37話 残酷、或いは真実
まくまらくんの台詞なっが‼︎
太陽が天上の頂点を緩やかに通り過ぎ、限りある陽の光ある時間が、ゆっくりとその時の終わりを告げつつある午後、ぼくの隣で安らかに寝息を立てていた女の子は漸く目を覚ました。
「……ぅ」
うっすらと開かれた眼が、長い睫毛に縁取りされた瞼が硬く開かれ、そのぎこちない動きとは対照的な柔らかな紫色の光か零れた。
元老院が、枢密院が四半世紀に渡り求め続け、そしてサウルの目的であり、パピヨンやマンティス達の要でもある、この世に二つとない特別な光を持った紫色の瞳が、開かれた。
今だ人の国を抜けきらない森の中、湿った土の匂いがぼくと、ぼくと同じ色の絹の様な髪の毛を持った女の子が、漸く目を覚ました。
「――っ……ここ、は?」
土の海の中にそびえ立っていた決して寝心地の良いとは言えない岩の上から身を起こそうとする王女様を、ぼくは口ではなく手で制した。そのぼくの手におとなしく従う王女様、女性にしては些か凛々しい眉が不快げに釣り上がり、口を開いた。
「……貴方は? それに、ここは……」
王女様は始めて見慣れない存在――ぼくと一緒にいる事に気がついたようだ。丈高く連なる深緑の樹々を見て、不安そうに唇を震わせた。
そうか、まるで現状を理解していないんだね。
心なしかさっきよりも、ほんの少しだけ体を縮めた王女様に、ぼくは声をかけた。
「ぼくは、貴女様を在るべき場所にお連れするものですよ」
今のぼくは素顔を晒してこの王女と対面している。フード越しからではよく見えなかった綺麗な肌がよく見える。
ぼくの言葉に怪訝そうに顔をしかめる王女様、やはりぼくが彼女をさらった時の記憶はもう彼女の中にはないみたいだった。
ふぅ……ん。これは、一から説明して方がいいのかな? しかし、ぼくから漂っている、人の国からすればただならぬ気配に気がついてはいるのか、相変わらず彼女の警戒は硬い。
「在るべき場所……? わたくしが在るべき場所とは、我が祖国に他ありません、今すぐ元の場所におかえしなさい」
高く成長しすぎた樹々の隙間、深く立ち込めた闇を切り裂く様に走る一筋の木漏れ日が、偶然か運命か、彼女を照らしていた。
その幻想的過ぎる風景は、彼女が王族としての誇りを決して失わず、決然とした態度でぼくの言葉に対峙していることを思わせた。
揺るぎない意思が、宝石よりも輝く紫色の瞳に宿され、絶えず燃え続ける。まさに燎原の火……竜登くんにも似たものを感じたよね。
だけれど。
「言ったよね、ぼくは貴女をお連れする者。単なる使者に過ぎない。その過程で“貴女の大切な物”を幾つか奪ったけれど、貴女は、それでも貴女の場所に帰るの?」
ぼくの言葉は、きっと彼女をにはあまりに残酷にw突き刺さる事だろう。今はきっと忘れている、彼女の愛していたものを全て色のない石に変えたのは、他ならぬぼくなのだから、この言葉をきっかけに彼女がそのことを思い出してくれれば、それでいいんじゃない。
だけど、だけどしかし。彼女は、ぼくの思った通りにはならなった。
それどころか、時が経つにつれ、王女を照らす光は強くなって行く。黄昏が近くなり、金色の輝きが、ぼくと彼女の絶対的な隔たりの様に、彼女を包む。
「例え……帰りを待つ人を失っても、我が祖国こそ、私の在るべき場所です」
明瞭なる、覚悟。彼女は“大切な物”を失ってなお、自身のホームを見失ってはいなかった。
彼女を支えているのは、彼女が依存できる場所なんかでも、彼女を必要としているだけの場所なんかじゃなかった。
