5話 衝突、或いは沈黙
ふ……、もう何も言いますまい。そりゃあ、突然予定していた元々の5話のデータは消えましたとも(作者の不注意で) おかげで話の内容を大きく変更せざる得ませんでしたとも(作者の力不足で)…だけど! 流石にこれは無い! あ〜本当は今話で皇帝と謁見するアズだったのにーーー!!!
「かつて、この帝国はバラバラだったんだ」
ぼくとサウルは今だ夕日の名残を見せる街中をゆっくりと歩いていた。
道は、思った以上に広く、これならば普通乗用車が余裕ですれ違うことも出来るだろう。
ぼくは、サウルの低く、よく通るが若さを十分に感じさせる声に耳を傾けつつも、今自分が歩いている道に視線を落とした。
ぼくの視界の中を行き来する、自分の土汚れたスニーカー、さらにその下には綺麗に敷き詰められた丸石の畳にだ。
「かつては、人間側よりも圧倒的に領地の範囲は広かった、と言うが……そんな広大な魔族領の内で小国同士が絶えず戦争を繰り返していたらしい」
平定されるまでの争いの連続……まるで昔のヨーロッパみたいだ。
ぼくは、俯き、丸く磨かれ、道に収められている石と、行き来する自分の足とを見比べながら、自分の肩にかかる重さの原因である鞄の、その鞄の中にある世界史の教科書の内容を思った。
ふと視線を挙げると、ぼくの全く見知らぬ言語で書かれた文字と、おそらく野菜であろう物を描いた絵をを掲げる看板を降ろす店が目についた。
よくあたりを見回してみると他の店などでもそうしている様だ。次々と周りの店が閉められ、家々の灯りがともされていく。
ぼくらの他に、2、3人の人たちがこの大通りを歩き、家などを目指す。ぼくとサウルの影もだいぶ長くなってきて、濃い朱に染まった道に溝を落とす。
「この帝国が今の形に成ったのはやく1400年前の事だと言われている、当日120の国の代表者たちが会合し、それぞれが一つの国を纏める、と言う当時の人間側の政治方をとったんだ」
ぼくは、また顔をあげて、語るサウルの横顔をみた、秀麗なサウルの横顔から移る髪は、紅の夕陽を受けて、いつも以上に明るく輝いていた。ぼくは、その輝きの眩しさに目を細める。
「……それが、元老院の始まり?」
ぼくは、ここにきて始めてサウルの言葉に返した。だって気になったんだもん。今は、サウルはぼくにこの国のなりたち……歴史を説明してくれていた。
「そうだ、それで当時の名残として、現在は代々の皇帝に権力を押さえつけられていたが、現在でも、変わらぬ権威でこの国を支配し続けている」
だから、元老院の議員数はいまでも変わらぬ140人……それは、大昔、この国が成立したときからの伝統の様なものなんだ……。うん?
ぼくは、サウルと共に歩く、徐々に日が沈みつつある街の大通り真ん中で、足を止めた。
「どうした?」
ぼくよりも半歩ほど先を歩いていたサウルもぼくに合わせて歩みを止めて、訝しげに振り向きつつ、小首を傾げた。
「あ……いや、最初に140人の王様が集まったんでしょ? でもそのあとどうして皇帝なんてできたのかな? って、思って……」
ぼくが知る限り、皇帝と言うのは中国の始皇帝なわけであり、日本の天皇であり、ローマのシーザーだ。確かに、ローマでは元老院の後に皇帝が出てきたけど、より遡れば最初は王様がいたんだし、中国は戦国を平定して、日本は中国の皇帝から認められたからだ。
そんな事は世界史が苦手なぼくでも知ってる。それにローマは一度学校でシェイク・スピアの劇をみたことあるしね! 途中で寝ちゃったけどさ……。
ぼくのくだらない質問を聞いて、何故かサウルは口元を綻ばせた。そんな何気無い仕草の中に、ぼくは年下の彼に“兄”を感じてしまう。
周りの、大通りを歩く数少ない人たちが、突然道の真ん中で止まったぼくらに怪しげに一瞥をくれるけど、直ぐに過ぎ去って行く。
サウルの黄金の髪の毛が風に靡く。
「皇帝が出てきたのは800年ほど前、人間達との戦いが激化したときだ。140人の分裂思考では纏まらないと判断した元老院が、当時の軍の司令官に絶対権限を与えた事が始まりらしい、それから世襲的にその司令官の子がそれを継承し、また孫が……といった風にな、それから100年ほど立ったときに、遂に元老院からも聖都からも皇帝として認められた……と言われているな」
どこか、穏やかに目を細めながら、サウルは淡々と教えてくれた。ぼくは聞きなれない、この国の歴史にただ、馬鹿みたいに頷くしかなかった。
気づけば、日は完全に沈み、夜の帳がこの大きな都を覆っていた。夜の、日の落ちた冷たい空気が肌を指すのを感じる。
「っち……! 思わず話し込んでしまったな、日が出てるうちに城につきたかったが……」
そういうサウルの顔は、悔しそうにゆがんでいながらも、どこか嬉しそうにその黄金の瞳は輝いている様に、ぼくには見えた。
あたりを見渡せば、外にいるのはぼくたちただ2人だけで、周りの家々は煌々と灯りがともっているのがわかる。窓の向こう側にはきっと、温かい夕食を囲む、家族の団欒があるんだろう……。ぼくが、この世界にきていなかったら、母さんとおじいちゃんで、作っていた、いつもの光景が……。窓一枚が、酷く遠い世界の隔たりの様に思える。
「じゃあ、今日も宿をとるの?」
ぼくは、冷たい風が過ぎ去ると同時に、サウルに声をかけた。昨日の夜は、英雄の没した街にて大きな宿に泊まったけれど、今日もこの皇帝のお膝元で止まるのかな?
