47話 覚醒、或いは修復
初ルチア目線あります(アレ、初だっけ?
そして死んだと思われて彼が出てきて、
死ぬかもしれない彼が死ぬかもしれません
「……う……」
起き上がった瞬間、雷のような鈍痛が頭を貫いた。
ひどい貧血に見舞われたように体がふらつき、目の前も心なしかかすみがかった様に不明瞭だ。
震える足に鞭打ち、近くに生えていた大木を支えに、漸く這うように立ち上がる。
頭を持ち上げた途端、思い出したように再び鈍痛が僕の頭の中に響き、体の芯を揺るがす。
唐突な吐き気に見舞われ、大木の根の上に片膝をつくと、僕はある重大な事に気がついた。
「そんな、魔力が感じられない⁈」
小刻みに震える指で口元を抑え、込み上げる嘔吐感に耐えていた瞬間は気がつかなかったが、目の前に膨大な魔力を要するはずの魔法円がありながら、僕はその存在を見る事でしか認知ができなかった。
思えば、本来、僕と繋がりあるはずの土蔵やご主人様とのリンクも切れ、魔力によってでは居場所の探査は絶望的だろう。
「くっ……マンティスかパピヨンが裏切ったか、こんなことならサウルちゃんは残しておくべきだった……」
今からでも遅くはないと、僕は再びこのの広大な森の古く大きな木を拠り所に、体を引きずるように持ち上げた。
再び襲う鈍痛と猛烈な吐き気に目の前の景色がグニャグニャと色が混ざり合い、道が道で無く成って行く。
おそらく、この世の理に背いてご主人様の世界への門を現界させたことによる、魔道的代償だろう。
寧ろ、無理矢理に門を出現させた時にこの肉体がすぐにでも土に帰らなかったのは奇跡と言えるかもしれない。
元々、サウルちゃんがこの森の中にご主人様を呼んだ時の魔法円による門をベースに顕現させた為、僕が支払う代償は僅少にすんだのだろう。
この身体は既に空気の抜けつつある風船の様なものだ。外側こそ綺麗な形を保っているが、中身は既に魔力が抜けすかすかだ。
だが、あの魔法円、ご主人様とその同郷の者どもの帰還の要であるあの門は、鍵こそ、ご主人様の、ひいては『穢土ノ祭祀書』の最強の魔術が鍵だが、存在をこの次元に固定しているのは僕の生命に代えた魔力だ。
つまり、僕が今死ねば、ご主人様達は望まぬ闘争の中、むりやりに巻き込まれた渦中に飲み込まれたままだ。
おそらく、この身体、この生命……もって精々あと2時間。
それまでに片を付ける。
「ぐっ……ハァッ……ぁ……っ」
体から、命が抜けて行く。
オレの首筋に巣食った蛾が、ゆっくりと、咀嚼する様にオレの血液を啖呵して行くことを尻目に、オレは呑気に考えた。
元々、動かせない様に引き裂かれた手足は満身創痍だったにせよ、そこに更に生命を吸われているとなれば、最早指一本として動かす力は残っていなかった。
段々焦点の合わなくなってきた目を、母なる産土に向けると、そこにはオレの手足から噴き出た血液以外に、首から伝え落ちる赤の雫が、大地を湿らしていた。
「……グラスホッパー、君の血はとても美味しいよ、これから精霊の王として生まれ変わる祝前酒としては、これ以上ない味だ……」
先ほどからこの蛾は一々吸血行為を中断しながら、オレの血の味を褒めてくる。
その度に徐々に緩やかに成って行く心音がオレの焦燥を募らせるが、しかし、気ばかりが急いて、結局オレは何も出来ずに再び命を摂取されて行く。
遂に視界が白くなり始め、明確にとられられるのは空の青さだけになって来た時オレは、耳鳴りの向こう側から誰ががオレを呼ぶ声がして、意識を失った。
わたし達は鬱蒼と繁茂を極めた森の中を歩きながらも急いでいた。
