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4話 回想、或いは慟哭

ぎゃーーー! 思いっきり脱線したーー!

ごめんなさい! 思いっきり、帝都にいけません! ピエタでの夜のきよとの心境になります!

 かつて、人間にとって最大の英雄の没したとされる地、ピエタ。


 その、慈悲の名を冠する大きな街は、その名に反して凄惨な噂が多かった。そして、その大半がぼくが聴くに、その勇者に冠する事だった様に思える。いや、その勇者の伝説がピエタの歴史に直結していると言っても過言では無かった。


 なぜなら、当時ピエタは現在の様に普通に市民が暮らす様な街ではなく、そこよりも僅か西に居を据えるこの帝国の頂点に君臨する者、皇帝を……さらには、皇帝の住まう帝都を“外敵”から護る為に建街された、いわば迎撃都市として作られた事がその始まりだと言われている。


 そして、迎撃都市として帝都より東側に建てられたこの街は確かに、国防の要として多いに国益に貢献してきた。と言われる。


 しかし、これより約100年ほど前、その迎撃都市としての歴史に幕を閉じる時がやってきた。


 それは、異世界から召喚されたと謂う、召喚したものから視た勇者、それを迎えるものから視た、――悪魔の存在があったからだ……。と、ぼくはサウルに聞いた。


 その、召喚された勇者からの攻撃によって、当時の街は大打撃を受け、半壊。住人と言えば駐屯していた兵士達ばかりだったが、6割以上が死亡したと……。


 確かに、それまでもその勇者は多くの快進撃を行ってきたそうだけれど、この、ピエタと呼ばれる街での猛攻が最も凄まじかったといわれる。


 その猛進を見て、聞いて、そして知ったものは、誰もがその勇者がそのまま、この帝国の中心、帝都へ行き、皇帝の首を討ち取る……と敵も、味方さえ、そう盲信的なまでに信じていた。だが――


 その、盲信に終止符を打ったのは、他でもない……皇帝と、勇者自身だった。


 彼らの闘いを詳しく残す文献も、伝説も無く、ただあるのは結果のみ……。皇帝が、勇者に打ち勝った。


 まさに、この場所、慈悲(ピエタ)にて……。


 ぼくは、昨日の夜、宿の一室でサウルから聞いたこの国……この世界の伝説を思い出していた。


 今ぼくがいるのは、昨日、サウルからその伝説を聞いた場所、宿の一室だった。


 その部屋は目に付く場所全てに華麗な装飾が施されていて、布団も中身は柔らかい羽毛が敷き詰められている。床には足の長い絨毯が敷かれていて、この部屋の高級感をより一層醸し出していた。


 ぼくは、そんな部屋の自分にあてがわれた不必要に大きな、ベッドに寝転がり、柔らかな布団に仰向けに身を預け、天井を眺めていた。


 ブレザーとネクタイだけを取り、ぼくはシャツ姿のまま全身を弛緩させて身体中の力を抜く事で、暴れまわる心を落ち着けようとしていた。


 心の整理がつかない。昨日、月の光が窓辺に射す頃にサウルの口から、何でも無い事の様に零れ落ちた数々の言葉。それが、今ぼくの首を、心を締め付けていた。


 「ぼくは……何者、なんだ?」


 ため息の様に、つぶやかれる、無意識の言葉。一言、深い虚脱感と共に口から言葉が漏れるたび、魂まで言葉に溶けて少しづつ抜けて行ってるんじゃないか。そして、緩やかに死ぬ事が近づいているんじゃないか。ふと、馬鹿らしい考えが脳裏をよぎった。


 天井を、変わらず眺める。天井もさながら高級ホテルのスイートルームの様に、言葉に尽くせぬ程の豪富にあるれている。


 シャンデリア、天使像、燭台、銀の細工……。何もかも、ぼくの16年の価値観からはかけ離れた物達ばかりだ。


 最初に、サウルにあった時から薄々と気がついてはいた。ぼくが、もうぼくの知っている世界にはいないと謂う事を。だけれど……。それでも、まだ実感の湧いていないぼくもいた。いや……真実を、その仮定を認めたく無かっただけかもしれない。


 いや、それはもう関係の無い事だった。全て、昨日のサウルからの話で、分かった。


 人間、魔族、魔力、魔法、帝国、皇帝、魔王、巫女姫、騎士、魔石、神話。


 多くの単語が出てきた、覚えては消えた、記憶しては忘れた。


 けれど、だけれど……。どうしても、忘れられない言葉があった。夜、何度もこの言葉のせいで目が覚めた。


 ――勇者。


 人間、と呼ばれる種族が魔族と彼らの呼び表す種族との長きにわたる領土争いに際して、古代から扱ってきた、生ける兵器。


 その存在は百数年前のかの街で滅びたものだけでなく、さらに数百年と時を遡る程にその起源はふるいらし――。


 怖い。


 ぼくは、唐突に襲いかかってきた恐怖に上体を起こした。


 背中のある一点を針で刺した様な、鈍く、不快な痛み。そして、その一点から背中全体へ周り、首筋まで迫る痺れにも似た鳥肌。


 怖かった、ただ、怖かった。


 ぼくは、不意に身体中を覆う寒気から身を護る様に両肩をかき抱いて身を震わせた。


 実際には寒さなぞ無く、暖かいとも言える気温だろうが、ぼくはどうしようもない悪寒にただ、身を縮め、震える事しかできなかった。


 勇者は、人間だ。膨大な、魔力を持つ、人間だ。ほんらい、魔力を持たない人間が、魔力を持つ魔族に対抗する為に生みだしあげた、生きた兵器。


 異世界から呼び出され、人間の為に闘い、そして、この世界で死ぬ……。


 「……す、けて……」


 助けて……死にたく、ない。


 掠れた、頼りないぼくの声は、誰にも聞かれていない……はずだった。


 ふと、微かに沈むぼくの体の感覚、内側に向いていた意識を解放し、ぼくは目を開けた。


 「……言われなくても、お前の事は護ってやるつもりだし、森の中で既に助けた積りだったけどな……」


 そこには、ぼくのとなりには、困った様な笑みを浮かべたサウルの姿があった。


 「あ……」


 サウルは、始めて会った時の様な鎧姿ではなく、動きやすそうな木綿の服を着て、ぼくを見下ろしていた。


 困惑の色を浮かべた優しげな金色の瞳がぼくの事を貫く。その瞬間に、ぼくの身体中を覆っていた不安が消え去る。そんな錯覚が電撃の様に走る。


 「さ……うる」


 「ん?」


 名前を呼ぶと、柔らかな声でぼくを包み込んでくれるサウル。これでぼくよりも年下なのだから驚きだ。


 「ありがとう」


 なんでもない、ありふれた、お礼の言葉。だけれど、どうしてもその言葉が言いたくなった。


 「……どういたしまして。明日は帝都に行くからな。昼までにはつきたいし、今の内にもうねとけ」


 そう言って大きな、鍛えられた硬い手のひらでぼくの頭を撫でるサウル。


 それが、ぼくを安心させる為に行っている事なんだと、心の片隅で、冷静な心がそういった。


 「うん……ありがとう、お休みなさい」


 だから、ぼくは今ここで、安心して、落ち着いたふりをしてでも、寝るべきなんだ。


 本当は怖い、これからどうなるのか怖い。でも、サウルが近くにいてくれる間は、ゆっくり眠れそうだと、そう思った。




 

じ…次回こそ帝都へ!

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