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43話 虚実、或いは真実


 (ヒトは、生きてるうちには全ての理解を得ることは不可能だ。)


 サウル・シュテルン・オルゴルスは濃紺の影の落ちる長い長い廊下を歩いていた。


 その思考は暗澹とした未来へと差し向けられ、8年の永きに渡るこの国の“歪み”へと乗り上げていた。


  (父上は、母上を取り戻すつもりなんだ、悪魔に魂を売り渡してでも)


 そして、その足は、この暗黒の廊下のゆきつく先、枢密院の心臓部へと向かわされていた。


 「とまれ! なにものだ!」


 常にはいないはずの名も知らぬ兵士がサウルの進行を一瞬だけ阻む。


 「のけ! オレは枢密院最高顧問官に話がある」


 だが、サウルも負けじと黄金の瞳に怒りを燃え上がらせ応戦する。


 その怒りをさしあてられ、わずかに兵士の士気がゆるむ。


 「っ……な、ならん! 今日より三日の間、この扉に何人たりと通してはならぬとのご命令だ! 必要とあらば武力にる執行も厭わぬと仰せ使っている!」


 しかし揺るぐ意思はなお硬く、真実を知らぬ兵士は愚直に扉の前に立ちふさがり、脆い鉄槍を脇にかまえた。


 その兵士の有無を言わさぬ様子に、サウルは腹立たしげにため息をつくと、再び、さらに先ほど以上の憤怒を込めた瞳と怒気に応じた。


 「貴様如き一介の兵士が、皇室と同じ血の流るるオルゴルスの血統に優るとでも考えてるのか?」


 言葉はしずやかに、しかし抑えるつもりのない激しい怒りの気が命令を守ることが存在理由である兵士に突き刺さる。


 兵士は既に泣きそうなほど表情を緩めるが、目の前にいるのが大貴族の子息とは言え、彼に命令を与えたのは、皇帝へと直接の助言を与えることを許された帝国の最高機関の一つであり、その長なのだ。どちらにも引けぬのである。


 「あ……ぅ」


 しかし、そんな言葉につまり除けぬすすめぬの彼の前に、助け舟が出た。


 「おい! そこのおまえ!」


 声は、目の前にいきなり現れた大貴族の総跡取りの後方。暗闇の程近い彼方から出会った。


 声の主は徐々に近づき、ようやく顔が映る。


 「っ……! へ、兵士長!」


 唐突に現れた第三者は、兵士の言葉通り、この帝国内にあまねく全ての兵士の頂点に君臨し、今は皇帝のたった一人の近衛騎士であるシナであった。さらに、シナの後ろには彼に付き添うように暗闇のおぼろを纏った少年が佇んでいた。