タケルさんが急ぐ気持ちはわかるが、ここは慣れない森の中だ、もし転んだりして怪我をしたりしたらそれこそ目も当てられない。と言ったからだ。
それはわかるけれど、しかし気が急く気持ちは無条件に高くなり、心臓は必要以上の血液を身体中に行き渡らせている。
そして、わたしの半歩前を歩く竜登くんも、わたし以上の焦燥を顔に浮かべ、今にも駆け出したいのだろう体を、必死に、速度を守りながら忙していた。
もちろん、タケルさんも酷く苦しそうだ。自分から言い出した提案だとは言え、もしもこのせいでカタリナさんに万が一の事があったなら、きっとタケルさんは自分の事が許せなくなるだろう。
彼は、そういう人だ。現代という私たちが生きてきた世界にはあり得なかった法則が渦巻く世界で、召喚された私たちの中で最年長である彼は、とても責任を感じていたんだと思う。
わたしも竜登くんも、そんな彼の優しさと精神的な庇護に甘えて、彼の押しつぶされそうな責任感、その重圧を決して理解してあげられなかった。
わたしが、彼に視線を向けながら一際大きい木の根をまたいだ時、彼と目が合った。
タケルさんはとても紳士的で気の利く人だ。だから、わたしもこの魔族の国へ行くと言った時、最後まで反対したのも彼だった。
きっと今も、わたしが木の根に引っ掛かって転ばないかどうかを見てくれたのだと思う。
「大丈夫か、ルチア……辛くなったら、いつでも言え」
そう言いながら、彼はわたしが再び大きな木の根を跨ぐ時に手を貸してくれた。
広く硬い手のひらに自分の小さな華奢な指を重ねる時、酷くわたしは頼りない気持ちに襲われる。本当に私なんかがここにきて、彼らやカタリナさんの役に経つのだろうか、と。
「あ……はい、大丈夫……です」
でも、彼の大きな手のひらの暖かさは、わたしの小さな不安の影ごと包み込んで、くれる。
硬いけれど暖かい手のひらに自分の手を重ねた時、わたしはいつになくこの人を男性なのだと見てしまう……
尻切れトンボになった私の言葉にか、それとも未だに目を合わしながら話すことのできない私への苦笑なのか、頭上から笑みの気配がした。
接触されて上を振り向くと、優しげに細められた彼の目とかち合った。普段、切れ長で理性の光を冷たく湛えた瞳は、とても暖かく優しく私を見下ろしていた。
そっと、彼の手のひらが離されるの、彼の優しい光の瞳は、きゅぅと寄せられた眉根に遮られて、見えなくなってしまった。
「……すまない、オレにもっと魔力が有れば、あの魔道士も空を飛んで追いかける事ができたのにな」
それは、何度目かの謝罪の言葉だった。責任感の強い、私たちの中で誰よりも強く脆い彼故の、言葉だろう。
「そんなこ――……」
「ンなコトねーよ!」
わたしの言葉を遮って聞こえた少し大きな、すこし怒ったような声は、竜登くんから発せられたものだった。
わたし達に先行して歩いていた彼は途中で足を止めて、振り向くことなく、首だけこちら側に少し傾けて言葉を続けた。
「タケルが空を飛ぶ魔術が使えたおかげでおれ達はあの蝶々やろうと戦わずに済んだんだ! 変なことに責任カンジンなよ……」
竜登くんは、それだけを言うとぷい、と前を振り向いて、さっきの数秒の遅れを取り戻すように歩を進めた。
再び頭上で、タケルさんの微笑む気配がする。
「オレも、少し卑屈になりすぎてたな、行こうルチア。オレもあいつに負けてられない」
その表情はどこまでも清々しく、さっきまでの悲しげな表情はなかった。
そして私たちは、魔導師を見つけた。
次回はきよと目線からのついに枢密院との対決です(多分、いやでも無理、うん