サウルはぼくの言葉に首を横に降ると、ぼくの方をみず、大通りの脇にある、細い、薄暗い道に視線をよこした。
その視線はどこか遠くを、だけれど、どても近くを覗く様な、そんな不思議な視線だった。
「いや、今日はオレの友人の家に泊まろう……。夜も深まれば警備は激しくなる、ここは帝都だからな。如何にオレが貴族と言えど、おまえを護る事が……難しくなる」
そう言ってぼくの事をまっすぐに見つめてくるサウル、その瞳は暗闇の中でも太陽の様に輝いていて、その眼は真剣そのものにぼくを貫いていた。
けれど、なぜだかサウルのぼくを見る目は酷く辛そうで、悲しそうで……。だけれど、それは、きっとぼく自身を見ているわけではなくて……。
サウルは、ぼくから目をそらし、何かを振り払う様に2、3度頭をふると、その薄暗い路地に目を向けて、ぼくにいった。
「ここから5分もかからないところにある。オレの兄貴分に当たる人でな、おまえもきっと気にいる」
そういってそのまま、まっすぐ路地へと足を踏み入れるサウル。徐々にサウルのからだが闇に溶けて行く事をぼっと見つめていまぼく。
「あ……待って」
気づけば、サウルの姿はすっかり大通りからはなくなっていて、ぼくは慌ててサウルを追って行った。
☆
「ここだ……」
サウルが足を止めたのは、大通りから、なるほど5分ほどはなれたところにある小さな小屋とも言えるほどの家だった。
あたりを見渡す限り、灯りが灯る家はここだけだし、サウルの目もまっすぐにここを見つめている。
どうやらサウルがぼくをからかっているというわけではないらしい。
「……まあ、確かに小さい家ではあるが、主人……オレの友人はこれで満足してるらしいからな」
どうやら、ぼくの視線に気づいたらしい、サウルが肩をすくめながら、ぼくにどこか呆れた様な視線を送ってくる。
そして、ぼくを一瞥したあと、直ぐに視線をドアの方へ戻し、素早い動きでノックする。静寂の夜の街に控えめなノック音が響き渡る。
サウルが手を離し、一瞬、再び夜は不気味なほどに森閑と静まり帰った。が……
ぼくらを包んでいた夜の闇を切り裂く光が、そのドアの隙間から放たれる。サウルの半面がその光に照らされ、中途半端な横顔がぼくの目に映る。
「誰だよ? こんな時間に」
僅かに開かれたドアの隙間から、男の人のどこか眠たげな、低い声が聞こえてきた。
その声を受けて妙に笑顔になるサウル、それは、この2日間でぼくがみてきた笑顔よりも、強烈な、年相応の太陽の様な笑顔だった。
普段は象牙の様に白い頬に朱がさした様に赤みが増し、口角は大きく釣り上がり、白く、並びのよい歯が見えた。
「シナ、オレだ……」
サウルのどこか弾んだ声が、ぼくの耳には重く響く、からだが、それが支える鞄が、急激に重量を増す様な錯覚に眩暈を覚える。
「なんだ、サウルじゃないか。どうしたんだよ? こんな時間に」
そういって、軽快に現れたのは、朗らかな笑みを浮かべ、深い空色の瞳にいたずら気な光を宿した、サウルよりも背の高い、青年だった。
逞しい体つきのその青年は、サウルよりも僅かに背が高いだけであっても、ぼくにはまるでくまさんの様に思える、つまり、ぼくの目にはこの青年は途轍もない巨躯に映った。
彼と、ぼくとを比べたら、サウルと比べるだけでも兄弟ほどの差があると言うのに、まるで親子の程ではないか!
