52話 変貌、或いは鉄槌
ぼくは、もしかしたらこの時を心の何処かで待ち望んでいたのかもしれない。
そうじゃなかったとしても、これはきっと、神様が描いた運命に記された、必然に行われるべきことだったんだ。
光の満ち溢れるオルゴルス家の深層、『光の間』
代々のシュテルン氏族の陵墓としての性質を秘めたこの場所は、今、非常に清涼な魔力に満ち満ちていた。
それは、この空間の中央に鎮座させられたピエタ像ともみまごうべき石像から発せられているものだった。
石像は2つ、その何方も、よく見慣れた人物を象った……否、その人物そのもの。
かたく、一切の生命を感じさせない冷たい石塊になり、咆哮をあげた顔のまま時を止められたサウルその人だった。
「サウル……」
今はもう、変わり果てた恩人の姿に、無意識の内に震える声が出る。
気がつけば、傍らに立つ、古き狡猾な魔導師にそそのかされるまま、ぼくは術陣を開いていた。
「さあ、きよと様……今、この時こそ、至高の土の魔術『寂光浄土』を……そうすれば、全て、貴方の望むままとなりましょう」
肩に置かれた冷たい手から、僕の心臓に冷気が流れ込んでくる。その凍れる空気は徐々にぼくの心を犯し、正常な判断を奪っていく――。
『光の間』はそれ自体がもう既に1つの大きな魔力回路のようになっていた。中央に置き据えられたピエタ像を核に、その術陣は構成されていた。
あとは正しく、ぼくがここに魔力を流し込むだけで良い。それだけで、この石像はおろか、聖都、さらにははるか西にあるという人間の国にまで影響を及ぼすことになるだろう。だが、ぼくの頭の中には、一体、それらがどのような結果をもたらすか等、全くに欠如していた。最早今のぼくにとってはそんなことは些事に過ぎなかった。ただこの時にぼくの脳髄を支配していたのは、もう一度、ぼくの恩人に合間見えることだけだった……。
ぼくの肩にもう一度冷たい力が掛かる。霜の渦を帯びた吐息が、ぼくの耳元で、熱く、甘美に……まるで、地獄の奥底に引きずり込むように囁きかけてくる。
「さあ、きよと様、もう迷われる事はありません……今こそ、悲願の成就の時」
ぼくは、その声に導かれるままに、その言葉を肺から喉へと吐き出した。
――「『寂光浄土』……」――
瞬間、世界が顔色を、
――変えた。