 「シナ……?」


 サウルは突然の幼馴染の登場に虚をつかれたように目を丸くし、呟いた。


 しかしとうのシナは、その言葉を聞こえないかのようにふるまい、部下たる兵士にぎこちないながら朗らかに話しかけはじめた。


 「ああ、お前が最高顧問官閣下からいただいていた命だが、俺が代わりに引き受けることとなった。お前は、その代わり、陛下のお部屋をお護りしてくれ」


 その言葉に兵士の顔がはなやいだ。本来であれば彼のような下級の兵士が皇室の扉の前に立つことなどあり得ない事だ。しかしこれは兵士長からの要請だ。


 本来の帝国の権力図で言えば、枢密院からの命令を兵士長如きが覆せる権力などないが、既にそんな事が考えれないほど兵士の頭は煮詰まっていたようだった。


 彼は、兵士長とサウルに一礼を送ると、一目散に暗闇の廊下をかけて行った。


 暗黒の渦巻く廊下に残されたのはサウルと兵士長……サウルの幼馴染のシナ……そして、彼の連れた陽炎のような少年だけである。


 そのサウルは、僅かな怒りと多大な疑念に眉を釣り上げながら唐突に現れたシナに言葉をぶつけた。


 「おい、シナ! どういうつもりだ!?」


 分厚く、華美な装飾の施された重厚な扉の前でサウルは声を荒げた。


 しかし、そんなサウルのことばもどこ吹く風、飄々とした笑みを浮かべながらサウルの言葉に返した。


 「バーカ。お前の考えてる事くらいわかるっての。……んなことより、こいつみろよ」


 まさに十年来の親友に見せる笑みと言葉にふさわしく、気づけばサウルの顔からは怒りの表情は寸分たがわず消え失せていた。


 そして同時に、彼は瞠目し、隠しようのない驚きが顔いっぱいに広がった。



 シナの言葉に従い、彼が目線で示した少年の顔を今始めて見たからだった。


 「なっ……!? きよと?!」


 そう、彼が見つめたおぼろを纏う少年は、彼が今ここに立っている遠因ともいえら少年の……その姿形をらもして作られた精巧な土人形だった。


 「そ、元皇帝近衛騎士のミズカイ キヨト……そいつが脱獄する際に身代わりとして置いて行ったゴーレムだ」


 シナの言葉に合点がいったと言わんばかりに納得が表情に落ち着くサウル。しかしなおも、しげしげと蜉蝣の顔を覗き込んだ。


 「始めまして、[お兄ちゃん]御主人様の影……蜉蝣(メイ・フライ)です」


 メイフライと名乗った少年は色のない肌にガラス玉のような目で死人しも見える姿でサウルを驚かせた。


 そもそも彼はパピヨンがパピヨンの目的の為に主を世に羽ばたかせる為に作り出した急造品のゴーレムに過ぎず、出来はそう良くない上に、寿命が短かった。


 「……だが、シナ何故こいつを連れてきたんだ?」


 「魔力を感じればわかるとおもうが、こいつの大元にしてもキヨトと同じ魔力が流れてる。で、この姿形だ……枢密院のお偉方だって一瞬……たった一瞬だけならその目をごまかせるだろ?」


