて、きよと って奴もぶん殴って、ついでに世界も救って! そんで、大手を振って帰ってやる! 自分の家に帰ってやるよ!」


 顎をまっすぐに上げ、魔力の反映で赤く、暁を思わす瞳で虚空を睨み付ける日下部 竜登は、まさに勇者の姿に相応しかった。


 

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