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49話 虐殺、或いは亡骸

少し残酷なシーンが入ってるかもしれません


 「はぁ……あはは……あはははははははははははは!」


 静謐とした帝都西の森に、その神聖なる空気似つかわしくない喧しい哄笑が猛々しく響く。


 その渦中、高笑いの生み出される中心には愉悦そうに……そしてどこか壊れたように、狂い笑を浮かべる仮面の青年が立っていた。


 額に手をおき、天を仰ぎながら、何がそんなに愉快なのか、鬱蒼とした森の静寂を引き裂く。


 その青年の足元にはこれもまた、この静謐と森閑を愛する高い木々に囲まれた森の中には不釣り合いな血だまりが存在した。


 青年は、その、自らが作り上げた血の海の中で、笑つづけているのである。


 赤く、黒く染まった青年の足の下、踏みつけられているのは、その血の海を自らの血によって生み出し、己の墓所とした物言わぬ屍が転がっていた。


 呼吸は完全に止まり、体内の血液は何もかも失われ、血化粧を施された顔は蒼白極まりない。


 「ふっは……はは……は…………これで、ついに、私は……くはぁ……っはは……あははは」


 再び、堪えきれず……と言った模様で横隔膜を震わせる仮面の青年。銀に飛び散った赤のコントラストがよりその狂気を高まらせている。


 青年は、今だあきもせず笑続けている……。


 青年の足元に転がる、物言わぬ肉塊であるはずの屍が、わずかにその瞼を震わせたことにも気づくことなく……――







 「マンティス、よろしく頼んだよ。ぼくはこのおじいちゃんと一緒にサウルの元へ行く……」


 大きく扉を開かれた絢爛豪華な皇宮、その真正面にて、硬い表情にて従者たる男に告げている少年。土の勇者――きよと。


 彼の傍で、その成り行きを見守る重厚な純銀の仮面の中に真の顔を覆い隠す銀狼――枢密院最高顧問官。


 2人の目は、一定に同じ所を目指して睨みつけるようでありながらしかし、見据える先は何もかもがちがった。


 冷徹に真の未来を射っているのは……。


 「御意……」


 その少年に恭しく首垂れる従者たるマンティス。


 そして、彼が再び顔を上げる時には既に、2人の姿はこの空間からかき消えていた。


 「……申し訳ありません、主よ……全ては、我ら兄弟の野望の為――」


 「やっぱり、キミだったんだね……まんてぃす」


 マンティスが悲痛そのものである表情をして、表をあげると、その目は自然と瞠目した。


 彼自身が彼自身の意思を飛び越えて呟かれた言葉は、本来彼が彼自身の目的、それへの達成に対する意思を固める為に呟かれた言葉のはず。


 聴許者などいるはずもなかったのだ。


 しかし、彼の目は、本来彼の主が去ったときにはたっていなかったはずの少年を写し取っていた。


 紅蓮に煌めく左の瞳を、溢れんばかりの哀しみで染め上げ、彼の腰ほどまでしかない背丈に、有り余るほどの魔力と存在感を滾らせた少年、力の精霊――土蔵。


 「土蔵、様……」


 彼がやっとの思いで引き出した言葉はなんのひねりもない。ただ、動揺が勝っただけの存在の確認だった。


 土蔵は、そんな柄にもなく追い詰められたように狼狽える彼に対し、悲しみと憐憫の目を送りざる得なかった。


 もともと、彼と土蔵はとても馬があっていた。


 精霊として記憶の無い土蔵を、彼は優しく受け入れていたのだ。ゆえに、土蔵もまた、彼――マンティスを兄の如くしたい、愛していた。


 たとえ、彼の企んだ精霊としてあるまじき主への謀反と造反の計画を覗き見たとしても、その気持ちが変わることはなかった。


 だからこそ、まっすぐにマンティスや慕い、愛した彼だからこそ……


 今の彼の狼狽や動揺は、何よりもの裏切り行為として胸に突き刺さったのだ。


 「な……なぜ、土蔵様がここに!? 貴方も枢密院の阿呆どもに呪いをかけられた筈だ!」


 土蔵はそのかれの言葉に対し、わずか数時間前のことを振り返った。


 魔蔵の願った、ご主人様の帰還の為、彼らの計画の障害となる可能性のあるサウル・シュテルン・オルゴルス以下2名を石化の呪いによって、物言わぬ石像にさせたのだ。


 その呪文を行使したのは、この国に住まう魔族の中で最も土の魔術にたけた魔道士の一族、枢密院。


 だがそもそも、魔術に枢密院を使ったのは魔蔵が自身の魔力を無駄に向かうことを厭ったからに過ぎない。


 つまり、彼ら精霊の計画と枢密院の計画とはそもそも合致していなかったのだ。


 お互い、シュテルンの嫡子が邪魔になるというだけの利害一致によって手を結んだ脆弱な同盟関係に過ぎなかったのだ。


 ゆえに、土の精霊である土蔵にとって、心を痛めることは何もなかった。


 「……しにした」


 「は?」


 マンティスは自らの耳に聞こえてきた言葉を疑った。


 そして、次の瞬間、かれの顔には恐怖と嫌厭の表情が隠されることなく広がった。


 それだけに、土蔵の話した事は彼にとって目を向くものだったのだ。


 「皆殺しにした! おれが、肉片一片も残らないほど、バラバラに! 」


 彼は突然の怒気に当てられ、全くの意思の自由聞かず、その腰をぬかしてしまう。


 見上げるその表情は涙ぐみ、剣呑な視線をよこす土蔵に膝まづいて許しをこいすらした。


 「そして、これからキミもっ!」


 「たっ……! 助け……――‼︎」


 マンティスの許しの言葉は最後まで発せられることはなかった。


 彼の怯えに塗れた見にくい顔は、土蔵による初撃、一瞬の脚刀によって、上顎と下顎とが見事に我割れ、宙にまった。


 マンティスだった物の頭は、大きな弧を描き、床に着地するより早く宙でただの土へと還った。


 と、同時に土蔵によって頭と遮断された体も、その場でトガを纏った土塊へと崩れ落ちる。


 「……ごめんね」


 既に形を失ったマンティスの亡骸へ、僅かな後悔と憐憫を滲ませた言葉が浴びせられたが、既に土蔵はかれの亡骸へ背を向けた後だった。

 

 

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