「ん? なんだ、この坊主? まさか、おまえのガキか⁈」
突如、ぼくをその視界に認めたシナと呼ばれたその青年は素っ頓狂な声を挙げると、ぼくの顔をジロジロとみてきた。
うぅ……居心地、悪いな……。
「はぁ……バカ言うな、きよとが怯えてるし、そもそも、そいつはおまえと同年代だぞ」
サウルが心底呆れた。と言わんばかりに片手で顔を覆い深くため息をつく。
そんな、お互い通じ合っている様な姿にぼくは、疎外感を感じ得ない。
「え……? て事は、おまえよりも一つ上なのか……? し、信じられねぇ……」
再び、
改めてぼくの顔を見直してくる青年。しかも今度はワザワザ腰を曲げて、ぼくと視線を合わせてくるのだ!
だが、どうやらぼくが恥ずかしがっていることが伝わったのか、彼はゆっくりと腰をあげて、朗らかな笑みを浮かべながらぼくの頭を撫でてきた。
これじゃあ、余計ぼくが子どもみたいじゃないか……。
「……ところで、態々オレの家にまで来る、って事はなんかあるんだろ? このガキの魔力の大さもそうだし、元老院の老害や、無能な騎士どもも焦ってやがる。何があったんだ?」
急に、ぼくから目線を完全に外し、低い、獣じみた唸り声に似た声色で、サウルに囁くシナさん。おそらく常人には何をいっているかわからないだろうけれど、この時ぼくはなぜだか、土を……大地にあまねく敷き詰められる原始の力を媒体に、彼の言葉を聞き取っていた。
それに返すサウルの言葉も、どうも険しく、ただ、楽しい会話を繰り広げている。というわけではなさそうだった。
「……その暴言は聞かなかった事にする。だが、確かにオジさんや、父上が慌てているのはたしかだな、昨日リア・ピエタのホテルに泊まってきたが、間違いなさそうだ」
リア・ピエタ……? 昨日泊まったあの大きな宿のことかな?
ぼくは、再び2人の会話に聞き耳をたてる。そろそろ、風邪が冷たく感じてきた。
「ほお、帝国屈指の最高級ホテルに捜査で宿泊とは……流石、オルゴルスの御曹司は違うな」
「……バカにしてるのか? お前だって泊まろうと思えばいつでも泊まれるだろ?」
オルゴルスの……という言葉が出たあたりから、サウルの声色はより低く、深い物に成った事を、ぼくに土が声ない声で告げる。
ぼくは、その事を感知して、サウルを見上げてみたけれど、暗くてあまり表情はわからなかった。
「全財産と未来を売ってまで泊まる気にはならねーよ、ってか、外で立ち話もなんだろ? どうせ、ウチに泊まるんだろ?」
突如、シナさんが話しをウチ止めたかと思うと、元の声色に戻って、話しかけた。
「ま、布団は薄っぺらいのが二枚あるだけだから、お前の方にその坊主突っ込んどけ」
そう言い放つと、どことなく嬉しそうにぼくとサウルとを招き入れるシナさん。
大きく開け放たれた木製のドアはキィと甲高い音をたてる。そこから覗くその部屋は……お世辞にも綺麗とはいえない。
「ま、ちょっと散らかってるけどよ、入ってくれ」
まず最初に目についなのは散乱とした洗濯物たちだった。次に食べ残された皿が幾つも……。とても、布団など敷く余地はなさそう……。ふだん、どんな生活してるんだろ?
「おい、シナ。お前また汚したのか? そんなだから、いつまで立っても結婚できないんだろ?」
また、サウルが疲れた様にため息をつく。なんだか、今日はサウルはため息をついてばかりだ。
「そんなこと、15にまで成って女を知らないお前に言われたくねぇよ!」
……ぼく、16歳です。
「お前はもう結婚を考えてる相手がいるんだろうが! ちったあ将来設計の事考えたらどうだ! もう後輩は結婚してんだろ? キシ殿」
揶揄るように怒鳴るサウル。
……ぼく、今日一番の疎外感感じてるよ。
「もう、本来ならとっくの昔に結婚してるはずの貴族様に言われたくねーよ!」
結局、そのぼくには皆目理解できない口論は次の日の朝日が昇るまで及んだ。やっぱり、布団なんか敷く余裕はなかった。
ちなみにどうでもいいですけどシナさんは元々はカイルという名前だったりしました☆
……もう、裏話に事欠かない五話制作……結局完成したのは一週間投稿のくせに当日という……(遠い目