 サウルはなるほどと、言葉で示す以上に目線で感謝を示した。


 黄金の太陽の瞳が、シナの橙色の瞳とかちあい、わずかに笑みを方づくった。


 「よっしゃ、じゃ、扉をひらこうぜ!」


 シナはゆうが早いが、繊細な装飾の扉に、剣だこに汚れた無骨な指を絡めた。


 扉はその重厚な見た目と相反してあっさりと軽く次なる空間へと三人をいざなう。


 扉の向こう側からは、今の廊下の影以上の暗黒が差し込んでいた。


 その暗黒にも臆さず足を踏み入れたのは、やはりシナだった。そのシナの背中が闇に包まれて見えなくなるより先に、サウルが彼の後に続いた。


 サウルの姿が完全に闇に包まれて一秒。思い出したようにメイフライも扉の中へと足を踏み入れた。


 音もなく、扉は閉じられ、再び廊下は静寂と影の世界へ呑まれていった。






 シナ、サウル、メイフライが闇の中に足を踏み入れて刹那。サウルがシナの背中に手を触れた瞬間だった。


 唐突に目を焼くほどの輝きが天井付近から現れ、三人の目の前に銀の仮面を被った老人が立ち三人をただらじっと見つめていた。


 よくよく見れば、彼ら三人を囲むように、他9人の枢密院議員が広い部屋に等間隔に円を描いていた。


 真っ黒なトガの他、銀の仮面以外に色のない彼ら、その代表たる狼の姿を模し、彼らの前に立ちふさがる老人が、しわがれた声でとうた。


 「なにようかな、シュテルンの若獅子」


 その分かり切った問いに、覚えずして、ひたいに青筋を浮かべるサウル。


 「……我がオルゴルス家の最奥、光の間に鎮されている水晶で造られた“光の女神”それは俺の母さんだ」


 先ほどよりも怒りの感情をあらわに、敵地の篭った黄金の光を、銀の仮面にうつすサウル。


 そして、そのサウルの驚きの発言に、シナの息を飲む声が、場の緊迫感を高めた。


 「そして、父さんは8年前に……前皇帝が崩御し、俺の母さんが死に、帝国に多大な傷跡を遺した8年前に! 心がどこか壊れてしまった」


 今度は誰も何も言わなかった。たた、銀色の仮面に、メイフライのガラスのような瞳が写り込んでいる。


 「そして、父さんはこの前の夜、おれに言った……“寂光浄土”の完成によって救われると……」


 銀の仮面の男が、静かに呻いた。


 「そして、貴様等が130年の間秘匿してきた“穢土”の祭祀書! それを今回の土の勇者キヨトに与えて、貴様等何をするつもりだ!」


 サウルはここぞとばかりに、虚ろな表情のキヨトの模造品を男の前に突き出す。


 彼ら目に写っていた朧の影が取り払われ、唐突に現れた土の勇者に態度にこそ出さないが、円を描く枢密院議員達が慌てふためく。


 だが、やはり、狼の仮面の男だけは何事もないかのように、言葉を与えた。


 「……何もかも我らが悪の如く言ってくれるが。土の勇者を帝国領に召喚したのは貴様の方だろう。お前こそ、そのような模造品を用意してまで我らに何が聞きたいのだ?」


 キヨトの模造品が一瞬の猶予も与えずカンパされたことに内心に動揺が走ったサウルだが、しかしそれ以上に彼の目的はぶれるもののないことだった。


 「130年前と8年前の真実……そして、貴様等の“浄土”をうち潰す!」


 めげることのない怒りの焰が黄金色の目に宿り、その光に不快げにうなる銀の仮面。


 「血気盛るなよ、若造が……しかしやはりそうきたか。やはり、用意とは周到にするに限るな」


 瞬間。魔力が彼ら3人を縛り付けた。


 「っな――!?」


 シナの驚く声が三人の総意を物語っていた。


 「なんだコレ!」


 不意に、なんの前触れもなく自由を奪われたことに驚きを隠せていない声に、銀の愉悦の笑みが広がった。


 「シュテルンの若獅子よ……貴様は知らなくても良いことまで知りすぎた。そもそもの貴様の役割とは今代の土の勇者を我らの元に連れてくることだけで良かったのだ……我らが悲願にまで目を向ける必要はない……やれ」


 男の冷酷が笑声周りを取り囲む枢密院議員にもたらされる。


 シナが今や唯一動かせる目線だけはわせ見れば。彼らを拘束する魔力は漆黒のトガを纏う者どもから寄せられているようだった。


 しかし、彼らに訪れる真の恐怖はこれからだった。


 「っ――な!? なんだ! 体が!」


 その変化は緩慢に行われた故、彼らはすぐには気がつかなかった。


 それと気がついたのは、既に時すでに遅し、全くどうしようもない状態に陥ってからだった。


 「か、体が……石に‼︎」


 そう。彼ら三人は、足先からじっくりと皮膚の感覚と体温を奪われ、既に腰からしたは完全に熱なき石と化していた。


 そしてその死よりも冷たい感覚は徐々に体を這い登り、三人の体を犯し埋め尽くしていた。


 シナは最後まで喚き、メイフライは最後まで虚ろであり、そしてサウルは、最後まで睨みつけていた。


 数秒後には、物言わぬ石像が広間のど真ん中に鎮座し、多くの魔力を消費し行きの上がった議員。


 ……そして。


 「終わった?」


 あり得ない物陰。隠れるほどのスペースなどない柱の裏の床が違和感とともに膨れ上がり、さながら空間から湧き出すが如く1人の童子が現れた。


 突如現れた童子は、紅蓮の左目に憐憫の光を隠し、小さな唇で聞いた。


 その少年の前に、銀の仮面の老人は折れそうなほどに膝まづき、こたえる。


 「はい。土蔵さま……」


 しかし、土蔵と呼ばれた童子はそれ以上の興味を示さず、三体の石像……特に、虚空を睨む青年の像に視線を向けていた。


 「ごめんね、サウルちゃん。でもこれもご主人サマのためなんだ。君ら人魔が勝手に始めた争いに130年前からの因縁に楔を打つための……」


少年の謝罪を迎えるものは、誰1人としてこの部屋にはいなかった。

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