王女が、王女故の祖国への想いと願い。それら全てが、ぼくと彼女との間を決して埋めれない格差を生んでいた。
光に包まれた彼女の、白魚の様な肌を黄金の光が、より高貴な色へと昇華させて行く。同じ位置にあったはずの視点は、何故だか急激に離れ、いつの間にかぼくは跪いていた。
圧倒的カリスマ‼︎ 彼女にはそれがあった。到底、ぼくがどうこうできるような存在では最初からなかった! だが、ぼくは、彼女を必ず帝国に連れて行かなくてはならない。それが、ぼくが唯一つけることのできる決着の方法だからだ。
「……心底、恐れ入りました。貴女の決然とした態度は、ぼくがこれまで行ってきた全てを否定する力がある。貴女が否定するということは、つまりは世界に否定されるということだ」
今にも彼女の言葉に従って、彼女を元の場所に買いしたくなってしまう。だけど、それをぼくはしない。自分自身に、それをさせないは。
「しかし……ぼくは貴女を、必ず在るべき場所にお連れする。それが、唯一の決着の方法だから」
王女は、硬く唇を引き結んだまま、ぼくを睨みつけていた。
「覚悟は、きまった?」
灰色の世界に、魔蔵の無情な声が響く。冷たい氷のような目で見下ろされたタケルは唇を噛んだまま動かない。
こいつは……
こいつは、ひでぇ取引だ。
オレは、2人の様子を一歩離れたところで見ていたが心をついて思ったのはそんなことだった。
本来ならオレ達の――正確には魔蔵の――為になることだというのに、ここまで一方的な取引を見ると嫌な気持ちになってくる。
苦しげにうめきながら、今だに痺れが取れていないだろう舌を必死に回しながら言葉を紡ごうとする空の勇者。そんな彼に、思わず憐憫の目を送る。
「……りゅぅと達を、も、もとに……もど、せ……」
そして、空の勇者はそれだけを言うと、体を細かく痙攣させて気を失った。
「なあ、魔蔵」
「なんだい、グラスホッパー」
オレが思わず呟きかけた質問に、間髪を入れないで返答が入る。
2、3度、呼吸が繰り返される間を置いて、再び聞く。
「オレ達、正しいんだよな?」
「……善悪の秤を持っているのは人間だけさ、魔族も人間も、元は同じ存在だったけれど、選択する道を、互いに違えた種族同士なのさ……」
オレの割れながら青臭い言葉に、魔蔵が、今までどんな時にも見せてこなかった様な表情を浮かべた。
灰色ばかりの世界、僅かに窓から覗く空色の世界から、黄金の光が魔蔵を真っ直ぐに照らしていた。
どこか遠く、悠久の時の流れに思いをはせる、知恵深き精霊の長子の横顔だ。
「だからこそ、魔族は人間を羨んだ……人間も、自分達の持っていないものを持っている魔族を羨んだ……」
土蔵は、何も言わず、そっと赤色の目を閉じ、石段と化した段差にこしをかけながら、兄の言葉に耳を傾ける。
「そうして魔族が生み出しあげたモノが4冊の『究極の魔道書』魂を持ったる魔道書、知恵持たざるものがすがりついた偽りの禁断の果実……僕、僕ラの、狭き鳥籠、重すぎる足枷さ……そして、それは、魔族の人間の古き時からの闘争は、いずれご主人サマにも牙を剥くだろうね、その時、僕ラの役割は終わり、消え失せ、ご主人サマが新たなる魂とっなって、終わりない闘争の渦の一部と成り果て、埋もれて行くのさ」
気がつけば、オレは涙を流していた。なぜかなんていうのはわからない。だが、土蔵も、魔蔵も同じように涙を流して居た。
「……皮肉な物さ、お互いが一つになって、初めて『完全な存在』なるモノ同士が、お互いを潰しあっているんだからね……」
勇者達がめざめるのもちかい。




